お名前: ヘイ
情報ありがとうございました。
南機関の南は鈴木大佐の偽名。南方工作の南とも意味がつながるけど。
南機関と同じような工作をした組織にF機関というのがあった。創設したのがバンコク駐在武官の陸軍大佐田村浩。機関長は元参謀本部第二部第八課(宣伝謀略課)に所属していた藤原少佐。この組織は藤原機関と呼ばれていたことから、F機関とも呼ばれるようになった。
F機関の関係者に谷豊という人物がいた。彼は日系移民であったが、華僑による日本人排撃暴動で家族を失い無頼人となる。その後、無法集団のリーダーとなって官憲から追われる身となり、「マレーの虎(ハリマオ)」の異名を持つ。
その行動力に目をつけた田村浩大佐が日本軍への協力を要請し、これに同意。反英運動に参画した後、F機関のメンバーとなる。
戦後の日本で、TV放送黎明期のおり放映されていた「怪傑ハリマオ」のモデルとされていた人物である。
[2007年03月10日14時15分]
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お名前: 広嗣
南機関
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%97%E6%A9%9F%E9%96%A2
[2007年03月09日02時08分]
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お名前: ヘイ
政治家もスパイだった
http://news.www.infoseek.co.jp/topics/world/cia/story/08mainichiF0308e072/
何か、こういう話がちょこちょこ出てきますね。
有末機関
戦艦ミズーリで降伏文書調印に同席してた有末精三中将(参謀本部第二部長)が機関のトップ。
メンバーは約15人。当初の目的はGHQ側から出される戦犯容疑者出頭命令の仲介・手配役であったという。
旧参謀本部が持っていたソ連や中国に関する情報提供を要請されていたのではないかという噂もある。
米軍下請けの通信傍受部隊の編成を打診されていたことから、元参謀本部第八課(宣伝謀略課)長であった永井八津次少将を通じて25人の編成プランを作成したが、予算の都合で中止となった。
主な任務は、反共工作の一環として復員兵から情報収集してGHQに情報提供することであったという。ウィロビー少将のブレーンとして活動。
服部機関
前にも出ていた服部卓四郎大佐が機関のトップ。
戦後は史実主任となる。当初はGHQとのつながりはなかったが、昭和21年6月頃より協力を要請される。昭和22年3月にG-2が創設した歴史課に河辺虎四郎らと共に正式異動。
主な任務は反共工作であったが、G-2の肝いりによる警察予備隊創設にもかかわる。ただし、GHQ内のごたごたにより服部は外され、警察予備隊・自衛隊には入ってない。
賀屋興宣氏(開戦時の蔵相、戦後法相)
こちらは、特務機関とは関係なさそうです。政治家なんだけど、CIAのスパイだったとはね。
おまけであります。時代も下がってテーマも違ってますけどね。
時代背景からいって珍しいカラー動画であります。
昭和10年(1935年)東京
http://www.youtube.com/watch?v=FHW5trSQNgc&NR
[2007年03月08日23時26分]
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お名前: ヘイ
江戸通さんへ
すいません、自分が持っている本では水炊きではない水田機関については、細かいとこは記載してないのですよ。旧特務機関に関する本を漁るしかないです。
児玉誉士夫は海軍の特務機関で活動してましたけど、特務機関の数の上では陸軍のほうが圧倒的に多いです。特務機関によって役割はそれぞれ違いますけど、その中でも児玉機関、というよりも児玉誉士夫本人ですか、飛びぬけてます。戦前から戦後まで無茶苦茶活動してます。もっとも、戦後GHQに協力したフィクサーなんて、GHQから見ればただの使い走りにすぎなかったようです。それが下の記事に現れてると思います。
児玉邸へ突入したのは右翼のしわざということになってますけど、児玉誉士夫は右翼にも顔がきく。ところが、児玉誉士夫の系列に入らない右翼があるのも事実です。新右翼とでもいうのかな。古いところで、社会党浅沼稲次郎刺殺事件なんかは、それの系統らしいです。児玉誉士夫は社会党にもパイプを持っていて、児玉誉士夫系列でない直情径行型の右翼がやったみたいですね。比較的新しいところでは、朝日新聞阪神支局を襲撃した「赤報隊事件」なんかが新右翼のしわざらしいです。まだ未解決ですけどね。
世界の情報機関
http://www.webtelevi.com/sekaijoho.htm
また別の情報によると、水田光義氏が昭和17年(1942年)に広島の庄原市立口北小学校へ講堂を寄贈したとあります。水田機関のトップと同一人物なのか別人なのかまでは未確認。このかたは、少なくとも金持ちではあるようですね。
[2007年03月04日00時11分]
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お名前: 江戸通
教えて「水田機関」!
あと、セスナに強いのは、児玉誉士夫か小佐野賢治か、
も!
まじで。あくまでも、誤解したりかんぐったしないでね。
おばけがでちゃうよ〜〜。怖かったです。
江戸通
[2007年03月03日22時30分]
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お名前: ヘイ
旧日本軍将校ら、吉田首相暗殺を計画
http://news.goo.ne.jp/article/yomiuri/nation/20070226it14-yol.html
服部卓四郎
http://members.at.infoseek.co.jp/tou46/re_80_03.htm
辻政信
http://hw001.gate01.com/yingyang/essay/tujimasa.htm
http://www.h2.dion.ne.jp/~sws6225/zinbutu/tuji.html
両人共、特務機関の経験は無いようだ。
ただ、辻政信については旧陸軍時代の昭和9年11月に「士官学校事件」を起こしたことがある。内容は、士官学校を舞台とした皇道派青年将校の「クーデター計画」を摘発したことである。早い話が、チクリ。
これが直接の原因かどうかわからないが、その後、統制派と皇道派の対立がエスカレート。永田軍務局長斬殺事件から2.26事件へとつながっていくわけである。
[2007年02月27日21時30分]
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お名前: ヘイ
CIA:冷戦下の情報収集工作は失敗
http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/wadai/news/20070226k0000e040077000c.html
これとは別に、「謀略の昭和裏面史」(宝島社・黒井文太郎 編)によると、
昭和裏面史で暗躍した人物として児玉誉士夫氏や辻政信元大佐の名前が出てくる。
この両人は戦前近衛文麿元首相暗殺計画を画策していたという噂話を引用している。
そのほかのことで児玉誉士夫限定
昭和16年海軍は海軍航空本部の戦略物資調達機関として児玉機関を創設。トップは児玉誉士夫。当初は上海で「東光公司」を運営していた水田機関を通じて物資を調達していたが、水田機関のボロ儲けを知って児玉機関が水田機関にとってかわる。昭和18年水田機関のトップ水田光義が暗殺される。
物資の調達にしても、なかば略奪に近い形だ行われたようだ。こうしてかき集められた大量の貴金属類を終戦のドサクサに紛れて朝日新聞社機で日本へ極秘に持ち込み隠匿したとされている。
戦後は無名であったにもかかわらず、A級戦犯容疑者に指名されたのも、GHQが児玉の隠し資産を狙っていたからだという噂もあるほどだ。GHQから貴金属類の半分程度を没収されたといわれている。ここらへんの関係かどうかわからないけど、児玉とGHQのつながりができて、GHQ傘下(G−2)のキャノン機関協力者のひとりとなる。キャノン機関は後にCIAに吸収される。
キャノン機関傘下の日本人下請け機関に矢板機関というものがある。元々は上海で陸軍の物資調達を行っていたグループだけど、そこを訪れた人物の一人に児玉誉士夫の名前があげられている。有名政治家や大物右翼の名前も見られる。
戦後の児玉はGHQとのつながりをバックに密輸で儲ける。児玉資金の一部は政界にも回るが、財界からも金をかき集めている。保守合同・日韓交渉・55年体制の影の立役者。
60年安保闘争時、米大統領アイゼンハワーの訪日をめぐって自民党は「アイク歓迎実行委員会」なるものを結成した。この際、暴力団結集を依頼されたのが児玉誉士夫であった。山口組・柳川組など関西の組織とりまとめに失敗し、昭和38年関東限定で「関東会」を発足させた。目的は左翼学生過激派の襲撃であったという。なお、アイゼンハワーの訪日は中止になった。
そのほかには、ロッキード事件の児玉ルートなんかが知られている。
[2007年02月26日21時55分]
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