1150 秘聞 柳生石舟斎 13(最終)

待伏せ

「伊賀名張の百々地別所の早足(ふうな)の者の知らせでは、東国では名高いという
上泉伊勢守どのが、ここへ見えられるそうなが、何をしにお出ででござりましょうの
う‥‥」
 まだ嫁になりたての初々しい春桃は、気遣わしそうに夫新介に尋ねかけた。
「うん。その事‥‥おっつけ日没頃にはここまで来るじゃろうが。はたして何用か?
実はわしもそれを思い悩んでいたところじゃ」
 睫毛の長い眼を大きく見開き、馬酔木(あしび)の白い花を睨みすえるような恐い
顔をしながら、横向きのままでそれに答えた。
「女ごの私の口から申し上げるは差し出がましいとは存じまするが、男衆の戦場働き
にてあれ、一番槍とか槍先の功名というのはあっても、一番刀、または刀の切先の手
柄などとはどこにでもいわぬものと聞きおりまする。なのに、その刀に生涯をかけて
打ち込み、新蔭流とかの刀法を編み出したという、それなる御仁は酔狂人にござりま
しょうか」
「うん、そこじゃ。わしも、そもじの頭陀寺城に罷り越したころ、矢留の術を習い、
中条流などの手ほどきを受けたが、所詮、刀は打ち刀といわれるように打ち払う用し
かなさぬもの。それなのに、その刀をもってする新蔭流とは、そも何か‥‥また、常
人にてあれば、いったんここへ入れば数年は出られぬ掟あるを知って、どうしてこの
柳生まで入り込んでくるのか‥‥そこが解せぬのよ」
春桃の方へ顔を向けはしたが、新介は睫毛の翳りを頬へ落し考え込んでいた。
「私のおりました頭陀寺の城は東海の薬師寺派の本山にて、遠江の白山権現も坊内に
勧請してござりましたが、普通白山というのはお札を氏子に配りますのに、『早うせ
ぬと神霊のご利益が薄れる』と申し、胸に護符をあてがいつけて走っても落さぬよう
な早足の者を選んで、こちらあたりでは風の如しと風那(ふうな)。箱根以東では、
風の間に走るからとか、それ馬の如しというので、夫馬(ふま)とか風間とよびます
る」
「ふうん‥‥何が言いたいのじゃ」
「はい、女の浅知恵で申し上げます事ゆえ、見当違いかもしれませぬが‥‥上泉伊勢
守の一行が、相州小田原城より北条氏長様お取り計らいにて、この柳生へ向かったと
いうは破石の薬師寺衆徒よりも、先月の末に既に一応の知らせはあったこと。よって、
この春桃めは、北条早雲殿小田原建国の節に、伊勢二見が浦の松下神社や、駿府白山
町の白山社より伴って、向こうへお連れなされし風間一族が、大和の風那一族を叩か
んと‥‥」
「差し向けてきたのが、上泉伊勢守だというのか‥‥埒もない話じゃ。我ら山口社、
松下社、白山社の氏子、それに薬師寺系の東光衆も入れ、これらは古来、同族は討た
ず異族とは婚せずの鉄則があるのじゃ。つまり北条早雲様の血脈の小田原衆は昔より、
目下われらが寄騎としている松永弾正様と同じ氏々。その昔、大化の改新で滅ぼされ
た鞍作り、といわれた蘇我氏の流れを汲む蘇民の一門。かまえて小田原より我らに討
手などよこす気遣いはないわえ」
と言い切りはしたものの、やはり上泉伊勢守と名乗る刀術使いが、なぜはるばると小
田原から来るのか、どうしても納得のゆかぬまま、
「‥‥はて、なんぞ考えつき、それにはそれで手立てをしておかん事には、せっかく
各地の同信心の者より伝達されてきているのを、無為にしてしまう事となり、面目な
い仕儀じゃが、とんと見当がつかんのじゃ」
 馬酔木の白い花を睨みつけて、春桃と向き合っていても、なんの才覚も浮かばぬの
に業を煮やしたのか、柳生新介はそのまま大の字にひっくり返ってしまい、
「暫時一人にしておけ、もそっとよく考え直してみたい」と、天井の梁をぐっと大き
な目玉で睨みつける真似をした。
 そこで仕方なく春桃は、新介の側を離れはしたが、やはり胸騒ぎがしてならない。
そこで、
(こういう時に舅の新左殿や、志津どのでもいてくだされたら、よき知恵などつけて
くださろうに、お二方とも今ではこの紅葉館を夫新介に譲られて、吉岡道場の近くに
引き移られての京暮らし‥‥今から相談の使いを出しても間に合うわけもない)
と浮かぬ顔をして濡れ縁から庭へおりたところ、今では白髪頭になって腰も曲がった
佐平が草むしりをしていたが、春桃をみかけると慌てて跪き一礼してからが、
「あの‥‥上泉伊勢守とか申す関東者が、この里へ荒らしにくるというのに、何のご
下知もありませぬが、いかがさまなもので‥‥」
憂わしげに側へよってくるなり尋ねてきた。
「‥‥その事よのう」
春桃も、馬酔木のところで腰を沈め、
「して佐平、その方は上泉殿とやらの来訪を何とみていなさる‥‥」
逆に質問してみた。すると目脂だらけの顔を上げた佐平は、
「へい‥‥」とうなずきはしたが、
「これは、手前一人の考えではなく郎党全部の考えでござりまするが‥‥さる多武峯
合戦で、こちらの旦那様が槍に比べれば、ずんと目方も軽く、扱いも楽な刀で、槍に
も勝る立居振舞いの合戦ぶりをなされましたが、それが大和一国だけでなく諸国にも
大評判になっておられる由‥‥よってまず大和の宝蔵院にあっては、槍が刀に負ける
法やあると、槍法師がこの柳生に押し寄せてくるとの風評もある昨今‥‥」と前置き
してから、
「聞けば、その上泉伊勢守とかいう者も、こちらの旦那様同様に、やはり刀術使いと
かいうことゆえ‥‥これは今評判の旦那様を倒して、自分こそ刀術一番の名を上げん
とする功名心で押しかけてくるのに相違なし‥‥とみな、案じているのでござります
よ」
訴える如く、雑草の根株をひっぱりつつ口にした。
「そうか、そない考えもあったのじゃな」
春桃も愕然とした想いにかられた。そこで改めて佐平に、
「旦那様は、同宗は討たずの厳しい戒律があると言ってござらっしゃったが‥‥して、
その上泉とやらは同信心なのかえ」心配そうに尋ねかけてみた。
 すると佐平は首をふり、
「‥‥名張へとびこんだ、一緒に供してきた伊豆というのは、こりゃ間違いのう同信
でござりまするが、上泉伊勢とその甥っ子という二人は何宗旨か判りませぬ」
はっきり違うように首を振ってみせた。そこで春桃は、
「では‥‥それなる両名が、もし阿弥陀信心のごとき異教徒であれば、刀術比べに事
よせて、うちの旦那様を討ってとり、『われこそは多武峯合戦で名をあげし柳生新介
を討ち取ったる上泉伊勢守』とふれまわり、己れを高名にせんために乗り込み‥‥と
言うのかえ」
「はい、それしか他には考えられもいたしませぬ‥‥なんせ皆が喰うや喰わずのこの
世の中では、はるばる東国から刀の振り廻しに血の道をあげ、こない山中までやって
くるような、そない酔狂人がいましょうや」
「さようか‥‥旦那様はおおいうお方ゆえ、人を疑うとか用心するというのは、得手
ではないお方‥‥じゃというて、おめおめここへ入ってくるのを放ってはおけぬが、
この館内の者は、この身が勝手に動かしもできぬ‥‥」
言いさして迷っていたが、そのうち春桃はきっとして、
「そもじ、内緒で破石の薬師寺へ行き、かしこの衆徒で、この私に手を貸してくれる
者を集めてきてくれぬか‥‥」と切り出したところ、
「よろしゅうございまする。それでも人手が足りぬとあれば、丹生の神宮寺へ参り、
かしこの修験者どもも、この佐平一存の才覚で狩り集めて参り、上泉らの来る途中を
待伏せして追い払ってしまいましょう」と言い出した。


天狗岩の決闘

 むうっと草いきれのする水引草の茂みに、赤い小さな花が細い穂に豆にように咲い
たのがちらほら見えるが、朝の雨に青葉は緑を鮮やかにしてまぶしいい陽射しを照り
返す。
「めっきり暑うなりましてござりまするな」と疋田文五郎が、額ににじみ出る汗を手
の甲でこすったとき、
「‥‥しいっ」上泉伊勢守は、さり気ない調子だが、文五郎に注意した。
「えっ‥‥」思わず足を止め、あたりを見廻しかけるのを、伊勢守は、
「知らんぷりしてさっさと歩むんじゃ」折れた枯枝を杖にして、塩釜ぎくの叢を跨ぐ
ようにして先へ進んだ。
 しかし文五郎も気配を悟ったらしく、足を速めて後につき従い、
「して何奴どもにござりましょう」と尋ねた。
「ここらあたりの山がつどもじゃろ‥‥が、物見にしては頭数が、ちいと多いようじ
ゃな」
伊勢守も不審そうに小首を傾げ、
「潅木の茂ったここらあたりでは、てんで見通しもきかぬ‥‥あれなる岩角へ出てみ
るか」
と土地の者が天狗岩とよぶ尖った岩の方を指差した。
「‥‥まわりを囲まれた格好で不案内な土地を歩くのは剣呑でなりませぬ‥‥奴等の
狙いがなんなのか見定めるためにも、それに足場のためにも、あそこならば申し分も
ありますまい」
刺の出ている刺草(いらくさ)をよけつつ、文五郎が今度は先にたって、白瓜草がか
たまっている窪地へ駆け降り、そこから石ころが転がっている急坂を、一気に岩角ま
で登ろうとした時。
「おうっ、うわっ」鯨波(とき)にも似た声を張り上げた一団が、右に左に頭をみせ、
「我らは、この山に住む天狗じゃ‥‥うぬらは今ここへ来た道をさっさと引き返せ」
「さもなくば痛い目をみるぞよ」
口々に喚き脅かしてきた。そこで伊勢守は、
「はて面妖な‥‥ここらあたりは笠置をとうに過ぎ柳生の庄入り口の阿対寺近くと思
うが、それなのに我らを追い返そうとするは、柳生新介の差しがねなるや」
不審そうに呟きつつ、石ころ道を一気に岩鼻まで駆け上った。
 すると先に昇っていた文五郎が、
「ご覧じあれ、せいぜい二、三十人と思いきや、こりゃおりまするな」
首を左右に振ってみせ、たまげたような声をはりあげた。
が、次の瞬間。
 いつの間にか天狗岩の周りの千年杉や榎の古木へ這い登った山がつどもは、澄んだ
山気を切り裂くように鋭い礫石(つぶて)を打ってきた。
「抜かるな文五郎」
「かしこまって御座候」
 やむなく伊勢守は甥の文五郎と、背中合わせの格好で仁王立ちとなり、手にしてい
杖代りの枯枝で飛来する石を右へ左へ払いのけた。
 すると次は、石の代わりに木の枝を折ったものが四方八方から唸りをあげて、まる
で薪投げの如く舞い込んできた。
が、飛んでくるものを打ち払うのは長年の鍛練で、苦もなく文五郎は皆これを防ぎ止
めてしまった。
 そこで向こうにも、これではならじと思ったのであろうか。山伏姿の二十人あまり
が一団となって天狗岩へ駆け上ってくるなり、
「悪魔退散、降鬼降魔」と呪文を唱えつつ、三メートルもあろうかという巨大な金剛
杖で、「うおっ」とばかり四方からかかってきた。
 そこで文五郎が、真っ先にかかってきた一人の首を抱え込み、
「汝らはどこの修験者だ‥‥」叱りつける如く怒鳴りつけてから、利腕を押さえ金剛
杖を奪い取るなり、
「さあ、こい来たれ」とばかり、群がる山伏を叩きのめしているところへ、
「あいや、しばらく‥‥」
両手を上へ上げ、きりきり舞いの格好で跳びこんできたのは神後伊豆。
まず山伏達に向かって、大声を張り上げ、
「‥‥丹生神宮寺の衆と見受けるが、そちらの二人は紅葉館の柳生新介殿が、待ちわ
びておられる賓客、ご無礼があってはならぬ、さぁ引かっしゃい」と喚き立てた。
 そして、伊勢守と文五郎の二人へは、身体を屈めて頭を下げ、
「伊賀上野の宿より姿を晦ませましたのは、他意あっての事ではなく‥‥こうした間
違いのないようにと名張の百々地館へ、前もって相談に参りましたなれど、まわりの
百姓どもに出入りを阻まれて‥‥よって遅参、申し訳とてありませぬ」
と詫びをしてからが振り向き指差し、
「その代り、柳生の館へ先に行き、柳生新介殿を既にここまでご案内してきてござる」
と報告した。
「ほうっ」と、これには文五郎も呆れたように吐息をしていると、そこへ大股で近寄
ってきた革袴に革胴着、後髪を青いいちび蔓で無造作にからげた若者が、
「手前が柳生新介」と、先に名をなのり白い歯をみせながら、
「よう、かかる山里までお越しなされました」と挨拶してから、やや照れ臭そうに、
「‥‥どうも山の中に住む者は世間に疎く、お手前様らを、わしを殺しにござった刺
客と早とちりした粗忽者がいて、とんだ出迎えをしてしまいました段、平にご容赦を」
と詫びを入れた。
 だから上泉伊勢守も、それに対し、
「いや、なんのなんの‥‥」とは口にしたが、すぐ続け、
「お手前も人が悪い‥‥自分はかかわりなく知らぬ事のよう言わっしゃるが----欅の
古木の上枝に腰掛け、ずっと見物しておられましたのう」ずけずけした口調で言い放
った。
 すると柳生新介は、また白い歯をみせ、
「これは閉口頓首‥‥ただのお二人きりで礫や薪を打ち払いつつ、よくもそこまで見
ておられました」すっかり感じ入ったようにうめいた。
「なぁに年をとると、手近なものは霞んでしまって見にくくなるが、そのかわり遠目
はようきくようになる‥‥して、少しは見物なされて、お手前お役に立ちましたかな」
問われて新介は頭をかきかき、
「手前矢留の術や中条流は遠州引馬におりました際に、いささかながら学びましたる
が‥‥」と口にした。
 礫や薪を片っ端から目にも止まらぬ早業で打ち払ったのを、てっきり賞揚されると
思っていたらしい文五郎は、その言葉にがっかりしたように、
「では‥‥何がお目に止まられましたのか」と尋ねたところ、
「修験者どもが金剛杖をかざして襲いかかった際、素手で内懐へ跳びこんで利腕を押
さえ、逆に奪い取られましたる無刀取りの構え」と即座にそれに答えた。
「ほう‥‥」文五郎はものたらなそうな声を出したが、上泉伊勢守は大きく合点して、
「さすがじゃ、目のつけ所が違うわい」
我が意を得たりといわんばかりに、若やいだ声を出してからが、
「紅葉館なりとどこなりと、さぁ案内さっしゃりませ‥‥わしが愛州陰流を新蔭流と
改めた術も、打ち払うよりまずそれを奪え、つまり猫を追うより皿を引けといったご
とき悟りゆえ、よろしい。これまで修得した一切を、何年かかっても、みな柳生殿に
ご伝授仕ろう」と言い切った。
「それはそれは、ぜひとも、新蔭流のお教えをお願いしとうござりまするな」
薮まおの茂った葉ずれをかきわけ、上泉伊勢守と柳生新介の二人が連れ立って行く後
から、疋田文五郎と神後伊豆の二人は、「柳生新蔭流」と後世まで名の轟く刀術の新
しい流派がやがて生れようとするのも知らぬげに、
「青くさいのう」呟きつつ後へついていった。

                   了