テーマ:故黒羽先生の事

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お名前: 一発の銃声
 慮溝橋事件については、一発ではなく18発であり、
日時は、7月7日「マルコ.ポー.ロ」記念して、
欧州から取り寄せた材料で作られたものであることは
外せないと語っておられたとか。
 今年、一月に発行された記念出版には、先生のテープ
は、世話人のかたにももうないことが述べられていました。
晩年は、静岡県の歴史を被けられていたとか、当時は、
通信高校の部も担当されており、講堂でしか顔を合わす機会も
ありまえんでしたね。

 江戸通
[2005年12月04日21時42分]
お名前: ヘイ
はあ〜、黒羽先生ですか。

黒羽清隆(くろは・きよたか)−1934年、東京生まれ。東京教育大卒。東京学芸大学付属高校教諭及びNHK・TV日本史の講師を経験。

著書のひとつに「日本史への招待」(大和出版)というのを持っている。初版はいつ頃であろうか、新しいものではない。読んだ感じでは、マルクス経済学にかなり影響されているように思えた。右とか左とかいうのではなくて、物事の視点がそのような感じだったと思う。

東京教育大(旧東京文理大)、今は筑波大学になっているが・・・。教育関係では総本山といっていいだろう。東の東京教育大、西の広島大学(旧広島文理大)。
数十年前の何々学芸大学というのは、ほとんどが何々教育大という名称に変わっている。ところが、東京教育大、この名前があるために、東京学芸大学というのは名称がそのままである。
東京教育大から筑波大学に変わった今は、どうなってるんですかね。


[2005年11月27日22時51分]
お名前: 江戸通
 木戸孝允とか木戸幸一とかいる中で、注目すべき
人物は。「桂太郎」
 先生という人は、そんな事をオシャッテいました。
 木戸、桂太郎の情報源は、なんだろうね。
 とある、キャンパスで桂太郎の銅像の前で、先生の
おっしゃる事をいちいち、伝える弟子達。
 先生は、昔の大名なんて気にしないひとで、大名家
など全て、敵にしてしまうことなどよくありました。
 桂太郎、その情報源は何か?
 深く喪を隠してまでも、探っていたことは、なんなのか?
 「おまえの嘘などお見とうしだ。」
 先生の叱責をおもいだします。
 深く首垂れ、追討(追悼)の意を新たにします。

 江戸通

[2005年11月27日20時54分]
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