テーマ:パソコン歴

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お名前: ヘイ
こんな記事もありましたです。

「昔々あるところに、1台のパソコンがありました」
http://plusd.itmedia.co.jp/pcuser/articles/0910/25/news004.html


[2009年10月27日00時18分]
お名前: ヘイ
3代目のPCが初代キャンビー(CanBe)でした。
これも買い換えた理由がよくわからないんだ。

それまで、98シリーズは640×400ドットだったのが、640×480ドットでも使えるようになったこと。
大きく変わったのは、サウンド回りかな。PCM音源も付いて音楽CDも聞けました。
CD-ROMドライブや外部スピーカーも標準装備でしたし。

この頃から、パソコンが普及しだしたんでしょうかね。これからの仕事にパソコンは必需品という状況になりつつあったようです。ヲタクの道具から、一般的な道具へと。
OSも、MS-DOSからWindowsへと。
キャンビーの場合は、どちらでもいけましたですね。
というか、MS-DOSの上にWindows 3.1が乗っかってたもんね。

用途はゲームがメインでした。(やっぱり)
もちろん、ワープロとしても使ってましたよ。カラーインクジェットを初めて購入しましたし。
ゲームとしては、ミストやガジェットなどのアドベンチャー物が多かったです。
PC雑誌付録の体験版CDも遊ばせてもらいました。
その中で印象に残っているのが、F-117Aのシミュレーター。MS-DOSベースでしたから、フロッピーから立ち上げ。
東西冷戦がまだ残っているという設定で、旧西ドイツから旧東ドイツ・ポーランドへミッションフライト。
目標は、レーダー基地・軍用飛行場(含格納庫)・橋など。
武器としては色々使ったけど、マーベリックやクラスター爆弾などの名前は覚えてしまったよ。

モデムも付いていたので、暫くしてからPC-VANに加入。
ところが、この内蔵モデムがくせものだった。
固定電話に電話がかかって受話器を取ると暫くして切れちゃう。
後で電話をかけた相手に聞いてみると、通話状態になるとピーピーガーガーうるさくていやんなって切っちゃうんだと。
これは、キャンビーを立ち上げていたら常に起こる。PCを使ってない時は全然問題ない。
PC-VANでも聞いてみたし、NTTにも調べてもらったけど、結局原因はわからずじまい。
モデム調べても異常は無いみたいなんだよね。ポート番号が変だなという気はしたけど。
まあ電話なんてしょっちゅうかかっくるわけではないから、実害はそれほど大きいものでもなかった。
ただ、何かすっきりしないんだよね。PC稼動中に電話がかかってくると、ドキッとするんだよね。

その後、モデム内蔵のノートパソを買ってPC-VANのラインをこちらに接続したら、上記の問題は起こらなくなった。
後で思ったけど、NECに問い合わせをしておかなかったのは迂闊だったなあ。

ここまで3代にわたってNECのパソコンを使ってきたけど、何やかやトラブルがあって、NECにはいいイメージが無いっす。
役に立った面もあったけどね。
収支を考えると、どっちがどっちなんだろ。


[2009年10月02日23時07分]
お名前: ヘイ
16ビット機の書き忘れ

ワープロソフトは一太郎にするか松の系統にするか迷ったけど、松のほうにしました。
FEPは松茸かVJE−βがほとんどでした。ATOKは使ったことないなあ。
テキストエディタはMIFES。

表計算ソフトはなじみがなかったけど、アシストカルクという安いやつがあったから、それを買ったぐらいかな。
これはちょっと勉強になりました。後にWindows95のノートパソを買う時に、オフィスに入ってるエクセルにスムーズに移行できましたから。

3.5インチのフロッピーに苦労させられた以外は、わりと遊べましたです。


[2009年09月11日11時23分]
お名前: ヘイ
16ビット機はEX2でした。この頃から98シリーズのデザインがちよっと変わったんですよね。それから暫くして、NECのロゴも変わっちゃったのかな。

FDDは3.5インチのものにしようと思ってこれにしたんだけど、信頼性はいまいちでした。ドライブの調子が悪く修理に出したりとか、ディスクでは読み込みが悪いなと思ってシャッターを開けてみたら、円周上に白いスジがすーっと。
「ありゃ、こいつはダメだわ。」と、ディスクをかなりおシャカにしましたです。

5インチメディアのゲームソフトをたまたま買った関係で、5インチのFDDシングルドライブを追加したけど、こちらのほうが信頼性が高かったです。ディスク・ドライブ共。3.5インチを買ってしまったなと思ったけど、買っちゃったもんだから、まあしかたないかなといったとこです。

ゲームの用途は、コーエーの歴史シミュレーションとか大戦略ものが多かったです。

その後、内蔵型HDDも購入。メニューソフトを使ってHDDへアプリケーションを登録するために、MS-DOSの勉強にもなりましたですね。MEG-DOSなんてわけのわからんやつもあったけど。
そのほかには、ディスク解析の勉強にも役立ちました。
PC雑誌にあったソフトプログラムの打ち込みは、途中まではやってたけど、ある時期からやらなくなりました。

この機種は、ほかにも色々金つぎ込んでます。
コプロや、CG用のメモリボードとか。メモリボードはCG用途としては中途半端な使い方で、ラムディスクとして使ってました。

ソフトでは、MASMやクイックベーシックとか。

まあともかく、金食い虫でした。いや、パソコンがというよりも、使用者のことになるんだろうね。^_^;


[2009年09月10日23時37分]
お名前: は な
昔の事を考えながら書き込んでると
その時の記憶が ぼぁ〜と甦って来ます

前出の「信長の野望」ですが
年貢?かな? 本来「−」の部分を「+」に
書き換えてプレ−し続けると やがて持ち金?が
プログラム上オ−バフロ−して止まったしまうので
同時に消費するのが常でした ^o^
いそがしい
うはははっ

ヘイ
さんは動かなかったって言ってた「ブラックオニキス」
私はレンタルしたモノでプレ−していました。
ちゃんと 動きましたよ〜。

そうそう
たとえば「ブラックオニキス」の場合
ソースコードを、のぞいて見たらキャラクター
のレベル管理の取得レベルポイントが
こうなっていました

「その時の獲得ポイント÷その時のレベル」

つまりモンスターを倒して獲得できるポイントは
その時に倒したモンスターが持ってる
基本ポイント?がたとえば100ポイントだとすると

レベル「1」の場合は 100÷1= 100ポイント
レベル「2」の場合は 100÷2= 50ポイント
レベル「25」なら  100÷25= 4ポイント
という具合です。
だから この時は この分母計算を無効にしてしまった
(笑)
大体このてのRPGは展開が進めば進むほど
モンスターの持ってるポイントが上がってくるので
この方法なら 進めば進むほど
レベルはバンバンあがりまくりです
はい。

ただ ブラックオニキスの続編
「ファイアークリスタル」では この
改造方法が通用しなかったのを覚えてます。

何か あの頃は全てが単純だったなぁ・・。

思い出しついでに次回は(おいおい..予告かよ(^_^; 
「パソコンソフトのレンタル店」について書き込みします

[2009年09月10日19時36分]
お名前: ルイ17世
 はなさんの書き込みで・・懐かしさが・・
>この後 世に出てきたTVゲ−ムマシンに度肝抜かれた・・
>だって たかが14800円のファミコンで・・・
 1984年、ファミコンが出たと同時に、なぜか近所のプラ
モデル屋であったので、購入しました。
 最初のソフトは、麻雀と野球でしたが、ゲーセンでしか出来
なったのが、自宅で出来たのには感激でした。
 その後・・ゴルフやテニスといったのから「ゼビウス」
といったシューティングゲームから「ポートピア殺人事件」
(これは、最後まで出来ずに結局処分してしまいました(T.T))
そして・・ドラクエといきましたね。
 余談ですが「ドラクエU」の復活の呪文には、何回泣かされた
ことか・・。
 セガサタ−ンは、購入したけど・・ファイナルファンタジーが
PS対応になるということで、そっちを購入してしまったので、
殆どやらなかっです。
(ファイナルファンタジー・シリーズは、はまってました。おか
げで・・徹夜して寝不足気味で仕事をしてました(;^_^))

 なお、最近は・・殆どゲームをやりませんです。ま〜DSで
麻雀か野球をやるくらいでしょうか。
[2009年09月05日17時09分]
お名前: ヘイ
は な さんの書き込みを見ていて、思いだしたことがある。

NECの8ビット機88シリーズには、ROM・BasicとDISC・Basicがありました。
DISC・Basicはディスク管理用にメモリを少しばかり消費する。その関係で、ROM・Basicよりも使用可能メモリ領域がほんの少し少ない。
たいていのソフトはどちらでも動くけど、サイズの大きいソフトはROM・Basicでしか動かなかった。当然、カセットテープベースなんですけど。だけど、ほんの一握りで、ほとんどのソフトはどちらでも使えたと思いますね。

パソコン雑誌もありまして、中にはプログラムも掲載してありました。ドラゴンスレイヤーなんかは、自分で打ち込んでかなり遊ばせてもらいました。長いプログラムは、ちびりちびりと一日一回手入力。貯金するような感じでした。

マシン語は、SET命令よりも、ほとんどがEDIT命令で打ち込んでましたですかね。

パソコン雑誌掲載のプログラムには、プログラミング用のツールプログラムもありました。
マシン語入力をBasic上から実行するというものがありまして、これは重宝しました。後に入力ミスチェック用にチェックサムなるものが追加されてましたね。チェックサムが一致しているなら、入力ミスは無しということ。
サムというから、表計算でおなじみの総合計です。
横(行)の総合計でチェックしますが、チェック能力は完璧ではないです。
同一行に2ケ所入力ミスがあって、それぞれのプラスマイナスでチャラになってたら、チェックサムは変わらないというものです。
まあ、ほとんどありえないケースなので、信頼性は高かったですけど。

ブラックオニキスも手入力でしたけど、こいつは動かなかったです。多分、製品版でも動かないだろうと思っていたので、買ってもないです。
動かない原因は、グラフィックキャラクタ(NEC独自の専用文字)周りの不具合だろうと思ってます。これは自分が使ってたやつだけの問題なんでしょうね。
ブラックオニキスのプログラムを見ていると、何かへんてこりんなプログラムで、システム内をごちゃごちゃいじってるような感じでした。グラフィックキャラクタ周りもいじってたと思います。
Basicのサンプルプログラムで、グラフィックキャラクタを使ってビリヤードをシミュレートしたやつが、まともに動かなかったですもん。簡単なプログラムなんだけどね。
動かなかったソフトは、このふたつぐらいかな。

ゲームソフトで、タイトル画面にグラフィックキャラクタを使ってるやつも表示がおかしかったです。一点だけ色違い。
ドット抜けみたいな感じだったけど、もちろん、そういう表示をさせるプログラムでもない。
タイトル画面表示だけの問題なので、ゲーム本体には何も問題がなかったです。(ブラックオニキス以外)


[2009年09月05日14時05分]
お名前: マック
このテーマは、そんしさんに
壮絶なネタ振りですね。

そんしさんの人生そのまんま
というもの。

おっと、(株)BeBeのZIDDYが、
人気沸騰である。データと画像は準備OK
それで今晩、掲載完了は朝の3時。
必死の掲載作業である

なんでそんなに時間が掛るかと言うと
根気と根が詰まるという現象のためで
簡単に言うと、仕事は30分限界休憩30分

ゲームやアダルトなら、何時間でも平気
なのだけどね

[2009年09月04日19時44分]
お名前: は な
まいど〜〜 

さんざん FM8と迷ったあげくに
借金して初めて手にしたPCは・無印PC8801でした
本体とPC8853N(だったと思う)カラ−モニタ−と
専用のカセットデッキプレヤ−の3点セットで
今から思えば 途方もない値段だった・・

当時は まだ「マイコン」と呼んでて
何でも出来る万能マシン と思って
でも 結論から言えば 当時のマシンの能力は
「何でも出来るけど どれも後発の専用機に比べれば
 何も勝てないマシン」?(笑) そんな感じ。
FM8が売れなかったので すぐに出てきたFM7と比べても
とにかく 遅いマシンってイメ−ジが残ってます。

そう言えば 最初に一緒に購入したのがゲ−ムで
カセットメディアの「スタ−トレック」でした。

私は仕事として現場で制御器として使う環境じゃ
なかったので、結局 主な使用目的はゲ−ムに落ち着いて
ヘイさんと同じ様にゲ−ム改造目的で?BASICをいじってました

それが目的で開発されたBASICは構文が英語レベルで
蛮人・・違う・・万人にも分かりやすく(遅いのが欠点だけど)
例えば・あの名作(ゴマすっておこう)「信長の野望」も
ゲ−ムを一度止めて
そうすると この段階で
BASICで書かれたソ−スリストは消える(見えなくなるので)
その為に短いマシン語 打ち込んで ISETだったかな?
呪文 唱えるとBASICのソ−スリストが見える様になるので
やおら
年貢の消費や お金?の消費のプログラム部分の
「−」を「+」に書き換えて 
およよ・・無限消費の術 (^^)

うはははっ

なつかしいですね〜。

この後 世に出てきたTVゲ−ムマシンに度肝抜かれた・・
だって たかが14800円のファミコンで あの
「途方もない値段だった・・」私のPCより素晴らしい
ゲ−ムが遊べるんだもん。
ファミコンも発売当初は まだこのマシンの凄さが世間では
理解出来なかったみたいで 爆発的に売れ出すまでは
「ドンキ−コング」「ポパイ」のソフト無料でオマケなんて
信じられない状態で販売していたからね〜。

ブラックオニキスとかスタ−ア−サ−とか
PCに残されてた牙城?RPGやアドベンチャ−も
DQやFFの出現で あっけなく崩れ去って
私はPC歴は しばらく 途絶えました。
その代わりに 我が家はゲ−ム機まみれに・・・(^_^;

ファミコン
PCエンジン
ス−ファミ
セガサタ−ン
PS1
64 
それも複数台とモニタ−(TV)と
レ−スゲ−ムはステアリングにペダルセット
ボタン バチバチガチャガチャのVFコントロ−ラ−
マウスにキ−ボ−ド
RPGは飲みながらやるので 片手専用コントロ−ラ−
パチンコハンドル
太鼓
ガンコン
うう・・思い出せない 
専用のコントロ−ラ各種
娘と息子が体育会系のクラブが早く終われた日には
友人連れて遊びに来るから ホンマにゲ−ムセン状態
・・・

あっ 
もちろん それは 当時の話し
今は私の人生みたいに静かなモンです

はい



   は  な

横道にそれてゴメンです
でも また もう少し書かして下さい。
[2009年09月04日19時28分]
お名前: ヘイ
PC-8801 Mk2を買った時は、何で買ったんだろうと今でも思っています。決して安い買い物ではなかったのにね。
多分、好奇心によるものだったのでしょう。

シャープのX1シリーズと迷ったけど、ソフトウエア資産の多さでNECのものに。

カタログなんか見てると、買う数年前にスターウォーズがはやったことがあって宇宙物の洋画が多く、その関係か画面表示のデザインは宇宙空間を連想させるものが多かったです。

用途はもっぱらゲームでしたね。夜遅くまでピコピコ。
後にワープロソフトも購入したけど、画面のスクロールが遅くて使い勝手はいまいち。
8ビット機でワープロはちょっと無理があったのかも。使えないことはないんだけど。

ディスプレイは8色カラーのデジタルCRTだったです。まだカラー液晶は出てなかった。後にCRTはアナログが主流となってきますが、これは発色数がふえてきた関係でしょうねえ。88では、デジタルCRTのまんまだったです。

最初に買ったパソコンは、後から思うとどうも不良品だったみたい。だけど、ほとんどのソフトが問題なく動くから、こちらとしてはそれほど問題視はしてなかった。また、当時としては不良品という認識はなかったね。不可解な現象だなといった程度。
多分、自分が買ったやつだけの問題だったのでしょう。

記憶装置は初めはカセットテープだったけど、後にFDDを追加増設。購入時にはサービスディスクが付いてました。
メニュー形式でゲームソフトが複数入ってたんですよね。
マージャンソフトはよく使ったけど、そのほか有名どころとしては、信長の野望(初代)やアクションパズルのドアドアなど。
このサービスディスクは重宝しました。
カセットテープからフロッピーに代えてからは、読み込みの速さに驚きでした。
プロテクトのかかってないソフトは、ほとんどフロッピーディスクに落とし込みました。楽だもんね。

OSは当然のごとくベーシック。OSとしての機能は貧弱だったけど、プログラミングができるというのがメリットでした。
これでプログラミング技術は少しは身についたかな。
自分でプログラムを作成するよりも、既製のプログラムを改造することに興味があったですね。
これが後に98マシンを使う時に役立ってきます。
98マシンで、業務用プログラムを改造したりとか、あるいは新規に業務用のプログラムを作成するとかやりましたから。言語はベーシックだったけど。


[2009年09月03日16時39分]
お名前: 四角五角
 パソコン歴ですか。ある意味これは私のハズレの歴史でもあります。

 最初は16ビット日本語ベーシックが売り文句のトミーの「ぴゅう太」。はい、見事に撃沈しました。同時代に出たファミコンとのゲーム合戦にあえなく敗退。まあ、絵を描くことが出来たりと多分当時としては結構高性能なパソコンだったと思います。

 2台目はシャープのX−1Fだったかな?友人が某歴史シュミレーションゲームをこの機種で持っていたので同機種を中古で購入。されど、時代は88mk2SRの時代でこれもあえなく退場。

 3台目は確かNECの98VMだったと思います。もちろん中古。その後ヘイさんと同じくCanbeシリーズを2〜3まで買って(この時PC-VANの入ってこのSIGに出会います)、その後ヴァリュースター16がNEC製PCの最後でした。この頃はCDの読み込み速度がどんどん速くなっていった時代でしたね。PCの進歩の度合いを評してドックイヤー(犬の寿命は人の4分の1ということから、4倍の早さという意味)なんて呼ばれてましたっけ。Canbeの2までは確か中古で買っていた気がします。

 その後はショップブランドのDOS-V機になって今ので2台目です。

 こうしてみると100万近い金額を費やしていますね。PCが出始めの頃はべらぼうに高くて中古を買うのが精一杯でした。高校時代ゲームショップで友人とX−1のゲームを買う隣で小学生が98のゲームを買っていくのを見て「生意気な〜(うらやましい〜)」と思ったものです。

 あの頃は98専用とか88専用といった具合に機種毎にソフトが出てましたね。

 そうそう、NECパソコンのCMって8001とかの時代は武田鉄矢さんが、Canbeシリーズは大地康夫さんが出ていましたね。どちらもパソコンなんて縁遠い俳優さんというイメージなのに(^^;)
 
[2009年09月03日00時34分]
お名前: ルイ17世
 こちらが、初めて買ったのは1992年頃・・仕事で使うために
アキバで買った、PC-9801シリーズ?(ノート)でした。
 MS-DOSが入っており、仕事でどうしても使うので自費で一太郎と
ロータス1.2.3も内臓していたのを購入しました。
 そして・・その後しばらくしてWin3.1機を購入してPC−VANに
入会したかと・・。

追伸:初めて、パソコンを購入した時は、HDDが無茶苦茶高く、
  はっきりと覚えてませんが・・確か、職場でレンタルで使って
  いた100MBのが5年リースで100万円(年間20万円?)
  近かったかと・・・?
[2009年08月31日20時59分]
お名前: ヘイ
初代のパソコンは8ビット機でした。メーカーはNEC。
PC-8801 Mk2のFDD無しモデルでしたね。記憶媒体はカセットテープ。
買ったのが83年だったか84年だったか、よく覚えていない。
その後、FDDは追加増設。

次に買ったのが同じメーカで16ビット機。
PC-9801 EX2でした。
これからはFDDも3.5インチの時代ということで、このモデルに。
買ったのは89年前後だったと思う。
その後、こちらの都合で5インチのFDDも外付けで追加増設。
ついでに内蔵型のHDDも購入。
プリンタはドットインパクト型と感熱式あたりでしたか。

その次が同じNECで、初代Canbe。こいつはウインドゥズマシンでした。MS-DOSも使えたけど。
買ったのは94年か95年あたりでしたかね。
プリンタはインクジェット式に固定。
買ってしばらくしてから、PC-VANに加入。

ここから先はわりと頻繁に買い替え。と同時にNECともおさらば。
96年か97年にノートパソコンを購入。Windows95マシンで、Office97が入っていた。
この頃からインターネットもぼちぼちと。買ってすぐにではなかったと思うけど。

98年にエプソンダイレクトのタワー型を購入。BTO品で、ある程度パーツを選べるようになっていた。
Windows98マシン。
ここからは、パーツ単位でとっかえひっかえ、現在に至る。


[2009年08月31日20時18分]
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