1143 秘聞 柳生石舟斎  6

柴田権六

(そうか、あない伜よりも若い女ごを後添えのごとく、可愛がっていなさるゆえ、そ
れで新介様を呼び戻すのにあまり乗り気ではござらっしゃらぬのか)
 若葉はせっかく気負いこんで紅葉館へ相談に行ったものの、新左衛門のよそよそし
いそぶりにはがっかりして、今度はうなだれながら、表門から送り出されてきた。
「おや‥‥」
郎党頭の佐平が姿を見ると傍へ寄ってきて、
「‥‥何かご用でお出でなされましたのか」
と尋ねてきたが、若葉は首を振って、
「大杉へよじ登りたくなり、梢まで登ったら蔓綱がまるめて掛けてあったで、ち鉤を
こちらの物見櫓に投げつけ滑り降りてきたら、柳生のお父様に、若い娘がはしたなや
と叱られましたのじゃ」
さり気なくその場を装って逃げ出した。
 しかし、丹生の山へ駆け戻ってくると、口惜しくて涙が溢れ出てきた。
柳生へ行って、よき知恵を借り、新介を呼び戻すのに力を貸してもらおうと、張り切
って飛び込んだのが、新左の居間の前へうっかり降りてしまったばかりに、当て外れ
の始末となったからである。
 いまさら正覚坊に話を打ち明ける気にもなれず、ままよとばかり若葉は、
「かくなる上は、この身が一人で末森とやらへ行き、新介様にお目もじして来よう」
と、一人で決心をつけてしまった。もちろん父に打ち明ければ、
(丹生神宮寺の娘ともあろうものが‥‥そない一人で旅立ちなど)と叱りつけてくる
だろうことは目にみえていたからが、若葉としては、どうしようもない押さえがたい
想いだった。
 さて、若葉が思い切って末森へと旅立った頃、尾張では厄介な事が持ち上がってい
た。
 土田御前の生んだ四郎信行が尾張の跡目になるものと決めてしまい、御前の父の土
田久安やその一族が早々と喜んでいたのも束の間の事で、そのうち、捕われた筈の織
田信秀が虎鬚をぴんぴんさせて戻ってくるや、それまで平手の庄へ放られっぱなしで、
信秀にもかまいつけてもらえなかった吉法師が、那古屋城へ引きとられ、三郎信長と
して元服するという椿事が起きていた。
「せっかく四郎様がお跡目と思ったに、こりゃ、とんでもない事になってしもうた」
大男の権六が、げっそりした頬をこけさせて浮かぬ顔をした。
 四郎信行の生母が権六の母の妹なので、四郎さえ尾張の跡目となれば、繋がる縁で
権六もやがて立身しようと親達の期待していたのに、ふいになりそうで、それでくさ
っているらしかった。
 そのせいか、いくら新介が手をとって教えても、刀術の方はさっぱり上達しなくて、
「おりゃ生まれつき無器用だで、あかんのじゃ」
と当人は諦めてしまっている有様。これでは教えるほうもせいがなくなってしまい、
「すっかり長居をしてしもうたが、ぼつぼつぼ無礼をつかまつろうか」
と、柳生へは帰りたくなかったが、末森城はひとまず出る事にした。
 すると権六が気遣うように、
「どうも美濃合戦の結果、信長様の許へ斎藤道三の一の姫の奇蝶様が嫁にござって、
美濃よりの御前様ゆえ美濃御前とか、略して濃御前様と言われとるが‥‥寄らば大樹
の蔭とかいうで、那古屋城の美濃御殿の方へ行かっせたらどうかね」と言ってくれた。
 戦の時には、四郎信行の名代として、末森勢を率いて勇ましい男だが、城へ戻って
くると、口やかましい母親に、しょっちゅうがみがみ言われ通しで、大きな身体を小
さく縮めているが、権六はいたって気の良い男である。
 しかし新介もその好意はありがたかったが、
「噂によれば信長様というは、きかん気の持て余し者だというのはよいが‥‥うつけ
のど阿呆殿だという評判ではないか‥‥そないお方に刀術を教えても、だっちゃかん
だろ」
 自分も知らぬ間に覚えてしまった尾張弁で、全然駄目だろうといった意味の事を言
った。それに、
「うん、わしも平手の庄の頃は存じよらんし、元服されて信長様となられてからも、
こちらは四郎信行さま従兄という間柄ゆえ、お目もじはしとらんで‥‥さっぱり本当
の事はわからんが、斎藤道三ほどの男が見込んで娘婿にされたのじゃ。まさか、それ
ほどのうつけ殿とは思えんが‥‥」
権六はしきりに庇うような口をきいたが、新介は首をふり、
「わしとて大和の在所へ帰れば、柳生の庄の跡目の身分。よし噂にせよ、とろい殿様
へ奉公する気などないわえ」
と、草鞋を履き末森から宮の方角へと志したが、途中で気が変わり、
「那古屋城の外曲輪へ贅をこらして建てた美濃御殿というは柱に朱を塗り、金銀の箔
を貼りつけた豪壮なものだそうだが、尾張から立ち去る前に一見の値打ちはありそう
だな」
 どうせどこへ行くというあてもない旅の気安さに、今の川名山あたりから城の方へ
向かって行くと、かつて今川氏豊がこの尾張へ来ていた頃に築かせた時、「柳の御所」
と呼ばせていただけあって、道の両側にびっしりと、柳の並木が城門に向かって並ん
でいた。
 ちょうど時候が五月なので、柳の枝はこれまでの古葉の下へ青葉をつけ、それが深
緑とに色が二段にくっきり分かれているから、まるでどの柳の樹も袴でもつけたよう
に清々しい。
 そこで新介が、つい見惚れてしまい、
「柳というても、こうなると、なまじ花の咲く樹よりもあでやかなものじゃ」
 手を出して新芽が色づき始めたばかりの青い葉末を引っ張り歩いていると、身内に
さっと何かの気配を感じた。
 思わず後へ跳び下がったところ、まるで霧のような細長い線が、彎曲して地面へ跳
ね落ちてきた。
 青葉ごしの陽にきらめき、銀色にきれいにみえるが、言わずとしれた体内からの雫
の迸(ほとばし)り。
「尾篭なり‥‥」
 あまりの無礼さに若い新介は烈火のごとく立腹し、腰の一刀を抜きざま地面を蹴っ
て、柳の樹の幹を駆け上がるようにして下枝に手をかけると、
「おうっ」とその上の枝を斬って落した。
だから、その勢いに恐れをなしたのか、
「ま、待ってちょう、待ったれ」
樹の上に潜んでいたらしい影が動き、きんきんした声を出して呼びかけてきた。
 もうその時は地面に降り立っていた新介は、刀を鞘に納め、
「降りて来なされ‥‥さあ詫びをさっしゃれ。いくら悪戯(わるさ)とはいえ、頭上
へ放尿とは怪しからぬ所業‥‥」上を仰いで怒鳴りつけた。
「よし判った。降りてゆく。だで、樹は切ったらいかん」
と呼ばわってきて、すぐ、
飛び降りるが、柳の枝のように下から掬い斬りにしたら‥‥いかんぜえも」
用心するように声をとばしてきて、
「もそっと離れてもらわんと、おそがいで(恐ろしくて)いかんぎゃあ」
怯えたようにも上から訴えてきた。
 そこで新介が苦笑し、
「人の頭の上からししを引っかけようとした癖に、自分の事となると心配するのじゃ
な‥‥これでよいか」
いわれるままに大きく二、三歩後ずさりした。
 すると柳の樹上の影は、下へ飛び降りるかわりに、いつの間に手繰り寄せていたの
か、次の樹の枝を引っ張っていて、身軽に跳び移ると、つぎの樹へも難なく渡り、追
いかけられぬ距離を見計らって、地面へぱっと飛び降りるなり、
「ここまでおいで、お寺の甘茶みな進上」
尻を叩いて、こま鼠のように逃げ出した。
新介もそれには呆気にとられて、
「身軽な奴めが‥‥」と舌打ちし見送っていたが、癪にさわるから、
「おのれっ」
思い直したように、たんぽぽの白い綿のとんでいる道をその後から追いかけた。


尾張の暴れん坊

「許さん‥‥」ようやくの事で追いついた新介は、襟筋をつかんで、
「ふとい悪たれじゃ。親はどこじゃ‥‥連れて行ってその面前で仕置きしてくれる」
と耳許へがなりたてると、
「それはいかん、許せ‥‥せっかく逃げてきた所へ連れ戻すのは堪忍じゃ」いやいや
をするように肩をふって言った。
「なんじゃ、家出してくたのか」と聞き返すと、
「家出じゃないわえ、城出じゃ」と言う。
 新介は変に思って、
「城とは何処じゃ‥‥」尋ねてみると、
「あの城しか、このあたりにはなかろうが」
襟首を掴まれたまま、相手は那古屋城を指さした。
 そこで、まさかとは思ったが、
「お城の衆なのか」改めて確かめると、
「うん」うなずいてから急に威張りだし、
「おらあを苛めたらあかすか‥‥うちのとっさまは豪いさまだでよお」と言い出した。
「‥‥うん、豪いといっても、この破れ布子では、まさか足軽大将の小伜でもあるま
い」
掴んでいた襟首をはなしてやると、
「ふん足軽大将か‥‥そんなのは豪うはないわえ」
肩をそびやかして言い返してきた。
「では武者大将か」と聞けば更に首を振って、
「林もあるでよお‥‥」などと言う。
「城代林佐渡守のご子息とな‥‥そんな馬鹿な」
新介があきれて首を振ったところ、相手はさも不服そうに、
「林ずれは豪うない、家来じゃ」と言ってのけた。そこで新介も煙にまかれたように、
「では‥‥」と言葉を重ねかけたとき、柳並木の向こうから慌ただしい足音が地面を
伝わってきた。
 すると慌てて、
「隠れなあかん」道端に積み上げてある枯れ枝の山の蔭へ、新介も引っ張りこまれた。
 やがて近づいてきた足音は、
「若っ、若殿様はいてか‥‥」
「美濃御前の衆に見つかると、我らもお咎めを受けまする。早うに戻ってござっしゃ
れ」
と、しきりに呼んでいる。
 新介も柳生におれば、若っと呼ばれているので、初めは自分の事かとどきりとした
が、
(はて‥‥)と横につくなっている相手を見直し、呼びかう番衆の足音が遠ざかるの
を待って、
「お手前様は、信長様か」ときいてみた。
すると枯枝をおでこにくっつけたまま、口のところへ指をあて、
「しいっ」と制し、今度は枯枝の山から一歩ずつ後退りして田圃の方へ降りると、
「走れっ」と命令するように叫ぶなり、畦道を一目散に、裏手の百姓家まで駆け続け
た。
 そして一軒の百姓家の台所口へとびこむなり、
「喰わせたれ」と大声を張り上げた。
すると百姓家の老婆も馴れたもので、
「また逃げてこりゃあたか‥‥腹減らしてはいかんわねぇ」と、囲炉裏端の土鍋から、
栃の実雑炊を剥げ茶碗にもってきて、
「冷めとるで、えごうて、うもないが‥‥」
と言いつつ、荒塩をひとつまみ上へ乗せて、信長の手に渡した。
新介も同じと思ったか、ついでにもう一椀盛って、
「余り物じゃでごつごつしとるが、食べていかんしょ」と差し出してくれた。
 が、箸をとると、栃の実は固く粟粒はごつごつしていて、とても咽喉へ通る代物で
はなかった。だから手にしたものの持て余していると、
「もってえねえで食したる」
 信長が横合いから奪うようにして取り上げ、せかせかうまそうに食してしまうと、
やっと人心地がついたように、
「美濃御殿では八木(よね)とよぶ糊のような白飯を喰わせるんじゃ‥‥おりゃ平手
でこうして栃粥ばかり食しとったで、ぬるぬるした飯は咽喉にくっついてよう喰えん
のじゃ」
 言いわけするように呟き、箸をおいた。そして、新介へとも老婆へともつかず、
「池田のおばばという女めらが行儀じゃ、作法じゃと、うるそうていかんし‥‥美濃
御殿のもんは寄ってたかって。おりゃ一人にああせいこうせいと指図ばかり、辛気く
そうていかんわ」
げっぷと溜め息を一緒についてみせた。
 すると百姓家の老婆は側へ寄ってきて、
「わしゃ、みゃあに[前に]平手の庄におったでよ、おめえさまのお袋さまがのうな
ってから、あすこの嫁さまが、そりゃむごう扱っとりゃあすと、郎党衆のおかかから
聞いとるで、そんで言うんじゃねけどよ、みゃあには居候みたいに苛められとったの
が、今度はお城の若様だでよお、ちいとぐらいの事は辛抱せないかんでよ」
 まるで孫でもあやすように説教した。すると信長は、
「そう言やあすけどよお、前は表をほっつき歩いて柿でもなんでもよう喰えたに、今
は外へよう出してもらえんであかすか」
と唇を尖らせて抗議をした。そして、
「見てちょうよ‥‥外へ出たらあすと思ったら厩へ入って、こうしたぼろ布子を見つ
けて着替えて出てこんと、門のところで掴まってまうがね」両袖を案山子みたいに引
っ張って訴えた。
「いかすか‥‥おみゃあさまは那古屋の城におらっせるが、ありていは美濃御殿の人
質のようなもんだろまいか‥‥それが勝手に外へ出歩かしては事だがね。またいりゃ
あたら奢(よ)んだるで、今日はもう帰りゃせなあかすか」
 ずっと以前からの顔馴染らしく、老婆は皺くちゃな顔を押しつけんばかりに、歯の
もげた口をもごもごさせて意見した。
「うん帰るぎゃあ‥‥だけんどよお、なかなか外へ出て来られんで、ちいと遊んでか
らでも、ええだろまいが‥‥」
 尾張の跡目織田三郎信長と、むさい百姓婆の妙な取り合わせだが、よほど、肉親に
縁が薄いのか、さながら己れの祖母のような甘え方をしている。だから脇で箸を持っ
て見ていた新介も哀れを催してきて、
「この若殿はうつけじゃの阿呆じゃの、えらい評判が立ちおりまするが、こうして側
で眺めている分には、そうでもありませぬがのう」
老婆の耳へ口をつけんばかりにして囁きかけると、
「そのこと、そのこと‥‥前は大洲(須)万松寺に五百石の寺領とやらをつけて、そ
この住持にと吉法師の名を貰わしゃったときだったかのう‥‥強欲な平手の大殿さま
が、執事に一族の者を送り込んでその五百石を丸取りしようと、どたわけじゃ阿呆じ
ゃと言いふらしなされ‥‥今は今で、那古屋城代の林佐渡守さまご兄弟がよう‥‥美
濃衆に曲輪内に頑張られるのが厭わしさに、またしても信長さまはうつけじゃ、とろ
じゃと、めいめい勝手な事を言っとられますだ、なあ、そうだろまいか」
 当人の信長へ老婆は相槌を求めた。
すると信長は面倒臭そうに、
「ええではないか‥‥おらあ昔から言われとるで、うつけでも阿呆でも、ちいともか
まいよらん‥‥なあ、美濃衆も、たわけにつける薬はないと言いよるで、ちょうどえ
えがね」
ひとり力んですましかえっている。そのうちに燻っていた囲炉裏の枯枝がようやく燃
えだし、湯が湧いたらしく、
「まあ白湯でものみゃあせ」と、栃粥の椀についでくれたのを、
「これはかたじけない」と新介が受け取り唇を濡らしつつ、
「さて信長様ともあられる尾張のお跡目様が、最前は手前の頭上へなんであないな真
似をなされかけました」尋ねてみたところ、
「うん、ありゃ肝ためしじゃ。城の方は林が家来、美濃御殿におるは濃御前の家来ど
も‥‥この信長の家来は一人もおらんで、そんで間に合うやつをとあそこで網をはっ
ていたんじゃえ。うぬは刀使いが巧いで気に入った‥‥どうじゃわしの家来になれ」
と答えた。


若き日の信長

 縁は異なものというが、頭へ小便をひっかけられかけたのが因縁で、一人の家来も
ないと泣きつかれ、
「それでは誰ぞ見つかりますまで」といった約束で、柳生新介は織田三郎信長に仕え
る事になった。
 だが、柴田権六が言ったような、寄らば大樹の蔭の志しで、信長が行く末この尾張
の跡目となった暁には立身させてもらおう、出世しようといった野心を抱いたためで
はない。
 柳の樹から樹へ野猿のように跳び移る様子を目のあたりにしているので、
(このお方は天性の運動神経のよき働きを、備えていなさるで、ぶきっちょな権六ず
れとは違い、仕込めばものになられるであろう)
という愉しみ、期待をもったからこそ使える気にもなったのである。
 なのに美濃御殿へ入ってみると、信長が悲鳴を上げて逃げ出してきたも道理。見て
いるだけでも大変な日課である。
 西国者で若い頃には御所勤めしていた事もあるという、京白粉を壁みたいに塗りた
くった池田のおばば(養徳院)が、
「お勉学でござりまするぞ」と信長の手をとって字を書かせたり、本も読ませる。
 平手にいた頃は何もかまいつけられず、蜻蛉を追っかけたり柿の実を叩いたりして
野人のごとく育ったのだから、何も知っているわけがない。
 だから読み違えたり、つかえて読めなくなると、傍らで相伴するように着飾って座
っている濃御前や、そのお付の侍女どもがくっくと笑う。
 そこで信長は、ますますあがってしまい、間違えなくともすむような個所までとち
ってしまう事になる。すると池田のおばばまでが女の意地悪さを丸出しにして、
「ほんに、おたわけ殿にござりまするな」などと、さも美濃衆の歓心をかうように、
信長には酷(ひど)くあたる。
 だから、濡れ縁に畏まっている信長唯一の家来である柳生新介は、弱い者苛めにか
っかとして握り拳をかため、池田のおばばの厚壁のような白塗りを、ばりばり爪で剥
がしてやりたくもなるが、それでも、
(古渡のお城へ行かしゃって、池田のおばばさまは、大殿信秀様の枕の塵も払ってい
なさるげな)といった噂を耳にしているから、そこのところは堪えているが、昼まで
の読み方や習字が終わると、午後は那古屋城代の林佐渡守の弟の美作守がやって来て、
「孫子」というわけのわからぬ漢語の本の講義をする。戦についての勉強らしいが、
明国の事をこちらで習っても仕方がなかろうに、
「‥‥ここは前にもお教えいたしたところ‥‥敵を知り己れを知るが戦いに勝つの途。
もうよい加減に覚えなされませ。餓鬼の戦ごっこと本物とは違いまするでのう」
厭味をさんざん言ってのけ、それを毎日繰り返しては、
「信長様‥‥こないな事がなかなか覚えられんのは、お前様がうつけの証拠‥‥前に
末森城の土田久安様に頼まれ、四郎信行様へ進学に伺ったが、あちらさまはお手前様
より年下なのに、一度ですぐお覚えになられましたぞ‥‥同じお種とは申せ、畠の如
何でこうも出来が違いまするものか」
きんかん頭を振って、信長の亡き生母の悪口まで言い始める。
 そして、それがひとわたりすむと、美濃からきている女どもが稽古役になって、
「お座り、お立ち、次は色代(あいさつ)の仕方」
頭の下げ方など、どうでもよいようなものを、眼八分とか腰を上げるななど、これを
口やかましく暗くなるまで続けられる。
 これではとても、「今から刀術の稽古をしましょうぞ」とは、新介も言いかねてし
まい、つい、
「‥‥なんで、こないな益体(やくたい)な目にあわれますのやら」しみじみ同情し
てしまう。
 当の信長も憮然たる面持ちで、
「信秀の大殿は、親子じゃというても手許で育ったわけでないわしを、心の底では嫌
うておられる。そんで、表むきは稽古じゃ身だしなみじゃと言わしゃってるが、その
実は、皆が苛めるのを知っていながら、わざと知らぬ素振りをしてなさるらしいんじ
ゃ」
などとうがった口のききかたをした。新介も初めのうちこそ、それに、
「まさか、父子の仲でそない冷たい事はござりますまい」と打ち消しにかかったが、
馴れてみると、どうもその気味があった。
 池田のおばばは信長に辛くあたることで、美濃衆の女たちから布地を貰ったり、四
郎の母の土田御前や五郎の母の山口御前とも仲良くしていたし、林美作守は、那古屋
城内へ美濃御殿を作られてしまった腹立たしさを、信長苛めによって溜飲を下げてい
るらしかった。
 また美濃の女たちは、信長をなぶりものにすることによって、戦勝国の人間の喜び
を満喫しあっているように、新介には見受けられたからである。
 だから短気な新介は見るに見かねて、
「のう信長殿っ、こんな辛気臭い目にあっておられますぐらいなら、いっそ、手前と
一緒に旅へ出られませぬか。尾張ばかりに陽が照るわけでもなし、何処へ行っても栃
粥ならば食せまする」
と城を出てしまえとつついた。
 すると信長は無邪気に喜んでしまい、夜中に新介の小屋へ潜り込んでくると、
「俺がように、ごつごつした藤蔓織りを着て育った者に、べたべたした絹などは真っ
平御免。身体中が虱にくわれているようで、こそぐったいが今の暮らし‥‥」
 着せられている白練りの寝衣を、その場へまるめて脱ぎ捨てると、おちんちんをま
るだしにして、
「裸一つで出直すとするか」と言い出した。
 しかし城を出るとなると、まさか裸のままで連れ出すというわけにもいかない。そ
こで、
「両三日お待ちなされましょう。その間に旅立ちの仕度など、この柳生新介が一切こ
しらえ、かの百姓家の老婆の許へ預けておきまするで」ということになった。
 次の日から、新介は自分用と偽って古着などを求め、編み笠や刀の類とともに、こ
れを例の百姓家へもって行くなど忙しくしていると、三日めの朝。
「柳生新介殿、おかたさまのお召しじゃ。裏のお庭先へ来ませえ」
頬骨の張った大柄な美濃女の侍女が、けんけんした声で呼びに来た。
 そこで新介は、しまった、さては信長の殿を連れ出さんとする企みが露見したかと、
さすがに青ざめた。しかし逃げようにも自分だけでは気が引けるからして、
(話してみて、旅立ちの仕度をしたといっても、みな自分のものだと言い張ってしま
えば、それで済まされよう)と覚悟をつけ、
「では、ご案内下され」と、美濃御殿の裏手になっている赤いつつじの花盛りの庭先
へ通ると、濃御前すなわち奇蝶姫が待ちかねたように、忍ぶ草をはわせた風鈴の下の
縁先に出ていて、
「早う来や‥‥」せっかちな声をかけてきた。
 そこで新介は、
(さては信長様が美濃衆に折檻されて、もう洗いざらい何事もしゃべってしまわれ、
それで御前様が立腹し、ああして待ち構えていなされるのか)と、内心どきりとした
が、
「はあ、只今、おん前に----」
もう、どうともなれと、ふてくされた心境で側へ寄って行ったところ、
「‥‥そもじに逢わせたい、見せたいものがあるぞ」と背後の油桐塗りの明かり障子
を指差し、黄色い声を張り上げた。
(哀れ信長様が懲らしめのため素っ裸にむかれ、高手小手に逃げられぬよう縛られ転
がされていなさるのか。とんだ事になってしもうた‥‥)
 新介は自分が言い出したのが事の始まりゆえ、眼を覆いたくなるような心地で、ぐ
っと生唾を飲みこんだ。
が、明かり障子がすうっと開くと、
「‥‥お懐かしや新介様」神宮寺の若葉が転がるように身体を乗り出してきて、
「逢いとうござりました」と新介の傍らに泣き伏した。


初夜見学

「そもじたちは親どうしが認めた許嫁との由。昨夜遅う道に迷うているのを見つけ、
ここへ泊めておいたは余の儀ではない。盃事をすぐさま上げさせようためじゃ」
 なにしろ美濃一国の太守斎藤山城守道三入道の一人娘だけに、こうと決めたからに
は、なんでもやり通す奇蝶のこと、すぐさま新介は仕立て下ろしに着替えさせられて
しまった。こう仕事が早くては、
(実は信長様と二人で、男どうして駆け落ちする段取りになっていますゆえ、今は婚
礼をあげている暇はあるませぬ)と言いかね、また口にする機会もなかった。
 それに、いくら目配せしたり、こちらが困っているのを知らせようとしてみせても、
若葉の方は美濃女たちに着付けをしてもらい、この暑いのに綿帽子まで頭へのせて、
「お情け深い奥方様のお心尽くしで、思いもよらぬこの晴姿。こない嬉しい事はあり
ませぬ」
 手放しで喜んでいるのだから、全然、男の新介とは意志が通じ合わない。
 それに丹生の神宮寺にいた頃は、姫といわれていた身でも、美濃五十万石斎藤道三
の娘の前へ出ては、まるっきり貫禄負けしてしまうのか、
「まあ、この私めは、婚礼の引き出物に、これなる小袖を賜りまするのか‥‥私めは
かねてより女と生れたからには、一度でよいから薩摩小袖に手を通してみたいが念願
でありましたところ‥‥こない果報がまたとありましょうや」
 奇蝶が嫁に持ってきた衣装の中から、一枚選んでもらって嬉し泣きしている有様。
だから新介は呆れるやら落胆するやらで、
(男と女は、女夫となれば一心同体のごとくなると聞いとったが、どうも話と現実と
は違うようだ‥‥てんで以心伝心になっとらんではないか)と、もう早いとこ絶望し
きった。
 信長も例によって林美作守のきんかん頭からガミガミやれらながら、それでもやは
り気になるとみえて、文机に向かいながら、
(城から逃げ出すのはいかがなったか?)
 しきりに眼顔で聞いてくるのだが、新介としては若葉がてんで協力しないものだか
ら、それに返事の返しようもない。
 ところが、そうとは知らぬ美作守は、
「今宵の婚礼はお手前様ではなく、ご家来の柳生新介でござろう。なのに、そわそわ
して、それで孫子の兵法が覚えられまするのか」またじわじわと意地悪く、うつけ呼
ばわりを繰り返している。
 さて、美作が帰ると、今宵は婚礼で侍女どもが何かと忙しいからと、信長の礼儀作
法の稽古は休みとなった。そこで、
「今じゃ。このごたごたに紛れて抜け出よう。早うせなあかんぎゃ」
尾張弁でせっつき、信長は新介の袖をしきりに引っ張るのだが、新郎姿のままでは人
目について、とても逃げ出せるものではない。
 そうこうするうちに盃事の仕度が整えられて、
「では両名の者‥‥」という事になってしまった。そこで冷や汗を流しつ、仕方なく
盃事をかわした新介は、
「それでは、お開きとなす」の言葉にほっとして、先に若葉が送りこまれている部屋
へ、あたふた逃げるように駆け込んでゆくと、
「これさ、頼みがある」
 新しい寝茣蓙の横に恥ずかしそうに座っている若葉に声をかけ、
「新しく今言っている暇はないが、俺は信長様を連れてここを逃げ出さねばならぬ。
宮の渡しの源太夫祠のところで待っているゆえ、そもじも後からここを抜けてくるが
よい」と言いつけた。
 すると若葉はきょとんとした顔で、
「そない夜逃げなどするのでは、おかた様より拝領の薩摩小袖も持ってゆけず、置い
てゆかねばなりませぬ‥‥」それに首をふった。
「何を言っとる。小袖など又いつでも求めてつかわす。そんなものは放っておいて、
夜中にそっと抜け出て来たらよいのじゃ」
と諭したが、若葉はただもう悲しげに、
「あの朱赤に黒筋の入った柄は好ましい品。小袖というても柄がようのうてはいけま
せぬで」
どうしても貰った薩摩小袖に未練があるらしく、なかなか素直にうんと言わない。
 そこで新介も、むしゃくしゃして、
「ええい、山の娘が里へ出てきおって、小袖に性根を奪われたとは、なんたる情けな
さ」
口で言っても聞き分けがないので、力任せい頬桁(ほおげた)を一つ張りとばすと、
これまで丹生の山中でわがまま一杯に育てられてきた若葉は、
「親にも叩かれたこともないこの身を、よくもお打ちなされましたな」
と武者ぶりついてきた。そこで新介は、
「ええうろたえるな。婚礼の晩に取っ組み合いの喧嘩でもあるまい」
寝茣蓙の上へ押さえつけ馬乗りになって、ばたばた暴れる手足を静かにさせようとし
ていると、
「‥‥まだ間に合いまするかえ」との隣室からの声。これには二人ともはっと面食ら
って振り返ったところ、板戸が静かに開き、奇蝶御前が、
「さあ、こうお出でなされませ」と信長の肩を押すようにして居間の中へ入ってきた。
 だから新介は周章狼狽してしまい、寝茣蓙の上から跳ね起きざま若葉に向かい、
「‥‥その方が言うことを聞かずもたついておるゆえ、かくは信長様にご迷惑をかけ
る次第になったではないか」と叱りつけた。
 そこで若葉も泡をくい、大の字になって仰向けに踏ん張っていた身体を縮め、急い
で起き上がろうとしたところ、
「よい、よい、そのままでよいのじゃえ」
と奇蝶御前は袖をあげて制止し、新介にむかって口早に、
「我らが姿を見せたからとて、途中で止める事はない。今のままで続けてみせや」と
命じた。
 しかし、いくらなんでも、
(信長様を連れて今夜逃げるから、そもじは言うとおりにせい)と、奇蝶御前の前で
最前の喧嘩のやり返しをするわけにもいかない。そこで新介は、信長の方を仰ぎ見て、
(そうしましたらよろしいやら)と眼顔できいたところ、信長にしても逃げる話をば
らされては困るというのであろう、しきりに片目をつむって顔をしかめた。
 ところが、奇蝶御前の方は、それにお構いなく、横たわっている若葉の方へ向かい、
「昨夜もそもじに打ち明けた通り、この信長の殿はまだお齢の若すぎるせいもあろう
が、わらわが嫁入りしてきた晩もその後も、どうしても女夫の契りをなされぬのじゃ。
もちろん里方より持参してきしその道の絵入りの孫子の如き兵書も、お見せいたしは
するのじゃが、『男と女の豆入り、ねんねができたらどうしようぞ』などと埒もない
野卑な鄙唄(ひなうた)を口にされるだけで、なんともならず弱っていたところ‥‥
幸いその方と新介が許嫁というは天の助け‥‥ぜひとも絵空事でない実物で、女夫の
契りの仕方を信長の殿の目にかけて教えて下さりましょう」
と恥ずかしそうに語りかければ、
「はい、女夫となれば誰もがする事でおじゃりまるもの、かまいはしませぬ。よくご
検分なされてくださりませ」
 薩摩小袖を先に貰っているから、頬を上気させつつもてきぱきと勇ましく答え、
「のう新介様、殿のお為になる事をなすは臣たる者の勤め、われらの営みがお役に立
つとは何よりの身に余る面目。さあ、早うにお床つけられませえ」とうって変わって
催促した。
 これには新介も辟易してしまい、
「人様に見せられる事と見せられん事の区別が‥‥」
と手を振り拒んだところ、若葉は額に玉の汗を浮かばせつつ、
「丹生の神宮寺の教えに、人間のなす事天知る地知る人も知ると申しまする。なんで、
ひるむことがありましょうや、これさ新介殿、そうではありませぬかえ」
と、むきになって、下から取っ組んでゆきそうに新介によびかけると、それに勢いを
得た奇蝶御前も脇から、
「主命じゃ、上意じゃ、始めませ」とけしかけた。