テーマ:立花藩

書き込み欄へ テーマ一覧に戻る
お名前: HEYHEY
ァ千代の菩提寺の良清寺の住職は松田聖子の伯父さん。
柳川の市役所の人に教えてもらいました。
良清寺を開いたのは立花宗茂から招かれた応誉という僧侶。
応誉は瀬高の来迎寺の住職でしたが、戦国期の柳川城主の蒲池鑑盛の孫になる人物。
僧籍にあったため龍造寺の牙から逃れられたようで、宗茂は蒲池家とも懇意だったので
応誉を柳川に呼んだとのこと。
応誉の子孫は良清寺の歴代住職家になると共に蒲池家を再興し、立花家の家老格となる。
松田聖子はその子孫というわけで、幕末の柳川藩の蒲池鎮之が高祖父になるらしい。
歴史の巡り合わせの面白さを感じます。
[2007年03月20日14時18分]
お名前: ヘイ
そんしさんへ

「すだれ」と「すのこ」の説明、ありがとうございます。

まあ、こちらとしてはどっちでもいいんだけど、多少賢くはなったかなと思います。

>柳川のせいろ蒸しに使われる盛り器は重箱なのではと

四隅の端に井桁状の出っぱりがあったのかなかったのか、どっちだったかよく覚えてないです。出っぱりがあっても重箱ということになるんでしょうかね?
まあどっちにしても、「せいろ」として使われていたのは間違いないです。


[2007年02月22日19時59分]
お名前: そんし
知り合いに食器類を扱っている卸業者がいたので聞いてみたら、「すだれ」だそうです。
「すだれ」も「すのこ」も別の物だけれど、どちらも敷物として売ってるそうです。
すだれは、せいろや小箱などに中敷きとして使い、すのこは、お寿司などを盛るときの「盛込み」などに使う。すだれ状に編んだ物が「すだれ」で、すのこ状に足をつけたものが「すのこ」と、しごくあたりまえの回答がありました。わたしが連想していたのも、その「すのこ」です。

ただし「すだれ」が敷いてあったのは、それが「せいろ」だからで、せいろ蒸しに「重箱」は使わないとの事。元々重箱には中敷きは使わないから、重箱とセットで中敷きが販売されることはないので、「何のことだろう、すのこの事かな」と、なったのだろうと言われました。柳川のせいろ蒸しに使われる盛り器は重箱なのではと聞いたら「知らん」でした。

[2007年02月22日14時48分]
お名前: ヘイ
マックさん、そんしさん
レスありがとうございます。とりあえず、お礼まで。


「すのこ」というと、足で踏んづけるマット換わりというイメージがありまして、いまいちピンとこないです。

ちょっと前にNHKアーカイブで、「佃島」の記録映画(白黒)を途中から見ました。昭和30年前後なんでしょうかね。かちどき橋がまだあった時代だと思います。
海苔を日干しするのに、貼り付ける土台を「よしづ」と呼んでました。「すだれ」の小さいやつをたくさん並べたものを立てかけてありました。全体としては「よしづ」ということになったんでしょうかね。

まあ、そういう経緯もあったので、「よしづ」を使っちゃいましたね。


[2007年02月21日22時45分]
お名前: そんし
「よしず」というとすだれの事で、原料は「あし」(転化して「よし」)の事ですから、すだれといっしょで、日よけの事になってしまいますよね。
どちらかというと、「すのこ」でしょかね。

[2007年02月21日13時26分]
お名前: ヘイ
えー、ちょっと訂正です。

>重箱の底に「せいろ」を敷いていて

これは「よしづ」の間違いですね。実際には、「よしづ」よりも小さいけど、正式な名称はこれでいいのか?
巻き寿司や手巻き寿司で使うあれです。

「せいろ」というのは、蒸すための四角い容器のことを言います。たいてい、井桁になっているから、この名前になっているのでしょうか。四隅の出っぱりがなくても、「せいろ」ということになるのでしょう。中華の「せいろ」には、丸い形をしたものもあるようです。


[2007年02月20日11時33分]
お名前: ヘイ
柳川へ行ってきました。

良清寺は浄土宗でしたね。つつがなく法要も終わりました。
良清寺では、ァ千代姫の得物とされるものが三本、壁に立てかけてありました。住職の話では、薙刀ということでしたけど、それにしては刃の部分がやけに短い。おまけに錆びてるから、よくわからんなー。年代ものということだけは、わかるけど。

観光旅行ではないので、水路の舟遊びとか御花とか柳川城などはパス。
城の防衛線として、水まわりが使われるのはよくある話。一般的なのが外堀。ほかには、城の外が沼地・川・海であるというケースもあります。水路も似たようなもんか。

柳川では現在、ひな祭りをやってます。普通のひな祭りと違って、期間は2月の中旬から4月の初めまで。(正確な期日は覚えてない。ひな祭りにある程度期間を設けるのは、ほかの城下町でもあるかもしれない。)
柳川のひな祭りではひな壇のほかに、手まりやらぬいぐるみやらを連ねて輪に何列か吊り下げたものがあります。乳児をあやすのに使うやつで、吊り下げてるやつがありますよね、あれの大げさやつと思えばよいです。非常にカラフルです。柳川では、これを「さげもん」と呼ぶらしい。

最後に食べ物
柳川といえば柳川鍋なんでしょうが、ここではせいろ蒸しを紹介したい。食べたのは、これで2回目かな。一見すると、うな重。うな重と違うのは、たれがご飯に隅々まで滲み渡っていて、色むらが無い。
根本的な違いは、作り方。米から蒸すというけど、細かいところまではわからない。重箱の底に「せいろ」を敷いていて、底面との間に隙間ができる。そこに蒸気が回り込むのでしょうね。
ともかく、注文してからできあがるまでにかなりの時間がかかる。多少飲める人なら、待ってる間にビールの2本くらいは軽く空いちゃいます。そのため、「せいろ蒸し」で通ってる店なら、行列ができてます。待ち時間が長いから、客の回転が悪いのよね。でも、柳川へ行ったら、ぜひとも食べてみたいもののひとつではあります。うまいですよ。


[2007年02月19日20時16分]
お名前: マック
ダイジェストに・・・・

立花道雪の婿養子の「立花宗茂」は、
朝鮮出兵のとき、日本軍中、最強の戦闘部隊でした。
特に、立花の騎兵部隊が良かった。

立花氏は、もともと大友氏の重臣です。
豊臣秀吉の九州攻めのとき、秀吉軍が到着するまで
島津の猛攻に耐えたら
独立した大名に抜擢するという、大友宗麟と秀吉から
の約束でなりました。もっともこれは、立花宗茂の
実父が島津相手に玉砕した功でしたけど・・・。

関が原のとき、西軍に属し、琵琶湖の大津城の包囲軍中
にいて、主戦場の関が原にはいませんでした。

加藤清正も立花宗茂には一目おいていて、関が原戦の
あと、領土没収になるも、復活して藩を興した、
めずらしい大名です。
これは徳川秀忠が、その軍功を聞きたいと言わしめた
武将でしたからね。

昔、以上のことを多数書いた、なつかしい

マック

[2007年02月12日04時02分]
お名前: ヘイ
11日に法事があるので9日あたりに出立します。とりあえず実家の北九州へ行くんだけど、法事があるのは、福岡の柳川。良清寺というとこなんですけどね。
http://map.yahoo.co.jp/address?ac=40
ここは立花藩の菩提寺です。実家のほうは関係ないんだけど、姻戚関係が立花藩ゆかりの者らしい。元をただせば、武家の出だとか。ランク・階級などは不明。下層階級かもしれないし。^_^;

とりあえず、立花藩関係のものを調べてみました。
http://ww2.tiki.ne.jp/~shirabe01/bu/onna/tb/gin001.htm
http://www2u.biglobe.ne.jp/~tachi/dousetu.html
http://www.coara.or.jp/~shuya/kenkyu/dosetsu/dosetsu.htm
http://www2u.biglobe.ne.jp/~tachi/munesige.html
http://www.geocities.jp/senryusai/senryusai.tatibana.html

知名度はいまいちなんだけど、傑物だったみたいですね。立花氏は、元は大分の出身みたいだね。大分に戸次川というのがあるけど、こちらは「へつぎ」と読む。

柳川について
http://www16.ocn.ne.jp/~sironoki/100fukuoka-no-shiro/114yanagawa/yanagawa0.htm
水郷の街として知られているけど、元々は軍事的な目的で造られたみたいです。

掲示板もあるけど、玉石混交なので直リンはやめときます。
ttp://hobby9.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1152224537/


[2007年02月07日18時25分]
このテーマについての発言をどうぞ。(管理の都合上書き込み時のIP情報を内部保存しております)
氏名 削除コード
E-mail URL


半角カナは使用しないようにしてください。文字化けします。