1145 秘聞 柳生石舟斎  8

紺屋裏庭道場

 道場といっても、ただの裏の空地である。木から木へ染め上げられた布切れが、
「しいし」とよばれる細竹で蛇腹のように張られていて、これが風に煽られ、紺の香
や染草の匂いがむんむんと、まるで青草に滲みこんだごとく噎(む)せかえっている。
「足許が濡れとるから、滑らんようにせなあかへん、よろしゅうおすか」
 新左衛門の頼みで裏へ連れ出してきた新介へ、又一郎はいたわるように声をかけて
から、染物がまるで長旗のように翩翻(へんぼん)と翻っている中を潜り抜け、
「おう‥‥皆の者、こっちゃへちょっと来てんか」と呼ばわった。
 すると、それまで染料壷をかき回したり、布を引っ張ったりしていた若者たちが、
「うおっ」と青竹をもって声のした方へ駆け寄った。
 さて竿を握った面々に四方を取り巻かせてから、
「柳生の若っ、よう見ておかっせ」とおもむろによばわりつつ、吉岡又一郎は反物を
巻くのに用いる五十センチあまりの心棒を片手に、
「さあ、どこからなりと突いてこませ」と周囲の若者に言ってきかせ、
「遠慮はいらん。袂の先なりとかすった者には、褒美に粟酒一杯くれてやるぞよ」と
励ましを言った。
「えっ、まことにおじゃりまするか」
 そこで若者達も、呑めるという話に気負いたち、
「やあっ‥‥」と、背の高いのが真っ先かけて、三メートル近い青竹の先端をくりだ
し、又一郎の胸許めがけて飛び込んだ。
が、身体を屈めてその槍をやりすごした又一郎は、
「うおっ」と青竹の中ごろを掴んで、跳びこんでくる相手を引き寄せ、
「よいか」と声をかけ、力任せに叩くと、若者は握っていた手を離したため、青竹は
又一郎の手に帰してしまった。
「これが本物の槍じゃったら、真剣青竹取りという事になろう」
と呼ばわりつつ、次に向かってくるのへは、これ又かい潜るごとくにして宙を突かせ、
「ほら、しょっと」と背後に回って竿を叩く。
 それで手が痺れた若者は両手を拡げ、さながら蛙のごとき格好でつんのめる。
が、その隙を狙って、
「とおっ」と突いて出たのは、こちらから見ていると、又一郎の肩に当たったように
もみえた。と同時に、
「‥‥しまった」の声も響いてきた。だから、てっきり又一郎が三本目の竿先はかわ
し切れず、ついに粟酒一杯進上となったものと、
「やはり長いものに短いものでは、とても勝負になりませぬな」
 新介が立っている新左衛門に耳打ちしたところ、悲鳴をあげて倒れたのは、手足を
碧色に染めた職人の若者の方であり、
「さあ一人ずつでなくてもよい。かためて皆でかかってこい」と又一郎は元の場所で
仁王立ちの格好で、にやにやしながら呼ばわっていた。
 だからそこへ、残りの五人が息もつかずに前後左右から突いてゆくのを、
「なんの、なんの」と軽く呟きながら、これを心棒で叩きのめし、内懐へ跳びこんで
竿を落させたり、利腕をとっては転がしてしまう。
 見ているとあっという間もない早業だが、当の吉岡又一郎は汗ひとつたらすでなく、
呼吸の乱れもみせず、
「真槍でござりますると、そりゃ、柄が樫の木ゆえ重とうおす。そやよって、突いて
くるのも腰がふらつき、引っ張れば吊られてきて、あんじょう前のめりに倒れます。
ところが竿竹では軽うおすから、突いてくる方は身軽でよう動きまわり、案外と始末
するに骨が折れまっせ」と、にこやかに説明した。
 これには新介も感心して、
「実は手前は、遠州引馬にて矢留双心斎より、矢留の術を習い覚え、のち富田一刀斎
より刀術の手ほどきも受けましたるが、長き槍には短き刀では、とても立ち向かえぬ
ものと初めから観念していました。なれど‥‥只今の至妙な打ち業の鮮やかさ、実に
もって感服つかまつりました」
深々と頭を下げてしまった。そこで伴ってきた新左衛門も満足げに、
「どうじゃ、わしが言ったとおり、吉岡殿の小太刀は、紺屋の刀法とは頭ごなしにい
えぬ、神妙な幽玄さがあろう」と伜に言い、
「どうじゃろ、お忙しいは、万々承知しておるが‥‥時折仕込んでやってはいただけ
まいか」
吉岡又一郎に申し出た。すると、
「小太刀にしろ大太刀にしろ、刀法というは仕込んでみたところで、それほどまでに
至妙な境地に達するかどうかは保障できぬもの‥‥なんといっても要は親より伝わる
血の流れがものをいう。ところが、お手前様は新左衛門殿のお子ゆえ、蛙の子に例え
ようなら、おたまじゃくしというもの。まあ、その点は心配なかろう」
 生まれつき反射神経に恵まれぬものでは、いくら教えても無駄だが、新左衛門の子
ゆえ間違いなかろうというのである。しかし、新介にしてみれば、いくらそう言われ
たにしても、
(はあ、それではよろしく)とも言いかね、又一郎の手中の洗い張りの心棒を、
「暫時拝借」といって握りしめるなり、空地へさあっと駆け出してゆき、
「今度は手前があいて‥‥どうぞかかってきてくだされや」聞こえるように大声を張
り上げた。
 しかし若者達は、そう言われても、見知らぬ若者に突きかかっていってよいものか
どうか、指示を仰ぐように又一郎の方へ皆揃って顔を向けた。
 これには新左衛門の方が狼狽してしまい、
「出過ぎ者め‥‥まだ入門もはっきりとはお許しがないに、慮外は致すでない、止め
にせい」
とばかり叱りつけ、新介の側へ寄っていこうとした。
 ところが吉岡又一郎は、顔を綻ばせて、
「矢留の術があるのは聞き知っておすが、富田一刀斎の中条流というは耳にするも初
めてのこと‥‥さて、どのような術を仕込まれてきなすったか、見物させていただく
も一興というもの‥‥まあ邪魔せんと若い者のすることやし、見させてもらいましょ」
と、今にも駆け出さんとする新左衛門を制止した。
 さて、又一郎から眼顔でよしと許された若者のうち、染方に従事しているらしい、手
を二の腕まで青くしたのが、
 「飛び入りの青二才の新参が、又一郎先生の真似をしようなどとは、しゃらくさい‥
‥いざ、一突きで、でんぐり返しにしてやらす」
 と吼えるような大声をあげざま、猪突猛進して新介めがけ突きかかってゆくと、新介
は身体の中央に構えた心棒を、大きく頭上にふりかぶりざま、
「やあっ」地面を蹴って、竿の伸びてくる寸前に、空(くう)へ跳び上がり、まるで
竿の上を走る如く、手の青い若者の胸倉へ駆け寄ったとみると、
「とおっ」と一声、鳩尾(みぞおち)のあたりへ、爪先の方ではなく、踵で蹴りをく
れた。
 これには、全く文字どおりのお手上げとなった染方は、青く染まった両手をバンザ
イするごとく上へふりあげ、地響きさせる勢いで、仰向けに倒れた。
 そこで次の者が、今度は用心して腰を屈め、
「覚悟さらせっ」とばかりに、新介の脇腹めがけて突いていった。
 が、それに宙を突かせるなり、新介は相手の反動を利用してこれをやりすごし、心
棒で脚をすくって転がしてしまった。
「うん。こりゃ仕込めば、行く末は間違いなく天下無双の刀術使いにもなろう」
 吉岡又一郎憲法は眼を輝かせて唸り、
「よきお子を持たしゃったのう。柳生の名はあの若者によって諸国に喧伝されましょ
うぞ」と新左衛門に囁いた。


人間狩り

 柳生新左衛門が嫡子新介を伴って洛西吉岡道場を訪ね、旅立ってからもう十日。
留守居のつれづれに、薬草摘みの女どもに混じって、志津も若葉とともに、緑に包ま
れた山間の渓谷へおりていた。
「水苔」とよばれるが、小さな苔ではなく、膝あたりまで伸びて生え茂る草で、これ
は採って乾かすと値よく売れた。別に何の薬というのではないが、乾燥させたのは水
分をよく吸収する性質をもつため、女人がつける女鎧(めよろい)の胸のところへ布
入りで貼りつけたり、お産のとき藁にまいて産褥用に使ったりする。
 そこで志津が女たちに、
「精出して、水苔草を苅りとりなされ。青いうちは山ほどあっても、陽に干すと一握
りになってしまうゆえ、たんと採り入れせぬ事には銭になりませぬぞ」
と言いながら空を仰ぐと、
「ツツピンツツピン」と、四十雀(しじゅうがら)に似てはいるが、もっと小粒な日
柄(ひがら)鳥が、麓の方から羽ばたいて飛んできた。それも五羽や十羽といった数
ではない。百羽あまりもいようという大群である。
(はて、百舌鳥が鷹にでも追い立てからてきたものか‥‥)と、抜けるように青い空
の彼方を振り返って見ているうちに、
「‥‥大変じゃ。里から一攫(さら)いが来よったぞえ」
下から金切り声がきこえてきた。
「網とりじゃ‥‥捕えられまいぞ」
 迸るような悲鳴が麓の方角からこだましてくる。
この網とりというのは、いちびの樹皮を縒り合わせた木縄で投網のように編まれてい
て、これで引っ掛けかぶせて生捕りにしてしまうのである。
 なにしろ足利期から、泉州の堺に明国との通商貿易の港ができていた。しかし定期
的に明船が入ってきて唐絹や綿布を運んでくるのに、見返り物質がなく、そのため山
狩りして、生きた男女を捕え、奴隷として明国に売っていたものらしい。
「新介様さえいて下されたら、無法者を追い払うてくだされましょうに‥‥」
と若葉が口惜しがれば、志津もまた、
「新左衛門様さえおいでであれば、館の男どもに指図し、なんぞよき策をも立ててく
ださろうが、お留守‥‥かねて、(わしの不在中はどんな事があっても、山者は里人
と争ってはならぬ。ただ忍の一字、かまえて、抵抗し仕返しされるような事があって
はならぬ。後で苛められるが如き祟りを受けては、ここの山者だけでなく、各地の衆
にも迷惑が及ぼう)と、口癖に言っていなすったゆえ、恐らく男どもは手向かいせん
と館の中で縮こまっていようが、こりゃ困ったことよ」と唇をわなわな震わせた。
「‥‥というて、このままでは薬草摘みに出てきた女ごは、みな逃げ場を失ってしま
い、それぞれ追い詰められては獣のように捕えられてしまいまするが」
 若葉は気が気でなく叫ぶのだが、志津はただもう、わなわなと震えるばかりで、涙
ぐみ怯えきってしまっている。だから、
「しっかりなされませ」と、励ましつ、こうなっては、これまでの確執にこだわって
いる時でないと考え、
「二人で力を合わせ、なんとか致さねば」
 きっとして若葉は、今まで草苅りに用いていた山刀を草網の鞘に納めるなり、
「さあ、何して防ぎましょうぞ」
 様子はいかにと渓谷から上へ這い上がったとき、茂った羊歯の葉をカサコソ落させ、
何やら近づいてくる気配がした。
 さすがに顔色を変えた若葉が、はっとして志津の肩をつかまえ、潅木の茂みへ隠れ
たとき。
「じたばたしやがるなっ‥‥」
「暴れん坊の月の輪熊だって、とっ捕まって四つ足をこう括られりゃ、じっと観念し
ていやあがるというのに、なんでえ人間の癖して、なんて諦めの悪いやつなんだ」
 手足を括りつけられた女を、皮つきの丸太ん棒に通したのを担いで、四人の里者が、
側まで近づいてきた。
「あっ、あれは‥‥私の髪すきをする菊女」
 志津が声をたてかけるのを、若葉は慌ててその口を押さえつけた。
 しかし、丸太に通されながら、なんとかして逃れようと必死で頑張っていた娘の耳
に、聞き馴れた志津のものだけに、かすかだが届いたらしい。
菊女は、
「お‥‥お方さまー」と金切り声をあげた。
その声に四人の男も気づき、
「はて、この辺りに、お方とか、やかたとかいうのが潜んでいるらしい」
「四人で一人の女じゃ儲けにならん‥‥もっと手分けして捜そうや」
という事になったのか、女を縛りつけたままの丸太をその場に転がすと、
「はて、何処じゃろまいか‥‥」
「あの潅木の茂みあたりに、ひょっとすると隠れているのではないか」
と、それぞれ這い上がってくる気配に、
「ここでは危ない」と、若葉は志津の手を引っ張って、小さな真紅の花をつけた水引
草の茂みをかき分け、
「さあ、早くっ‥‥私らまでが捕えられてしまう」
両手で叢から逃げ出しかけた時である。
「あっ、いた、いたぞっ」
「女ごが二人も、向こうへ逃げて行くぞ」
「見てみい、ええもの着とるで‥‥器量よしかもしれんぞ」
「しめしめ、ならば、ええ銭に売れるじゃろ」
と、目ざとく見つけた男どもが、わいわい言いながら迫ってくる。
 そこで若葉は、腰に差していた山刀を引き抜きざま、
「お前様は足弱‥‥ここは私めが防ぎますので、さぁ、早うお逃げなされませ」
と志津の腰を押すようにして、土筆の生えだした丘の方を指さした。
 迫ってきた四人の男どもは、もう間近に迫ってきていて、
「こりゃあ、はくい女ごどもじゃ‥‥連れ戻って担いで行く前に、我ら四人で順繰り
の念仏講といたそうか‥‥」
「どうせ相手は人間のうちには入らぬ人外の山者じゃ。かまった事はないわえ」
大手ひろげて取り組まんとかかってきた。
 そこで若葉は志津を庇い、
「おのれ寄るなっ」とばかり山刀を振り上げて、
「近づけば、手はみせぬぞ」と、たしなめた。
 ところが四人の男どもは鼻先でせせら笑って、
「小娘のくせして刃物三昧など、しゃらくさい真似するでない」
「山刀など振り回したところで、所詮は己れを傷つけるのが関の山。よさっせ。止め
ておかんしょ」
とばかり、山刀には目もくれぬ様子で近寄ってくる。
「おのれっ‥‥」
 それをみた若葉は、朴(ほお)の樹の側まで駆け寄り、山刀を口にくわえると、木
登りは馴れたものゆえ、さながら駆け登る如くに這い上がってしまい、
「ええ、ここまで来てみるがよい」と大枝の上から喚いたところ、
「さすが山者の娘‥‥まるで野猿のようなすばしこさや」
「やや‥‥するすると見る間に、上に登り切ってしまいおったぞ」
「もう梢近くまで登り詰めておるではないか」
「えい、いまいましや」
これには舌を巻いて諦めてしまい、各々の顔を見合せてから、
「ならば、今ここから丘の方へとずらかったのを、先に捕えて料理しちまえ」
「そうじゃ、あの方ならば、山刀などは持っておらなんだぞ」
 方向を変えて、今度は志津の後を四人の男が追ってゆく。そこで、せっかく逃がし
たのが、これでは何にもならなくなるからと、若葉は朴の樹の上で歯がみをしたが、
いかんともしがたかった。


白い裸身の女

(助けねば‥‥)と若葉はあせった。自分は梢の上へ這い上がってしまい安全だった
が、逃がしてやったつもりの志津が四人の男に追いすがられてしまって、着ているも
のを剥がされて、白い裸身が、さながら鏡の如く反射してきて眼下にのぞめるのに、
若葉はむらむらと憤りの念にかられた。
 朴の樹の梢から枝を伝わって、そこで樅(もみ)の木へと移った。
絡みついた蔓草が何本も垂れ下がっているのが、眼下についたからである。
 端の方を引っ張り上げ縄をなうごとく縒り上げて、それをしっかりと腰に結びつけ、
また朴の樹へ戻った。そして、思い切り引っ張るため枝の端まで行き、そこで山刀を
口にくわえてから、蔓綱の端を握って、枝を思い切り蹴った。
 若葉の身体が大きく弧を描いて、土筆の頭が並んでいる丘めがけて飛んでいった。
地面に爪先がふれた時、少し転げたが、若葉は素早く立ち直った。
 そして、ふらふらしながら取り落とした山刀を拾い上げ、
「よしなされ」
とばかり若葉は、素っ裸にしてしまった志津の身体のまわりを取り囲んでいる四人の
男の側へ寄っていった。
 そして、志津の四肢にはりついたように、上からくっつき動いている男に、
「ここな獣めっ」
とばかり、手にした山刀を振りかぶった。
 しかし、すぐ脇にいた髯もじゃの男が、
「せっかくのところを邪魔しやがるなっ」
若葉を羽交い締めにして押さえつけた。
すると、他の男どもも、
「他人のを見ているより、こっちも始めっか」
「飛んで火に入る夏の虫というが、自分の方で木の上から飛び込んでくるとは、殊勝
なやつじゃのう」
「うん、こっちゃの方が若いらしいだけに、肉がぷりぷりしとるで‥‥」と、若葉の
着ているものを剥がしにかかった。
「よして、やめて‥‥」
それには若葉も驚いて、もがいた。だが、三人の男に押さえつけられていては、いく
ら暴れてみても、
「動きやぁがるなっ」と、藤蔓織の山衣を乱暴にむしられ、たちまち麻の肌着まで破
り取られてしまった。
「やっぱり、ええ身体をしとるのう‥‥」
「腹のところなど、すべすべして柔らかく白絹みたいじゃがね」
「おりゃあ、もさもさしとるより、これくらいのしょぼしょぼの方が好きなんじゃ」
と、女の秘め所のあたりを撫ぜまわすのもいた。
 ところが、志津の上に覆いかぶさっていた男が、その声を聞きつけ、
「こりゃ待て‥‥」と素っ裸の女の上で半回転するごとく身体を動かし、首を曲げて
三人の者へ、
「わしが、おのしらの頭じゃろうが‥‥初物の味見は、いつも真っ先にわしがするん
じゃえ」と言い出した。
 これには三人とも、
「へぇ‥‥」とは言ったが、それでも、
「たった今なさっておられるのに‥‥」とぶつぶつ口にする者もいた。
 しかし、自分でお頭と名乗った男は、
「こちらはもうすむところじゃから‥‥わしがなんしたら、こちらへお前らがかかれ。
その代り、そっちの女ごには絶対に手をだすな。ええか、じきじゃからな」と怒鳴り
つけた。
「えっ、そっちへ先乗りなされ‥‥またこっちゃまで」と不服そうな声もあった。
 お頭というのはよほど急いだのだろう。まるで張りついていた格好の志津から、さ
あっと身体を若葉の方へ横滑りさせてきた。
 その瞬間、志津は踵で地面を蹴った。まるで裸にされているのを忘れたかのように、
小さな土筆んぼの頭を踏んで、まるで別人の如く必死猛死に素早く駆け出した。
 逃げられる可能性は、もうその時を逸してはなかったから、もう無我夢中だった。
丘を駆け降りると、柳生川の白い帯のような水の流れがみえた。志津は思い切って、
身を挺して、その中へ飛び込んだ。
川の流れについて行けば、紅葉館の建物の中へ戻れるのを知っていたからである。
 むろん、逃げながらも志津は、
(わざわざ自分を助けに戻ってきてくれて、それで捕まってしまった若葉を見捨て、
自分だけ逃げてよいものか‥‥)とは反問した。
 しかし、若葉を助けに戻れば、自分もまた捕えられて共倒れである。そこで、
(そんな馬鹿(ほう)げた話はなかろう)と、逃げに逃げたのである。
 若葉が新介に伴われて初めて柳生の館へ顔を出した時、志津は、
(この女が新介の嫁となり、新左衛門が隠居という事になれば、主婦(もとめ)の座
を奪われて、自分は側室になってしまうのだ)
と、それを恐れる心からして、
(なんとかせねば、婚礼の杯事をあげる前に、うまく処置せねば‥‥)と、あせりは
した。
 しかし、まさか、こんな具合に見殺ししてしまう事ではなかった。
だから、裸体のまま川の流れに乗って、やっと館内へ戻ると、急いで這い上がり、濡
れた身体に衣装櫃から引っ張りだした小袖を纏い、ほっと我にかえった後も、
(どうしようか)迷いつづけた。
志津は胸を締めつけられるように若葉の事で思い悩んだ。
(神宮寺の山へ知らせてやれば、正覚坊達が駆けつけ、若葉の身柄は奪い戻すだろう)
と、それが判っているだけに、眼前の大木から垂れている蔓網へ眼をやりつつ懊悩し
た。
 しかし、志津にしてみれば、丸裸にされて髯もじゃな男に抱かれたのを、若葉に見
られてしまっているだけに、もし助けだしたら、それを新左衛門に告げられるやもし
れぬと、それが心配でならなかった。それゆえ、郎党の佐平が何気なく覗きにやって
きて、志津のいるのに驚き、
「おや、おかた様はご無事でござらっしゃったか‥‥」と声をかけられた時も、
「薬草摘みに渓に出ていたら、何やらまわりが騒がしゅうなったで、泡くって川へ飛
び込み、急いで立ち戻りましたが‥‥どうじゃ、どんな按配なのじゃ」
さも気遣わしそうに、すっかりとぼけきって聞き返せもしたのである。
「はい、今のところで判っているだけでも、もはや何人かの娘が、人間狩りにもって
ゆかれました模様なれど、いかがしましたらよろしゅうござりましょう‥‥お指図さ
えあれば、麓の方へ先回りして取り戻せる事もありますまいが」
 濡れ縁に両手をつき、畏まって指示を受ける佐平に対し、
「わらわとて柳生の女が拐され、いずこともなく連れ去られてゆくは、はらわたが煮
えくりかえる思いじゃ‥‥しかし新左衛門の殿が、事は理であれ非であるにせよ、山
の者が里人と争うと口へ入れる粟や稗も手に入らねば‥‥次にこちらが里を通り抜け
ようとする際に、しっぺい返しに殴り殺しもされる。よって何事も堪え忍ぶのが肝要。
なにしろなせる堪忍は誰でもできる。なせぬ堪忍をするが堪忍じゃ‥‥と、いつも言
うてござったは、その方も聞いておろうが」
「はあ、それは耳にたこができるほど、よう教えられておりまする。なんせ山者が里
人と争っては、柴木を売りに参じても買うてもらえませぬ‥‥我らは昔から宗旨違い
で、石を投げられても我慢せねばならぬ弱い立場の者、それをよう弁えていながら年
甲斐もなく、つい気を昂ぶらせてしまい、お恥ずかしゅうござりまする」
 一礼して、とぼとぼと立ち去りかけたが、はっと思い出したように足を止め、
「若の嫁ごになられる若葉様のお姿が見えませぬ‥‥ご存じござりませなんだか」
振り返って尋ねてきた。志津は内心ぎくりとさせられたものの、
「わたしも見えぬで気にしていたところじゃが、あの姫なら身軽、よも捕えられなど
すまい」と慰めるように言った。


諌め合い

 新介を吉岡道場へ預け、柳生へは新左衛門だけが一足先に戻ってきたが、里からの
人間狩りで柳生の女が三人も投網にかけられて拐され、しかもその中に新介の嫁女と
なるはずの若葉までも入っていると聞き、
「‥‥うむ」新左衛門は顔色を変えてしまった。
「留守中の事は、皆この身の責任‥‥若葉どのの姿がみつからなんだ時に、すぐ捜せ
ばよろしかったものを、あの身軽な娘御がまさか捕えられるなどとは夢にも思わず、
神宮寺山へでも戻っておられたものと高をくくっていたのが、今にして思えば考え違
い‥‥償いに私が京へ行き、吉岡道場の新介様に告げて参じましょうほどに」
志津もすっかり途方にくれて申し出た。
 しかし、新左衛門は、
「いかぬ‥‥今、行ったのでは新介の修行の邪魔になる‥‥それに、あの向こうみず
な気の強い伜じゃから、おそらくそれを聞けば、山に住む者とて畜生ではなく同じ人
間。なんで差別されて猪狩りのような人間狩りをされる事やある、と里へ押しかけて
行って乱暴を働くは目にみえたこと。そして、里の者に興福寺へでも訴えられてみい、
又しても筒井順昭が、この柳生討伐に押し寄せてくるは目にみえたこと」
と首をふってから、泣きじゃくる志津に、
「そもじの優しい心根はよう判るが、せっかく建て直したばかりの、この館をまたぞ
ろ筒井の兵に焼かれてみい。我らはそのうちには白いものも舞ってこようというのに、
穴蔵住いで、地べたに筵を敷いて暮さにゃならん。捕えられて行った若葉は不愍(ふ
びん)じゃが、ここは何事も堪えて、忍びがたきを堪えねばなるまいて‥‥災難じゃ
と思うて諦めるしかなかろう、泣くな、泣きやるでない」
肩を抱えるようにして諌め言い聞かせた。
 ‥‥諌めるといえば、その頃、尾張末森城で柴田権六が大きな身体を揺さぶり、従
兄の間柄ではあるが、主筋の織田四郎信行に向かって、
「まあ、なんとか思いとどまってちょうせんか」
尾張弁でしきりと翻意を求めていた。
 というのは、衆目のみるところ、十指の指すところ、尾張の跡目はこの四郎信行と
決まっていたものを、先代織田信秀が時疫(はやりやまい)にみまわれ、一晩苦しが
ったきりで、あっさりとなんの遺言も残さず死んでしまったところ、
「‥‥間違いなく跡取りは三郎信長に致すとの、亡き信秀殿との約定ゆえ、我が娘の
奇蝶を嫁にやったのである。それを今になって次の四郎信行を、重臣どもが立てたい
からと申しおったとて、うちの娘を三郎から取り戻し四郎へ縁づけるわけにもゆくま
い」
と美濃の斎藤道三から通達がきた。そして、うかうかしていては己が娘の奇蝶が冷飯
喰いの嫁になってしまうと憐れんだのか、那古屋城曲輪内の美濃御殿へ、安藤伊賀守
の率いる美濃衆の選り抜き二千の精鋭を送り込んで駐留させた。
 もとより小さな御殿の中にそれだけ多くの人数が入れるわけはないから、那古屋城
ごと占領の格好となり、城代林佐渡守、美作守兄弟は、
「むちゃくちゃではないか」と言いながらも城を追い出され、末森城へ転がり込んで
きた。
 そこで林兄弟とともに、四郎信行の外祖父にあたる土田久安が種々策を練って、奇
蝶諸共、三郎信長をも美濃へ放逐してしまおうと企てている頃。
 斎藤道三の方は銭を叺に入れて尾張へ持ち込むと、これを各所へ惜し気もなく大盤
振舞いでばらまき、尾張と美濃の境目の木曽川べりに三千からの兵を、いつ何時でも
侵入できるように陣張りさせてしまっていた。
 銭を撒かれて懐柔された上に、圧倒的な武力で包囲されてしまっては、尾張の重臣
達も皆どうしようもなく、
「三郎信長様をこそお跡目に」と衆議一致してしまい、林兄弟も、安藤伊賀守に迎え
られ、また那古屋城へ戻ってきたが、まるで美濃人に押さえられてしまっているよう
な具合で、銭は貰ったものの面白くないこと夥しい。
 そこでなんとかしようと隙をみて旗上げをした。
四郎信行の名代役には柴田権六をたて、土田久安の兵千五百と林兄弟が集めた五百の
兵で、信長の台所領となっている篠木村の米倉を襲撃したのであるが、「うつけ」と
か「たわけ殿」とよばれているので舐め切っていた信長が、意外にも思いもよらぬ戦
上手で、林佐渡守の弟の林美作が信長に突きふせられて首を取られ、柴田権六もせっ
かく名代役で大鎧をきて出かけたのに、さんざんに矢を射かけられ、命からがら逃げ
戻ってきた。
 よって、せっかくの挙兵を惨敗に終わってしまい、無念の歯がみをしていると、こ
の弘治二年(1556)の四月。
 美濃国主斎藤道三入道が、その子の斎藤義竜のために、長良川畔で骨肉合い食む決
戦をして、首を取られたと伝わってきた。もとより娘婿の事ゆえ、その戦いに間に合
うように、信長の兵を率いて道三側へ応援には言ったが、「間に合わなんだ」と戻っ
てきた。
 しかし供して行った兵達の話によると、合戦の当日、ちゃんと夜明けにはついてい
て、戦う気があるんら充分に間に合っていたのにもかかわらず、
「様子をみてから」「勝機をつかんでから」
と、はやる兵を押さえて信長は、川原の州の中の葭草の茂みに身を匿したままで、つ
いに打って出ず、あたら機会を逸してしまい、そのうち道三入道がとうとう討たれて
しまったと伝わってくると、
「我らも巻き添えになっては剣呑である。早々に立ち去るべきじゃろ」
 すぐさま軍を返し、急ぎ引き上げてきたのだと、頗る人気を落としてしまい、敵が
来い来いといっても出て行けなんだからと、「こんこん馬」の渾名さえつけられた。
 もとより信長は考えた上で、
(信行の反乱も一応くいとめはしたが、もしこの長柄川で道三に助勢し兵力を損じた
ら、今度は自分が戻ってから信行に首を取られる番だろう)と用心し、一兵も損じな
いようにと大事をとって、引き揚げてきたのだろう。
 しかし、四郎信行にしてみれば、
「これまで後楯だった美濃の斎藤道三入道が、もはやこの世の者でなくなった今は、
攻めても美濃から救援は来なかろうから、人気をすっかり失った信長を討ってしまう
に絶好の機会ではあるまいか」
と思い込む結果になったものであろう。
 そこで、
「‥‥大男総身に知恵が回りかねというが、うぬのようなみかけだおしの弱虫に、わ
しの名代をさせて逃げてこられたが、前回の失敗のもと。今度は名代など立てんと、
このわしが自分で乾坤一擲の大博奕をうってみせたるわっ」
すっかり張り切ってしまい、いくら柴田権六が、
「一度旗上げしやったのに、負けさっせたんだで‥‥もう、やらしたらいかんわね。
男は諦めが肝心じゃがね」と諌めても、
「何をか言う。男というは一度や二度のしくじりではへこたれぬものぞ」
と、てんで話の歯車が合わない。あべこべに四郎信行から生母の土田御前に告げ口さ
れ、その御前から姉である権六の生母へまで文句がいった。
 おかげで権六は、
「われら土田一門が尾張を押さえられようといった開運の時に、なんたる弱音をはく
のか‥‥それほどまでに従弟筋にあたる四郎信行を守り、奉公するのが厭なものなら、
那古屋の美濃御殿へなど、行ってしまえ」とばかり叱りつけられた。
「そんなひどい‥‥」
 権六は相手が産みの母親なので少しは自分の気持ちも察してくれと、ぐっと恨めし
そうに睨み返したところ、
「なんじゃえ、その眼は‥‥」
あべこべに気の強い母をよけいに怒らせてしまい、
「さっさと信長のところへでも行って、この土田党は信行様を擁立して、またも旗上
げするところじゃぞと告げてこい‥‥あの、こんこん馬の信長め、そう言われたから
とて、よもや打って出てくる気遣いはあるまい‥‥が、そない言うてでも行けば、そ
の方を向こうで飼ってくれるじゃろ」
まるで突き放すような言い方をされてしまった。