テーマ:映画】「バベル」

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お名前: 四角五角
 公開前から注目された作品「バベル」観てきました。

 内容は、少年の放った一発のライフル弾がアメリカ人観光客の乗った観光バスに当たり、一人のアメリカ人女性が負傷する。そして、そのライフル銃の名義は日本人だった。一発のライフル弾はアメリカ、モロッコ、メキシコ、日本と様々な人間の生活に大きな波紋を投げ込むのだった。

 この映画のタイトル「バベル」という言葉の持つ意味が分からないと、この作品が何を言っているのか分からないでしょう。私も帰りにパンフを読んでなんとかおぼろげに監督の言いたいテーマみたいなものが分かった気になりました。つまり、かつて人々は同じ言葉と価値観を有し、自分達を神と等しい存在と思い、天に届けとばかりに巨大な塔バベルを作った。しかし、神は人の傲慢に怒り人間達に異なる言葉を与えた。互いに異なる言葉を話すようになった人間は異なる価値観を持つようになり世界に散らばっていったのである。この映画のテーマは「理解し合えない人の業」であり「分かり合おうとする人の悲しさ」だと思いました。なんだか「エヴァンゲリオン」みたいだ…。

 この映画に出てくる各国の登場人物に直接的な人間関係が成立しているのは日本人とモロッコ人、アメリカ人とメキシコ人だけで、あとは面識も繋がりもないです。観る前まではてっきり多国間にまたがった犯罪捜査の映画だとばかり思っていたので、始まったばかりの時は肩すかしをくらった感じでした。物語が進むにつれて大まかな物語の展開は分かるのですが正直、それぞれの人間関係のシーンでの時間軸が微妙にずれているので少々ややこしいです。結論だけ言うとメキシコシーンが一番新しい時間軸で物語が進んでいます。

 この映画は感想が難しい。それぞれが何の関連性もなく物語が進んでいくのでトータルの感想を聞かれると「分かり合えない人の悲しさ」と「分かり合おうともがく人の悲しさ」としか言えない。
 
 この映画はそれぞれの人が何故にそういう立場に、その現場にいたのか分かるのですが、ただ日本人親子の物語だけは今ひとつ釈然としない。都心の高層マンションに聾の一人娘と三人家族で暮らしている勝ち組の平穏な生活なのに、なぜ妻であり母親である人は銃で自殺をしたのかその理由が明確でない。娘が刑事に渡したメモに何が書かれていたのか分からない。母親自殺の真相が書かれていたのかも知れない。それは、この物語に必要ないのかも知れないが、聾の娘が母親を失った寂しさを紛らす為に男との性的接触を執拗に求める様はどこか異常に思える。最後に娘が裸でベランダに佇んでいる姿を見た父親が慌てることなく娘を抱きしめるシーンを見て、まさかこの娘と父親の関係が妻であり母親である女性の自殺の原因?かと思えてしまうほどだった。

 蛇足ながら菊池稟子はものすごい演技だったと思う。でも、作中の彼女の顔は南海キャンディーズのしずちゃんに似てた…。これも蛇足ながら、大きなスクリーンでああも色気もなくヌードを出されても逆に気味悪く感じるだけだった。

 この映画で印象の残った役者はメキシコシーンのメキシコ人役者。一番感情移入できる登場人物だったかもしれない。

 評価
★×1>お暇なら・・・
[2007年05月31日00時33分]
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