お名前: そんし
クラッシック作曲家の伝記映画というのは昔からたくさんありますが、今回のラフマニノフは、近代音楽というところが変わっていて楽しみにしていました。
ラフマニノフはロシア革命の直前頃から頭角を現し、革命後のソ連から逃れてアメリカに亡命した作曲家です。
クラッシックファンには、ピアノ曲の難曲として知られているピアノ協奏曲2番が有名ですが、どうして難曲かといえば、ラフマニノフの手がとても大きかったため、親指と小指で同時に鍵盤をたたく範囲が大きく、普通の手の大きさのピアニストでは、とても弾けないピアノ曲になっているからです。
でも映画のラストシーンに流れたのは「パガニーニの主題による狂詩曲第18変奏」でした。この曲はとてもポピュラーな曲で、映画の主題曲としては、こちらのほうがふさわしい、ぐっとくる曲です。
映画そのものの出来は、ラフマニノフの生涯を知っていないと、よくわからない部分が多いため、あまり評価は高くないようですが、芸術家の苦悩というのは、あんなものだろうなと共感できる映画でした。
テーマは愛のようでしたが、私には歴史の大きなうねりの中で翻弄されたひとりの芸術家の物語に映りました。
ピアノメーカーのスタンウェイ社と組んだラフマニノフの演奏活動は、その当時の音楽の世界が垣間見られるようで興味深かったですね。映画には出てきませんでしたがスタインウェイ社の歴史をこの映画にかぶせて眺めてみたら、とても面白かったです。
スタンウェイといえば、今では比類ない世界一のピアノメーカーですが、この当時は楽器としての性能はドイツ製のピアノの足元にも及ばず、とても世界進出できるようなレベルではありませんでした。
ようやく世界的に認知されたのは、アメリカが第二次大戦でドイツのピアノ工場を焼き尽くしたため、ピアノそのものがアメリカ製のスタンウェイ以外になくなってしまったという状態になった戦後の事です。
アメリカは日本本土攻撃でも東京下町の町工場を絨毯爆撃していますが、ドイツでも軍需産業とは関係のないピアノ工場などを徹底的に破壊し、多くの職人の命を奪っています。スタンウェイの戦後の躍進とはまさか関係ないでしょうけれどね。
いま日本国内にあるスタンウェイのピアノは、ほとんどドイツ工場で作られたものです。結局スタンウェイは経営面でドイツのメーカーに勝利したけれど、腕ではドイツの職人に屈服したということなのでしょうか。
映画にはスタンウェイの話は全く出てきませんでしたが、ラフマニノフの名声も実は企業の思惑の上に作られた虚像だという考え方もできます。実際にラフマニノフの曲は私の感覚では、この頃にはすでに成熟期を大きく過ぎて、もはや過去の音楽となっていたはずの初期ロマン派の音楽みたいなできですからね。
このごろラフマニノフの評価が急に高くなったのは、実は死後50年を過ぎたためで、著作権フリーになってCDが出しやすくなったからだといううがったみたかたも出来ます。そんなことを想像すると、実につまらなくなってしまいますけど。
そんし
[2009年01月26日23時23分]
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