1132 徳川家康 12

桶狭間へ

 丹下の砦が焼かれ、丸根鷲津の両砦からも火の手が昇っていると、善照寺砦の者が
馬を駆けて清洲城へ報告にきたのは、まだ真夜中だった。もちろん攻めたのが長島の
服部右京の率いる一向門徒の仏教信者とは判らず、
「今川勢来襲‥‥」使者はせきこんで訴え、そして、「夥しい雲霞(うんか)のよう
な軍勢」とつけたした。
 心配のあまり胸をいため、ずっと寝ずにいた奇蝶はその知らせを耳にすると、
「‥‥如何なされまする」
 すぐさま信長の寝所へゆき、耳にした通りを話してから板戸の外でかしこまってい
ると、
「起きる‥‥」ぽつんと返事が、はね戻ってきた。
 すこし吃り気味なあわてふためいた声だった。そこで奇蝶は、はっとして思わず、
(若い侍女でも側へ連れ込んで寝かしてござらしゃったのか)把手にかけていた指先
をはずし、自分のほうが顔を赤らめ、
「早ようなされませ」板戸越しに促した。すると軽くコンコン咳払いをしながら、
「うん」と唸るように板戸から出てきた。そして背後を覗きこもうとする奇蝶を阻む
ように、ぐっと胸をそらし素早く背へ回した手で板戸を締めてしまうなり信長は、
「如何しようぞ」あべこべに奇蝶にきいてきた。
 昨夜は夫の身を案じきっていた奇蝶も、どうも怪しやと思った途端から気変わりし
たように、
「どうも、こうもありませぬ。お手前さまが愚図愚図なさっておられるゆえ、先方さ
まが愛想もこそつかされ、とうとう難儀なことになったのでござりまする」と口をと
がらせた。
 まるで食いつきそうな剣幕で喚き散らしてしまったのに、信長も鼻白んだ顔をして
いたが、
「それは判っとる」やりこめられると、いつもの癖でキンキン響くかん高い声でいい
返してきた。
「存念おなりならば、そのようになされませ。最早や、とやかく評定している隙もあ
りますまいに」
 肚がたって、むしゃくしゃしながら、負けずにそれに口返答をした。なにしろ奇蝶
の考えでは、
(鷲津や丸根までが落されてしまったからには、このままで朝を迎えれば今川の大軍
に清洲城を囲まれ「城下の盟約」でもせねばならぬは目にみえたこと。そうなれば、
これまでの和約は一切合財が水泡に帰する)胸がはりさけそうだった。
 もちろんそうなれば、せっかく纏まりかけていたニ郡返還の話も沙汰やみになろう
し、ひとつ間違えたら、尾張領は残らず召し上げられ、自分らは放逐になるやも知れ
ぬ瀬戸際だったからである。
 そうなっては、実家の斎藤道三入道を失った今の奇蝶としては、美濃へは戻れず路
頭に迷ってしまう。母方の明智城さえ焼き払われていて、てんで行く先の心当りとて
ない始末なので泣きたい思いだった。そこでいらいらしてしまい、夫をかばうより責
める方が先になって、
「向こうが、こういう出方をすると判っていなされたなら、なんで昨夜の内にでも陣
ぶれをなさって、この奇蝶のいうように篭城の用意をしておかれませなんだ」恨めし
そうに唇をとがらせ、
「戦う戦わぬはニの次でも、こちらが陣ぶれして備えのあるところさえ見せておけば、
よも今川方とて、こちらの砦の焼討ちをかけるなど、むちゃはすますまいに‥‥」と
睨みすえると、
「愚痴はよせ。今さら仕方もあるまいが‥‥」
 信長は、また寝所の中へ戻りかけようとした。そこで、これには、びっくりしてし
まい、
「この大切なときに‥‥臍を曲げられまするな」と、袖口をひっぱって奇蝶は夫を広
座敷へつれだすと、嫉妬と思われまいと。わざと機嫌よく作り笑いをしてみせながら、
「さあ、もう観念なされ、今川義元どのの御陣へゆかしゃって、早々にご対面なされ
ませ。昔から『尾をふる犬は打てぬ』という譬もありますれば、素直に此方から詫び
てゆきさえすれば、よし今からとてまんざら付かぬ話合いでもござりますまいに」と
囁いた。
 もちろん義元の許へなどやりたくはないのだが、今となっては仕方もなかったから
である。
「うん‥‥」不承不承うなずいていたが、どう考えても、やはりこの際それしかとる
策はないと、信長も同じように諦めたらしく、生欠伸をかみしめつつ、
「‥‥湯漬けを、もて」といった。やっと腰をあげる気になってくれたと奇蝶はほっ
とした。そこで信長好みの稗実入りの黒飯を運ばせ、眠気ざましに何度も熱湯を注ぎ
直してから手渡した。
「‥‥食いすぎた。腹がもたれる」
 ひと息、ふうふういってかきこんだあと今度は箸を置くなり、いかにも大儀そうに
欠伸をした。
(もはや覚悟の程をつけられたと思うたに、まんだ信長どのは行くのを渋っておられ
なさるのか)
 気の毒になって同情はするものの、といって甘やかしてもおられぬ時ぞとばかり、
奇蝶はわあわあ大声で怒鳴りつけたい気持を押さえつけ、
「では、腹ごなしに、ひとさし舞いなされ」
 まるで子供でもあやすようにいってきかせ、違い棚の小鼓をおろすと肩にあて、
「そうそう、お手前さまの小敦盛は、昨夜拝見仕ったが、たいそうな見ものにござり
ましたなあ」また舞わせようと声をかけた。
「そうか。あれをみたいのか‥‥」考えこんでいた信長も、奇蝶にせかされると、そ
の気になったらしく、舞扇をうけとると斜めに構えて立ち上がり、
「‥‥人間わずか五十年。化転のうちに比ぶれば」と、次々にきんきんした声が、や
っと落ち着きをどうにか取り戻してきた。
 奇蝶は、この機を逸せずに信長を出してしまおうと、腹に力をいれ、廊下に控えて
いる近習に、
「‥‥馬ひけッ。殿さまのおなりぞ」と、声高に呼ばわった。そして侍女には、
「奇妙丸を着替えさせ、すぐ殿さまの鞍に乗せませえ」といいつけた。
「やはり伴ってゆくのか‥‥」篭手(こて)用の端紐をしめつつ信長は聞き咎めた。
「違約して遅参してゆくのに、人質を連れて行かずば、なんともなりますまいが‥‥」
叱りつけるような口のきき方を、気がたっている奇蝶は思わず洩らしてしまった。す
ると弾き返すみたいに、
「‥‥おのれが腹を痛めた児ならば、可愛くて手放しはできぬものだろうが‥‥石女
(うまずめ)とは、さてさて情けのこわいものよなあ」信長は顔をそむけながら吐き
出すようにいった。
(いやなことを‥‥おおせられる)奇蝶は眉を顰(しか)め、
(もし自分が産んだ児であるにせよ、この際はどうあっても連れて行かずば、せっか
く対面に参上しても無駄になるは、こりゃ判りきった事ではないか。ならば心を鬼に
し、たとえわが児にしろ出してやるは道理というもの。そこを弁えつつ‥‥むごい事
をいいなさるものよ)奇蝶は怨めしくも思いはしたが、さりとてそれは顔に出さず、
「すべて御家のため‥‥織田の家のためと我慢なされましょうぞ」
 そんな口のききかたで、夫の鎧の着つけを手伝った。そこで信長も、それにうなず
きつつ、
「どうも気が昂ぶっておりゆえ、らちもないいいがかりをつけてしもうたな」
微笑みながら、
「いくら義元めが癇癪を起しているにせよ、この信長が両手を前につき、この首を授
けようといえば、まさか幼き奇妙丸の命までは絶つまい‥‥よって、この信長が死ん
で子供だけ戻されてきたときは、そちゃ織田が家の嫁として苦しさにも堪え忍び、子
供らを成人させ、やがて亡きおやじ殿信秀さまや道三入道さまのごとき、海道一の弓
とりにせいや‥‥」低く声を落し遺言しているところへ、
「‥‥用意、仕って候」と近習の岩室長門が拳固を床について報告にきた。その後か
ら、
 長谷川橋介、佐脇藤八、加藤弥三、山口飛騨の宿直の若者たちの顔が並んでいた。
そこで奇蝶は、
「其方ら五人が、殿さまや奇妙丸殿のお伴衆か。しっかり頼みますぞえ」
といった。そして、そのまま下へ一緒に降りてゆき、馬出曲輪までついていった。
 しかし馬の口取りを入れても主従わずか十二人きりである。
(これで三万五千といわれて群がる今川勢の本陣へ詫びを入れに行くのか)
と思うと、奇蝶とてやはり憐れは身にしみた。信長が行きたがらずに駄々をこね、足
すくみをしていた気持もよく判った。そして長年連れ添った身として、
(このまま行ってしまわれたら、もう逢えんことになるかも知れん)ひしひしと胸を
しめつけられる思いがした。だが、それでも(これぞ今生の別れ)と涙ぐんできてし
まう自分を、
(女夫[めおと]の仲ゆえ、それならそのような名残りの惜しみようもあるものを、
代りに若い娘など引っ張りこむとは埒もなや)さっきの戸影に何か覗いていたような
有様だったのを想いだして、それで奇蝶は、溢れてきそうな涙をそれでふっきってし
まい、つとめて大声で、
「早よう、お立ちなされませえ」催促した。
 馬の鞍に乗せられても、まだうとうとと寝ていたらしい六歳の奇妙丸が、そのとき
馬が駆けだすと、びっくりして眼をさましたのか、火がついたように、
「キエーッ」とやにわに鞍の上で泣きだした。それゆえこれには信長も当惑してしま
い、
「よし、よし」と初めはあやしていたが、しまいにはたまりかねて、
「泣くな」「泣きやるでない」と前鞍に横抱えにしていた奇妙丸を、持て余してしま
った。ところが六歳の子供はその声にますます脅えきってしまい、叱られたと思った
のか、またワアワア泣きだした。
「えい仕方がないわい」泣きわめくのを佐脇藤八の背にくくりつけて一目散。
 白鳥神社のある熱田までの十二キロを、一息に駆けた。
 熱田の森には、上知我麻(じょうちがもう)の白旗を祀る源太夫の宮が丘の上にあ
る。
「すこし明るくなったのう」と信長は馬からおりて、
「誰ぞ登って、物見せい」といいつけた。
 小豆色に空は赤味をおびてきて、すこしずつ青さもみえ、手をのばせば指先まで見
える位の明るさになってきたからである。
「‥‥鷲津、丸根の両砦。まだ煙っており、かすかに朱色に火の手が残っております
る」
 戻ってきて報告する近習の長門を、
「しっ、声が高い」あわてて信長は叱った。というのは清洲城を出てきたときは主従
六騎と口取りだけだったが、いつの間にか、寝呆け顔の雑兵が四、五十人あまり、後
からついてきた。だから、それらの者の声には、まだ何も聞かせたくはなかったから
である。
「神宮より、炊き出しの粥にござりまする」そこへ一斗桶に入れられたのが運ばれて
きた。
「うん、みなに食させてやれ」といい残し信長は源太夫の宮の松の木の丘へ一人で登
って東をみた。
 そして蚊柱のようにまだ燻っている煙の余燼を透かし見ながら、
「こりゃ、ぐずぐずしておれぬ。早うに行かんことには間にあわぬ」と考えた。
 そこで丘をおり、馬の鞍に跨るなり、
「よいか、行くぞよ」と、ぴしりと馬の尻にひと鞭くれた。
 すぐ追いすがって馬首を並べてきた小姓の山口飛騨が、顔を斜めにむけ、
「いずれのかたへ‥‥」尋ねてくるのに、
「田楽狭間から桶狭間につづく街道筋まで‥‥急げや」信長はきんきんした声でいい
放った。


今川義元

「初めは後に付き従ってきた野次馬どもかとも思ったが‥‥いったい彼奴らはなんじ
ゃ」
 篠突く大雨に叩かれながら大浜街道の三ツ屋まできたものの、とうとう進めなくな
って横根山よりのくぬぎ林の中へ入りこんで、ひと息ついた信長は、苅谷の方から進
んできて加わっている百五十余りの一団を疑った。小姓の中でも年かさの岩室長門は、
「はい、てまえも最前より、それとなく用心をしておりましてございます」すぐさま
答えた。
「無細工なものにはござりまするが、一応は槍や太刀を持ち、手製のような胴丸もつ
けておりますからには、根っからの下人ともみえませぬ。事によりますると野盗の類
ではあるまいかと‥‥」つけたした。信長は、雨の雫を手の甲で拭いながら、
「事によらんでも、あの連中はまさしく山賊野盗であろう‥‥」いまいましげに唸っ
た。
「では追い払って参りましょうか」山口飛騨が顔をさしだして伺いをたてたが、
「こちらは主従六騎‥‥いくら野盗の類にせよ、相手は百五十の余もいるぞ」
 できぬ相談だといわんばかりに信長は首を振った。そして、
「それより雨宿りなどして、ぐずついてはおられぬわい」心せくままに、また馬の背
に跨った。
 しかし降りしきる雨の泥濘で馬の藁沓がとれかかっていたり、すでにはずれてもい
たので、横道へぬけようと思ってもそれ程には走れなかった。すると怪しげな徒歩
(かち)だちの百五十名あまりのほうが、さっさと信長の一行を追い抜いて、葛かず
らをひっぱって先に丘をのぼって行ってしまった。
「なんじゃ彼奴らは‥‥義元の本陣へでも加わろうためわれらの後をついてきたが、
此方がはかがゆかぬであいそをつかし、てんでに先に行ってしもうたわ」
 信長は苦笑していたが、現在放送用の大アンテナの立っている文京山のすそから有
松表まで出たところ、さいぜんの野盗の仲間が十人程かけ戻ってきて、
「あいや清洲の殿ッ」とよばわってきた。
「なんじゃ‥‥」信長がそれに返事をすると、赫ら顔の男が脇まで寄ってきて、
「駿府御所今川義元の本陣は、すぐ先の田楽窪。木の葉隠れにいま雨宿りを‥‥」
と告げた。
「そうか、ご苦労であった」
 時が時なので信長も、それに礼をいってやった。ところが赫ら顔の男は、そのまま
馬の轡をとらんばかりにくっついてくる。そこで何か礼でも欲しがっているのかと思
い、
「何ぞ‥‥申してみい」と、尋ねたところ、赫ら顔の男は、
「自慢の鉄砲隊はこの雨にて、火縄をすっかり濡らしてしまい、目下のところは一発
も玉は撃てぬ有様‥‥あれでは薪ざっぽを担いで参ったも同然」ひとりごとのように
いい、
「主だった武者共は手柄をあげようと、ひしめきあって朝の内から前進しております
ゆえ‥‥義元の側近におりまするのは今のところ、薪同然の役たたずの鉄砲をもった
者ばかり‥‥」
 つけたして口にしてからが、その男は馬の轡を引っぱって、ぐんぐん左手の楡の木
の茂みへ進み、
「まあ、こうござりませ」と馬が進めない雑木林へ入りこむと、
「さあ、お降り下さりませえ」自分が手をのばして信長を鞍からおろし、
「ひとつ、お目を下げて御覧じられませ」まるで手をひっぱらんばかりにして案内し
た。
 岩室長門を初め奇妙丸を背におぶったままの佐脇藤八も、薮から棒のできごとなの
で初めは泡をくったものの、肝心な信長がついてゆくからには放ってもおけず自分ら
も馬から降りてついて行った。
 すると雑木林の先は崖みたいになって、すでに信長は木の幹に手をかけ眼下を覗き
おろしているところだった。そこで山口飛騨がまっ先に駆けつけたはよいが、
「おい、みんな来てみよ」下を見降すなり泡をくって、あわてて手招きをした。
 四人も何事ならんと崖っぷちまでゆき足を滑らせぬように、てんでに樹につかまっ
て脚許を覗くと、
「ありゃあ何しとるんじゃろのう‥‥」と面喰らった。
「うん、なんせ茂った木の葉が屋根のように重なりあっていて、はっきりとは見通せ
んが‥‥ぎっしり眼下には駿河兵がつまっとるではないか」
「それがてんでに銃身を擦ったりなどして、あないに騒いでいるのはなんじゃろう。
あのあわてぶりはただ事ではないのう」
 不審がっていると、崖下まで降りていた信長がそこへ戻ってきて、まるでくいつき
そうな顔で、
「気が変った。これから突きこむ‥‥」
 口の中へ入った雨の雫を唇からはじき出しながら、きんきんした声をひびかせた。
「ええッ」これには近習五人もびっくり仰天。
「そりゃまた‥‥」愕いたように声をあげた。
 しかし信長は、ろくすっぽ説明をしようとはせず、きんきんした声をはりあげ、
「やる‥‥」とただ一言。そして長柄の槍を背中へ背負うように縛りつけ、
「行くぞ」とまた先刻の蔓草の太いのにつかまるなり、眼下の群がる敵の中へ降りて
いった。
 これには岩室長門や近習の面々も放ってはおかれず、みな争って、
「遅れてはならじ」とその後からこれに続いた。
 もちろん野次馬の者たちも、これを臨み見て、やはり手に手に持った物をふりあげ、
「それッ、なんだか判らぬが突っこめや」とばかり、みな勇んで、わっしょわっしょ
と、まるで蝗の大群のように、思い思いに組をつくっては、これまた今川の本陣へと
駆け向かっていった。

「如何なされます。さて、これから‥‥」
 鍛冶屋の平太にうたせてきた鉄面頬をかぶって、顔を他から見られぬようにしてい
る二郎三郎へ、榊原小平太がそっと声をかけた。
「なるかならぬか判らぬが、駿遠三の太守今川義元の本陣へ、われらは手引して織田
信長めを掛け合わせた‥‥これでどうなるか。さても見ものでござりまするな」
と安倍大蔵は計略が図に当ったとばかり、まだ降りやまぬ小雨を口一杯にうけるよう、
カンラカンラと豪傑笑いをした。
 しかし鉄面頬を額の上へ指でおしあげながら、二郎三郎は厳しい声音で、
「一同はなにを致しおるか‥‥」ずんぐりした身体に似合わぬ野太い声を、あたりに
響かせた。
「けしかけ噛み合わせたとはいえ、信長のほうは主従今のところは六騎、あとは野次
馬ではないか。これでは義元勢にはかなうまい。そこで今川方が信長らをかたづけて
しまえば、何にもならぬ元のもくあみ、かえってこの近在にいては吾らが危ないでは
ないか」叱るつけるような烈しさでいった。
「では、すぐさま用のない吾らは、ここを引きあげ、退散しまするか」酒井浄賢坊は
あわてた。
 しかし二郎三郎は、肩幅のひろいまるまっちい肩脇に槍をかかえこむなり、
「われらも助勢してやらずばなるまい、この場の仕儀」と、気張っていいざま、もち
の木の茂みの向こうが窪地へおりられる坂道を、もう見調べてあったのか、一同の者
に、
「雨にぬれとるで、おめっち(お前ら)足に気ぃつけて行かすか(行くが良い)」と、
駿河弁で注意を与え、百五十名一丸となると、雨にたたかれ濃緑の葉を色鮮やかにさ
せている木の茂みから、
「それッ」とばかり槍の穂先を揃え、「うおッ」とばかりに突きこんだ。
 信長の母方政秀の平手の里を焼き討ちしようと、近くの田楽窪まできたものの、思
いもかけぬ雨にふりこめられ、仕方なく重なる木の葉の茂みに入りこんでいた今川勢
は、
「やや、雨の代りに上から人間が落ちてきたぞ」とびっくり仰天していると、
「わあ、わあ」鬨の声をあげて押しよせてくる怒号が、それにつづいて聴えたから、
「これは大変じゃ」ますます驚きあわててしまい、
「如何なことになっとるのか‥‥」てんでに右往左往して、奥まった今川義元の本陣
へかけこみ、
「恐れながら謀叛にござりまする」と注進した。
「なに、何と申すか」これには駿遠三の三ヵ国の大軍を率いて出陣してきたばかりの
義元も、すっかり顔色をかえてしまい、すぐさま声を怒らせて、
「して何奴めの‥‥」聞き返した。
「はい白地に木瓜の紋所」と平伏する近習に、
「では清洲の信長めの反逆か、おのれ裏切り者めがッ」唇をかみさきそうに罵声をは
りあげた。
「なんせお味方の武者衆は先を争って前へと進み、この御本陣のお身の回りは鉄砲衆
三千で固めておりまするが‥‥なにしろあいにくの雨降り。銃床も火皿も濡れて、こ
れでは火縄のともしようとてもなく一発も撃てぬ有様‥‥」それぞれ口惜しそうに報
告するのをきくと、
「ぶそるな(ぶつぶついうな)」眼を光らせて駿河言葉でそれを叱りつけ、
「鉄砲など使えんでも、たかが腰抜けの尾張の信長づれを片づけるに手間ひまはいる
まい」
 采配をふるって励ましをいった。
 しかし、もうその頃には、やあやあと呼びかわす武者声がもう幔幕の傍まで近寄っ
ていた。

「おのれッ、何奴であるぜん(あるぞ)」
 幕の端をめくって忍び込んだ者に、背中から腰を刺された今川義元は、
「おおぼったい(うるさい)‥‥」郷の義弘のきたえし1メートルの長太刀をふりか
ぶりざま、
「下郎ッ推参」とばかり、その者の腰車を発止とばかり斬り下げたところ、
「助けとくりょ」かん高い悲鳴をはりあげた。
 すると幕の外から、あわただしく駆けこんできたのが、
「そういう声は服部村の小平太でねえか」いきなり助太刀に義元にとっくんできた。
「えい、よるなッと申すに汚らわしい」
 義元は右手にもった太刀の刃先が、小平太の腰に切りこんだままだったので、
「おのれッ」と武者草履の先で蹴り倒した。が飛びかかった毛利新助はその足先を下
からすくった。
「うむ」と一声。今川義元といえど、なんじょうもって堪るべき、ずってんどうと仰
向けに倒れた。
 さて、こうなると今川家重代の双竜の銀をうちつけた黒糸おどしの、大鎧を身にま
とっているだけに義元は、その重量がおもしになってしまい、どうしても起き上がれ
ない。
「して、やったり」と毛利新助は大身の槍の穂先を、まるでひっくりかえされた亀の
ようにもがいている相手に、思いきりぶすりっと突きたてるなり、右手の打ち刀をひ
っぱりあげてから、
「小平太‥‥大丈夫か」とすぐさま尻を横にきりこまれた呑み仲間を抱えあげたが、
なにしろ名刀でぐさりと背骨の下の尾てい骨まで斬りこまれていたから、刀をぬくと
ざあっと血飛沫。
「傷は浅い。しっかり致せ」とはいってみたが、なにしろ尻の割れ目を横断しての傷
口が、ぱっくりあいて肉がでているから、小平太は息もたえだえに、
「だめだ」と立ち上がろうともしない。なのに右肘に槍を突きたてられた今川義元の
ほうは、
「誰ぞある。早うにきませえ」とまだ元気よく、我鳴りたてている始末。そこで新助
は、
「えい、黙らんかい」仕方なくその口へ掌をもってゆくと、これに義元はがぶりとか
みついてきた。
「痛い、離してくれ」と頼んだが、新助の指二本を口中に頬ばったまま、いくら顎を
ひっぱっても開けようとしない。そこで新助が、自分の指を取り戻すため、その兜首
を叩き落して抱えあげた。
 そして左の肩に尻を切られた服部小平太を担ぐようにし、よろよろ幔幕から這いだ
してくると、
「これ、これ、それなるは敵の大将今川義元の首級ではないか」
 信長近習佐脇藤八が乱髪血まみれのまま、槍を杖にして現われたが、びっくりした
ように駆けよってくるなり手をだした。そこで驚いて、
「へえッ、これが今川義元」その首を取り落しかけたが、「痛いッ」思わず新助は悲
鳴をあげた。
「どうした、早うよこさぬか」
 藤八が兜首をもぎとろうとするから、また、「痛いッ」と叫び、新助が情けない声
で、
「この首には、おれの指がくわえこまれて入っているんじゃえ」と説明すると、
「よしっ」と藤八はうなずき、打ち刀をひきぬいた。
 そこで新助は、義元の口を切りひらいて、自分の指を出してくれるものとばかり思
い、
「すみませぬな」と礼をいって手を伸ばしたところ、
「やっ」と気合もろとも、新助の右手の人さし指と中指は、折れ目のところで断ち切
られてしまい、指のヒモつきでなくなった今川義元の首級を、
「では持ってゆくぞ」と、佐脇藤八が抱えてもっていってしまった。
 その頃、信長も帰り血を浴び、まるで悪鬼羅刹のごとき有様で、獅子奮迅の働きを
していた。
 しかし、今川義元の首級がとれたときくなり、
「早うに大声にて呼ばわれ。すりゃまだ刃向かってきている今川勢が、それに驚き退
いて逃げもしよう」
 敵と渡りあいながら、キンキンした声で叫んできた。そこで佐脇藤八は、
「これを見よ‥‥すでに今川義元はこの有様なり。首だけになった大将のため、死力
をつくして働くのは無駄なこと。かくなり上は無益な抵抗はやめにさっせ」
 槍の尖端に義元の首をたてて振りまわし、大音声をはりあげ叫んでまわった。
 これには今川方の面々も、びっくり仰天。
「すでに駿河御所さまが討死されたとあっては、手柄をたてても褒美をくれる御方は
おわさぬこととなった。無駄骨おって犬死いたすな」
「さんそうろ。かくなり上h命あっての物種と申すもの」
 みな血路をひらいて、生き残った者はにげだしてしまった。そこで、ほっとした信
長は、
「この辺りには、まだ死に損ないの敗残兵が隠れているかも知れぬから、あれなる向
こうの山へ行って、いざ勝どきなどあげると致さん」と、山ひとつ先にみえる桶狭間
の丘を指さした。
 それをきいて、死中に活をえた上、まさかと思っていたのに、嘘みたいな勝利をえ
られた近習らや、後から追いすがってこの戦闘に夢中で加わった雑兵たちは、「やん
や」と喜んでしまい、みな槍を杖にしながら、集まってきて、
「なんと、めでたいことではないか」と、ようやく雨があがって、新緑のよみがえっ
た木々の間を、みな這うようにして桶狭間の方へと向かっていった。

「信長め、うまく義元の首をせしめたものとみえまするな‥‥」酒井浄賢はすこしい
まいましそうに舌うちしながら引きあげてゆく織田勢を見送って、やはり返り血をあ
び悪戦苦闘した二郎三郎に、
「あの信長がこの戦さに勝てたは、われらの助力があったればこその話‥‥今からで
も追いかけて行って、そのことを、はっきりさせておいた方が後日のためにもよろし
かろうに‥‥」
と進言し、血だるまのようになっている安倍大蔵も脇から、
「酒井どのの仰せのように、われらが死力をつくして、今川の本陣の側面を突いたれ
ばこそ、あの信長めは望外の勝をえたのでござるによって、これはすぐさま吾らの手
柄を確認させるが、なによりと思われまする」と語気強くいいたて、槍を抱えるなり、
「てまえ、これより後を追い信長に、こちらの働きぶりなど伝えたく存じまする」
 今にも駆け出そうとまでした。しかし二郎三郎は顔にかぶった鉄面頬を、むしりと
って掌でおのれの顔をひとこすりするなり、
「うぬらは、なんという浅量な輩共ぞ」いかつい声でぐっと睨み回した。
 そこで顔の片面を怪我して手拭しばりをしている榊原小平太が、すこし呆気にとら
れたように、
「‥‥なんと仰せられてか」
 腑に落ちぬような表情で聞き返したところ、あべこべに情けないといった顔をして
からが、
「‥‥織田信長とて一個の武将。これから大にならんと欲すれば、男は名聞をこそ尊
び、肝心と致すはこれ必定。よいか判るか‥‥戦いというはやれば良い、勝てばそれ
で結構というものではない。大儀名分が立たずば、こりゃ武将として、また男として
瑕瑾(かきん)ともなるものぞ」
 もう一度、底光りのする眼ざしで側近の者たちを、ぐいっと見回していった。
 しかし大久保党の甚四郎のごときは、
「判りませぬな。ここに今川の本陣があるのを教えてやり、あまつさえ吾らは死人怪
我人まで出して手助けしてやったのでござりまするぞ。一言の礼をいわせる位は当然
のことに存じまするが‥‥」
 ひと膝のり出さんばかりに口返答をした。すると二郎三郎はますます難しい顔をし
て、
「この合戦が、なみの普通の戦さならば、われらが助力して勝たせてやったことを信
長にも告げ、おおいに恩にきせて、しかるべき駄賃を払わせるが、これ当然の事じゃ
‥‥しかし信長は今の尾張領安堵を条件に、上洛する今川義元の軍勢の尾張通過を認
めていた。双方で安全保証しあうことになって、いわば和平の取決めを結んでいた。
‥‥ところが雨に降られ火縄銃が使えんことになったを奇貨とし、心に変化を起して
不意打ちをくらわせたは、こりゃ裏切りじゃろうが」
 はっきりいってのけた。そこで酒井浄賢が、血まみれの掌で眉間にとびかう虻を追
いながら、
「この戦さ‥‥織田信長の裏切りといわれまするのか」と聞き返せば、
「‥‥違うか」ぐっとひとつ睨んでから、今度は笑顔になって、
「われらが信長の家来になるのなら、今のこの手柄を売物にすりゃ、こりゃすぐ召し
抱えてはくれよう‥‥しかし、おのれの裏切りを目でみた者を放っておくものか。す
ぐさま危ない所へ出され討死するよう棄て殺しにされるとは、こりゃ知れきったこと」
にこにこしてみせた。これには一同も、
「‥‥そうでござったか」初めて納得したようにうなずきあい、
「ここで、われらが清洲の信長どのの面前へ改めて出るは、この手柄を餌にして召抱
えて貰うだけにすぎませなんだのか」呵々大笑しあったあと、てんでに顔を見合わせ、
「信長ずれの家来にして貰ったとて、行末知れているし、裏切りの現場を見知ってい
る我らゆえ、邪魔者は殺せと始末されたのではおたまりこぼしもない」と話しあった
あげく、改めて一同は、
「殿はお年に似合わず深慮遠謀。とても吾らぼけなすの及ぶところではありませぬて、
これからも良ろしゅうにお引き回しを‥‥」雨にぐっしょり濡れたままの叢に手をつ
いた。が、
「これだけ死にもの狂いに働いて褒美なしでは‥‥」と洩らす者もいた。すると、
「よし、よし‥‥」二郎三郎はうなずくなり木の根株から腰をあげ、大きな頭をふっ
て
「わしも拾うからうぬらも手にもち背負えるだけ、散らばっている屍から物具や武器
をとりあげい‥‥鍛冶屋の平太の所で手伝って鍛えるよりもこない出来合いを貰って
ゆく方が早いぞ」といった。
 大東亜戦争終了で日本軍の武装解除した武器を手に入れてから、インドシナ義勇軍
やマレー解放軍、八路軍が巨大になって独立していったように、今川勢の遺棄死体の
武器は、ここに新しい二郎三郎の独立軍の武装をうむ結果となった。