1036 江戸侠客伝  2

寺奴勢揃い

 さて水野勝成が徳川創業の功臣で、三河の八部衆を西国へ伴って行った関係上、外
孫の水野十郎左衛門も羽ぶりがよく、やはり東国の八部共を束ねる御役の「廻国目付」
をかね、本知三千石にその加扶持二千石で、計五千石の大身の旗本だった。そこで水
野十郎左衛門は己を昔の白のホープである源氏の源の頼光にみたて、気に入りの近衆
を、
「渡辺の綱助」「坂田金時」「碓井(うすい)定光」「卜部季武(すえたけ)」の四
天王になぞらえ、駿河台の屋敷で明け暮れ呑めや唄えの気ままな暮らしをしていた。
そして、
「白柄組といえば泣く子も黙り草木もなびく。まこと、めでたやのう」
いつものごとく泰平楽を並べていると、そこへ泣きっ面で駆け込んできたのが大久保
彦六。十郎左衛門は話を聞くなり烈火の如く憤慨して、
「聞き棄てならぬ。すぐさま女を此処へ曳きたてるようにしてくれる。煮るなと焼く
なと存分にするがよい」と言い渡した。
 しかし、そう云われると、女を庇いたくなるのが男の気持ち。彦六は手を振り、
「いえ悪い奴は平井権八とか申す不敵な若年者‥‥そやつを取っつかまえ絞めあげま
せぬ事には、この胸のもやもやが晴れませぬ」と訴えた。
「ふん、そない青二才に、我が白柄組が軽く扱われては、大小神祇やよろずの神々に
申しわけない‥‥そやつ、もしかすると寺方の廻し者ではないか」
「ご賢察まことに恐れ入ります。仰せの如く浄土宗幡随院の寺地にて口入れ稼業をな
す長兵衛の居候との由」
「よし、よめた。われらの権勢をそねんだ寺方の策略であろう。廻国手代の八部の者
や目明し、長吏の者に言いつけて召し捕らせい」と十郎左は命じたが、
「恐れながら・・・」庭先へ廻ってきて平身叩頭した廻国八部衆の者は、
「実はそれなる若輩者は因州鳥取出奔以来、京から東海道、道中で追はぎのし放題。
御府内へ入れてはと鈴ガ森で待ち受けましたが、向かった者達が召し捕るどころか、
みな斬り払われてしまった希代な刀術使い‥‥とても吾らの手にはおえませぬ」
「そうか、ならば寄宿先の長兵衛に差紙を出し、権八を突き出すよう計らえ」
 不機嫌そうに十郎左衛門が怒鳴りつけたところ、神田お玉ガ池の目明しと田端の長
吏が、後方から庭石近くまでいざり出てきて、これまた頭を下げた侭、
「その長兵衛めは何ともなりませぬ。最近は日蓮宗とも組み、その方の法華の久平、
お題目の甚太らの寺奴と兄弟分の盟いを結び、『法難粉砕』『仏敵退散』を叫び、吾
らに楯つく有様」
と万屋嘉左衛門宅で湯かん場五郎を御用弁にしそこねた一件を話した。
 これには水野十郎左衛門もますます激怒してしまい、すぐさま金時ら四人へ、
「其方らが肩入れし白柄組の名においても、寺奴ふぜいに負けぬよう手伝ってとらせ
い」と命じた。
「かしこまって候」
 渡辺の綱助と坂田の金時は、すぐさま厩から馬をひき出し、これに打跨ると白柄組
の面々の屋敷を一軒ずつ、
「水野さま御用、みな馬乗りにてすぐさま御参集を」とふれ廻った。
 目明し、番太郎、廻国八部の面々も、
「わしらもこの際やる気でやらないかん」
みな新しい縄襷に白鉢巻をしめ、すぐさま番屋備えつけの刺股、からみ棒を担ぎ出し
ての勢揃い。
 さて、新坂本から山崎町へかけては、弾左衛門小屋があって、人別帖から名を抜か
れ放り出されてきた前坊主や、心中仕損ないといった人非人(略して非人)の群れが
住まっていたが、これらの者も、「寺攻め」と話が伝わってくると、
「けったくその悪い坊主め、死んだら極楽へやったると瞞くらかし、銭ばかり取っと
る奴へ日頃の恨みを、いざはらしたろ」
てんでに川原から石を、もっこへ入れて運んできて、これも押し出してきた。
「えらいこっちゃ」
 竜円寺、永照寺、宗源寺、西連寺、宗運寺、連常寺、泰宗寺、善立寺に、日蓮宗の
法養寺、宗延寺まで、新寺町の和尚は皆幡随院へ集まってきた。
「ご心配はいりやせん。わっちらには御仏の御加護、法力というものが授かって居り
ます。まぁ大船に乗った気でおまかせなせえやし」
 各寺へ送り込んでいた手下の寺男を集めた長兵衛が、長老寺口へは唐犬権兵衛、天
竜寺口には放駒の四郎兵衛と、各自が手分けしてして待ち構えていると、
「御用だ」「神妙にせい」
 ご府内の目明し、下っ引き、番太郎に八部が、それぞれに血相変えて詰め寄ってく
る背後から、かねての遺恨をはらそうと、「やっちまえ」山崎町の非人集団が、雨あ
られと山門めがけて石を投げてくる。
 しかも東坂方面からは、
「ヒヒイン、ヒンヒン」馬のいななきが聴え、釣鐘堂の屋根で見張っていた念仏小平
が、悲壮な声で、
「白柄組が馬に乗って助っ人にくる。騎動隊だぞ」と喚いている。
 さすが剛気の幡随院長兵衛も、もはやこれまでかと覚悟をつけ、大脇差をぎらりと
引き抜き、大上段にふりかぶって、
「おのれ、不浄役人め。いざ死人の山を築いてくれん」と飛び出そうとした。
 すると、その時、
「あいや暫く」そこへ駆け出してきたのは平井権八。
 すでに覚悟はつけているらしく、一人で石段をすたすた降り、
「事の起りはこの身一つ。いざ縄うって、皆の衆はお引取り下されぇ」手を前に重ね
て叫んだ。
「神妙にせい」捕方は駆け寄り縛り上げた。が、こうなっては引き上げしかない。
 せっかく応援に馬首を揃え出動した白柄組も、むなしく踵(きびす)を返し立ち去
った。


芝居の喧嘩

 平井権八が自訴して出て、下谷界隈が大騒動になる処を鎮めたと、江戸中の大評判
になったのが、大久保彦六には面白くなかった。処がその上、
(権八の処刑後、長兵衛が密かに遺骸を盗みだし、それを人里離れた目黒行人坂の虚
無僧寺へ葬ったところ、三浦屋の小紫が、これも誰ゆえ、みなわちきの為でありんし
ょう。おうおうそうじゃ、現世で添えいでも、来世は蓮のうてなの上でもろ共に‥‥
と墓前で後追い自殺した)とまで噂が聞こえてきたのには、
「なんたることか」ますます腹を立て、
「思えば小紫が初見世に出た日から、足繁く通い詰めたは拙者ではないか。それより
馴染みの三年越し、重ねた枕の数々も昨日や今日、江戸へ出てきた権八づれとは比べ
ようもなかろう」
 指折り数え比較研究をなし、
「馴染みの拙者に一言も挨拶せんと、勝手に心中しくさるとは不届きな女め」
 いましいましがって唸ったが、相手が二人とも死んでいるのでは文句のつけようも
ない。そこで彦六がくさりきってしまい、
「えい、こない理不尽な事があるか」
 酒浸りで屋敷に閉じこもっていると、
「春芝居が評判でござります。気散じにたまには外出なされませ」見るに見かねた妻
女が心配して外へ送りだした。
 ところが芝居小屋へ入って何気なく東の桟敷に眼をやると、幡随院の長兵衛が、唐
犬権兵衛の外、念仏小平や石塔三次といった寺奴の一統を率いて見物している。
 むかむかしてきた彦六が大音声で、
「臭え、臭え、抹香臭え‥‥死人を扱う寺男と一緒じゃ芝居は見られぬ」
聞こえよがしに喚くと、
「うるせえ、静かにしやがれ」
石塔の三次がすぐ怒鳴り返してきた。
「おのれ、天下の旗本に楯をつくのか」
彦六が思わず刀の柄に手をやると、
「そういうおめえは、三浦屋の小紫を平井権八に取られなすった殿様か‥‥」
 よせばよいのに、念仏小平が、いきなり素っ頓狂な声をはりあげた。
 小紫と権八の心中話が評判だったから、場内の観客は一斉に彦六の方を向き、
「この悪旗本めっ‥‥」「人殺し‥‥」
 まるで二人の死んだのが彦六の所為みたいに罵声を浴びせかけ、蜜柑を投げたり煙
草盆まで放りつけてくる始末。
「勘弁ならぬ。不届きな輩。みんなぶった斬ってくれんず」
堪りかねて彦六は大刀を振り回した。
 驚いたのは舞台で見得をきっていた座主の河原崎権之進。すぐに駆けおり、
「てまえに免じてひとつ御容赦の程」
 扮装のままで撫め、座方一同も出てきて米つきばったのように詫びて、彦六を駕に
のせて屋敷まで送ってきた。
 だからやむなく戻ってはきたものの、満座の中で恥をかいてきたのは、
「おのれ無念千万、口惜しや」
いくら酒を呑んでも納まらなかった。
「こういう時に伯父御が御存命でいてくれたならば」
と思うが、彦六の父の兄大久保彦左衛門は去る羹永十六年に死去。跡目の彦之助では
相談相手にもならぬ。
 いまいましいから腹を切ることにしたが、仕度をさせるには妻や家来に事情を話さ
ねばならぬ。しかも妻女に
(実は事の起りは吉原へ女を買いにいって、小紫に振られたのが発端じゃ)
とは打ち明けかねた。そこで彦六は、
「馬引けッ」と命じると、駿河台の水野十郎左衛門邸へとおもむいた。そして、
「友達甲斐じゃ、腹を割るから庭先を貸してくれ」と申しこんだ。
 言われて十郎左は、髭だるまのような彦六の顔をしげしげと眺め、
「小紫の後を追ってお前が死ねば三角関係になるが、いくら遊女でもあの世ではもう
客は取るまいから、また振られるぞ」
といましめて、首を大きくふってから、
「よさっせ」と諌めた。そこで彦六は、
「そうではないわえ」と、河原崎座で寺奴の面々に辱しめられた一件を話し、
「はらわたが煮えくりかえりそうじゃから、そこへ切先をぶすっと突き込み掻き廻す。
はように落命せんようなら、友達甲斐に首でも叩っ斬り始末してくれろ」
ともちかけた。十郎左はそれに、
「物騒な相談じゃな‥‥」と微笑し、
「これというのも大奥の春日局が一切の権力を握り、仏徒の家門ゆえ坊主びいきばか
りしくさるから、寺方や寺奴めが吾物顔にのさばるのじゃ。よしよし、彦六の無念は
われら白柄組一統の遺恨。かまえて仇はとってやろうぞ」と慰めた。


まな板長兵衛

 「振袖火事」と後に伝えられる明暦三年正月十八日の大火は、本郷丸山本妙寺を火
元に各地へ飛び火。折からの空っ風に火の粉が夜空に舞って、いつ静まるともなく火
の手は拡がった。
 そして、下谷やまで火は移ってきて、翌十九日には幡随院の大伽藍も焼け落ちた。
こうなると殺気立った寺奴の面々、
「火元が寺だという事は、おおかた河原崎座の一件を根にもった白柄組の奴等が、神
祇様のため仏閣を一掃せんと、非人や八部の手先に言いつけ、つけ火をさせたのであ
ろうが」と勘ぐり、
「ではこっちも水野十郎左衛門の屋敷に放火しようう。この火の手ではつけ火か貰い
火か区別など、とてもつくまい」
 血の気の多い放駒四郎兵衛や唐犬権兵衛を先頭に寺奴の面々は、
「それっ」とばかり駿河台の山へ向ってきた。
 が、火事騒ぎに混雑していても、江戸八百八町は辻々に町木戸がある。その木戸を
守っているのは廻国目付八部衆と同じ宗旨の番太郎達だから、
「寺奴の連中が押しかけて行く先は、駿河台であろう」とすばやく木戸口を閉めにか
かったが、普段とは違って北東の風に吹きまくられての大火事の最中。それゆえ、
「開けてくんな。焼殺しにする気か」
 飛鳥おろしに追われ、退避してくるものが殺到していて、木戸はとても閉められも
しない。そこで、てんでに駿河台へ、
「押し寄せてまいります」と注進した。
 そこで、火事装束に身をかためた、近習の四天王を従えた十郎左は、神保小路と小
川町の角になる台地まで馬を進め、
「不届きなる寺奴のやつばら。旗本を愚弄するぶんには片っ端から斬り棄てい」
自分も五米の大槍の鞘をはらって、きな臭い茶っぽい煙の渦を睨みすえた。
 大久保彦六も今日こそ晴れの死出の旅と心得て、白地の着物に白上下、白鉢巻に白
柄の槍を構えて、必死の覚悟で
「来たらば来れ、死人の山を築いてくれん」と猿投町までのりだした。
 しかし、火の手が御代官町から桜田門まで近づき、大目付が馬を走らせてきて、
「此処で何を致し居る。早うお城へ詰めぬか」と呼ばわってきたので、やむなく水野
十郎左以下彦六らも坂下御門口から西の丸警備のために入城した。
 が、この大火で幡随院が焼け落ちただけでなく、他の寺院も次々と羅災したので寺
奴達も押し掛けるどころの騒ぎではなく、そのまま襲撃は沙汰やみになった。
 しかし、大火がおさまると、
「この侭では放っておけぬ」
 水野十郎左衛門は幡随院の長兵衛を、己が焼け残った屋敷へ呼び出した。
しかし長兵衛も、うかつに行けば、どんな目にあうか判らないから、なんの返事もし
てよこさない。それどころか、寛永十九年からずっと空白になっていた寺社奉行の役
が、類焼した寺院再興のため下総関宿板倉重郷に定ると、すぐさま、そちらへ良蹟上
人を通して何かと訴えている様子。だから大久保彦六は腹をすえかね、
「もはや辛抱なりませぬ。浅草神吉町へ移転新築した幡随院へ、拙者一人で乗り込ん
でかたをつけまする」
とまで意気込んだ。
 しかし、彦六一人を斬りこませるわけにもゆかぬから、北町奉行村越吉勝と相談の
上、その差紙で十郎左は長兵衛を改めて呼び出した。
 もちろん役高とも五千石の身分だから、たかが寺男の口入元締めで、割り元と呼ば
れる長兵衛ごときと、十郎左は会見する気などなく、大久保彦六へ詫びをさせ、それ
で許して帰す肚だった。
 ところが長兵衛の方は、町奉行のお声掛りゆえ仕方なく出てきたものの、
(何がお旗本だ、俺一人殺すのに大仰な)といった肚があるから、縁側まで案内され
ると、そこの戸板をひっぱがし大の字になって引っくり返り、
「さぁ、殺せ。こうなったらまな板の鯉だ。早いとこ引導渡しゃあがれ」
と毒づいた。だから大久保彦六は、
「水野殿は、おまえが詫びに来るゆえ許してつかわせ‥‥といわっしゃるで堪えてい
たが、人もなげなるその振舞い」
大刀を鞘走らせ滅多斬りにした。
 さて、こうなると幡随院良蹟より寺社奉行を通じ、大目付へ訴えられたから、
「身持ちよろしからず」の名目で、水野は大久保彦六と共に謹慎扱いとなった。
 「寺奴」という存在が神仏混合後判らなくなったので、大正デモクラシー以降、
「町奴と旗本奴」といった扱いに今はされている。
 なお、水野十郎左衛門が賜死となったのは、この件とは別で、その六年後である
(寛文4年(1664)3月)。
 次々と寺側から色々と訴えられて、奥方の実家の蜂須賀侯江戸屋敷へ預けられてい
たが、そこで死罪となったのである。


渡世人と侠客とは違う

 とかく手軽にというか、竜虎の争いといった判りやすい形式をとりたがり、長兵衛
対水野十郎左といった組合わせで、講談や芝居はなりたち、大衆作家もその侭で筋立
てをしている。
 だから町奴と旗本奴との吉原での勢力争いとか、新興町人階級のエネルギーが噴き
出し、支配階級の武士である旗本を突きあげたのが、双方対立の原因と説明する歴史
家もいる。
 つまり今まで誰一人として解明していないが、中世期の宗教争いであり民族問題が
真相。
 水野十郎左の死後も大小神祇組は潰れず続き、皮革業者の後援で江戸をのし歩き反
仏教の立場をとっていた。
 貞享4年(1687)十二月になって、神徒系の皮剥ぎ業者一斉弾圧のため、「生
類憐れみの令」といった動物を殺してはならぬ法律ができる前に、一斉に刈り込まれ、
江戸では旗本二百人目見得以下六百余だが、各地では十万からの者が限定収容所へ入
れられた。
 それが天保の飢饉以降は食物を求めて浮浪者として街道へ流し出した。そして出身
地を互いに告げあって生国を確かめあったのが、後世の神祇組残党ゆえ、ジンギを切
るといった挨拶の始まりである。
 間違われているが、江戸中期の寺奴長兵衛らと、幕末のやくざとは異質で反対であ
る。



               刺青おかく

本所界隈

 柳は春になると、しだれた枝が継ぎたしするみたいに、新しい芽をのばし薄緑の若
葉をつける。まだ燕は飛び交わないが、雀がちゅんちゅん柔らかな新芽を啄ばむよう
に、揺れる葉先の間をくぐり抜けて舞って居る。
「おい、ねえちゃん‥‥」
 雀に眼をやり足をとめていた背後から、いきなり熟柿臭い息が掛ったと思うと、汗
くさく酸っぱい匂いのする古手拭が、口の中へ捻るように押し込まれ、
「じたばたしやぁがると、この細い首っ玉を締めあげ、おろくじにしちまうぜ」
 耳朶(みみたぼ)のところへどすのきいた声で凄まれた。
そして、かみつくように、
「おとなしくするんだぜ‥‥」
 横抱きにかかえあげられるなり、もやってあった苫舟の中へ曳きずるように連れこ
まれるなり仰向けに寝転がされ黄と茜の合せ帯を、力まかせにむしり取られた。
「な、何すんのさ‥‥」
 咽喉もとまで突きこまれた古手拭を、やっと引っ張り出し、ぺっぺと唾を吐き散ら
し、
「くいつくよ」
と身体を起こそうとすれば、
「気の強い小娘だ。じっとして居やがれ」
 熊みたいな黒い毛のはえた手で、その口をふさがれてしまい、肩を船板に押しつけ
られてからが、情け容赦もあらばこそ青い静脈の浮く太股をむき出しにされた。
「やめて‥‥やめとくれ」
 必死になっておかくは、それでも肘を突っ張り脚を烈しく揺さぶって暴れた。だが、
沢庵石のように、どしりと上から推しかぶさっている大の男を、いくらもがいても跳
ね返しようもなかった。

 気を失ったように倒れているおかくを、男やにやにや覗きこみながら、
「暴れやあがって手を焼かせたが‥‥これだけの上玉とありゃあ、よほどのお宝にな
らぁな」
 はずしてあった下帯をしめ直し、舟先(へさき)に出るなり竿をとって今戸の方へ
と漕ぎだした。
 おかくは眼をとじた侭じっとしていたが、浅芽が原のあたりまで来て舟が岸すれす
れになったのを苫の隙間から見てとると水際の葭草の茂みへ身を踊らせて飛びこんだ。
「しまった‥‥逃すもんか」
 泡をくった男は竿で葭草を滅多やたらに、舟べりから叩いたが、おかくは水中へ潜
ったまま息を堪えて舟の下を泳ぎ抜けた。
 が、下腹の女の急所が水にしみ、錐で刺されるような烈しい激痛だったが、見つか
ったら何処かへ連れて行かれ、売り飛ばされるのは判っていたから、夢中で反対側に
と泳いで逃げ渡った。
 このとき、おかくは十五歳。天明八年の春の出来事だった。
 さて、本所北割下水お歯黒溝に近い荒井町裏に、その頃、名人とよばれた宇之吉こ
と、「彫宇」の住居が木戸から二軒目にあった。
「ご、御免くださいまし‥‥」
 色白の細っそりした娘が、おずおずと訪れてきたのに、
「なんだね」
いぶかしそうに宇之吉が、爪先から頭までじろじろ見廻しながら尋ねると、
「お願いが‥‥」娘は上り框(がまち)に手をついた。
「ほう、なんだか判らねぇが立ち話もなるめぇ、二間っきりの家だが、まぁ上えあが
りなってことよ」
と顎をしゃくった。
「はい‥‥」頭を下げ腰を屈めて履物はぬいだが、さて四角に座ったまま何も云わな
い。
 これには宇之吉も持て余して、
「おう、おめぇ、まさか睨めっこしに、わざわざ来たんじゃあるめぇ」
笑いかけてみたが、それでも貝が殻をとじたみたいに、伏目がちに一言も発しない。
 だから気の短い宇之吉が、
「こちとらぁ、おめぇさんに付き合い、のんべんだらりとして居られるような暇人じ
ゃねぇんだ‥‥もう好いから、とっとと帰ってくんな」
 両手で煽ぐみたいにせきたて、追いかえそうとした。すると娘は初めて口を開き、
「親方‥‥紋々を入れておくんなさい」
 両手を前につき頭をさげた。そこで、
「なんでぇ、なら、おめぇさんはお客じゃねぇかよ‥‥だったらお辞儀なんかしっこ
なしだ。それで、阿父っつぁんの用かい。それとも兄さんから頼まれてきなすったの
か‥‥なんせ当人が来てくれて肌を見せてくれなくちゃ、図柄の相談もできやしない
じゃねぇか」
 ぶつくさ気難しく並べたてると、
「‥‥あたし、なんです」
 蝶どころか羽虫みたいな、かすれた声で娘はおどおどといった。
「えッ、おめぇが針を刺すのかい」
 これには宇之吉も口をあんぐりさせ、
「肩あげも取れたばっかしで、縫いこみをといた痕の糸目が残っているのが、そんな
無茶は云わねぇこった‥‥なぁ、ばかぁよしねぇ」
 眼玉をむいて叱りつけたが、
「いいんです、思い詰め勘考の末に伺ったんですから」と娘はいいはった。
 そこで宇之吉も、色白な娘の顔を掬いあげるように覗きこみつ、
「親に死なれ、その戒名でも刻みつけ、孝養したいって云うんかい」
と聞けば、微かに首をふって、
「いいえ」畳の上に、のの字をかいた。
「それじゃあ、まさかと想うが、いい交しあった男の名でも‥‥」
「違います‥‥」今度は顔をあげぶすっと答え、
「‥‥男除けに彫って頂きたいんです」
きりっとした眼の光をみせた。
「へぇ‥‥男を寄せつけない呪いかね」
「はい、女の隠し所へ」娘はずばりといってのけた。
 そして腰を浮かすと締めている物を解き、羞しそうに脚をそっと前へ出し、のけぞ
るように顔を両手で覆って横たわった。
 裾のこぼれから覗く白い脚に、
「ぬめりがある」思わず上までめくりあげ、
「‥‥隠し所とは、ここのことかね」
 桃色の割れ目が覗いている個所へ指を延ばすと、さすがに、ぴくりと身体を縮め、
しめつけるように脚をすぼめた。そこで、
「なんでぇ、まだろくすっぽ生えていないのが、怖気づくんじゃねぇ」
 人差し指を腹で膨らみを押しつ、
「まだ、新ばちかい」と尋ねた。
 しかし、娘はそれに答えず、喘ぐようなうめき声で、
「そこん所へ、男がみたらおっかなくなるようなのを‥‥」
と注文をだした。そこで宇之吉は、
「うーん‥‥」唸りながら、娘の両脚をまるで車の梶棒でも引っ張るように、てまえ
の方へ手繰りよせ、
「羞しがらんと、奥の院まで見せなせえ。そうしなくっちゃ図案の思案もつきゃしね
ぇよ」
 腰の下へ掌をあて持ち上げ気味に浮かせ、
「見るだけで何もしねぇやね‥‥」
 照れかくしみたいな口のききかたをした。
 しかし娘は両手で顔を覆ったまま、指と指の間から、
「親方‥‥彫って頂く手間賃に‥‥」
 訴えるみたいなかぼそい声を聞かせた。
「えッ、おめぇ、お宝を持ってこなくて、この俺に仕事をさせようとしたのかい」
 呆れ気味に拡げた処を掌で、ぽんと叩きのめして突き放すみたいに、
「女道楽は遊びの内だが、針を刺すのはこちとらの仕事。おまんまの種をそれに融通
したんじゃあ、お天道さまに申しわけが立たなくならぁな、いけねぇ帰ってくんな」
と、ひろげた裾を合せてやり、
「あんまり眺めていちゃあ、男のおいらにゃ目の毒だ。さっさとしまって去(い)ん
でくれ」
ぴしっとした口のきき方で、宇之吉は剣つくをくわせた。


鐘鬼(しょうき)の口

「なんてぇ小娘だ‥‥おめぇ座った侭で、とうとう夜明かしをしちまったんか。本所
(ところ)は下水が多いから薮っ蚊の多い土地。さぞかし散々にくわれたろうになぁ」
いたわるより呆れ気味に声をかけたところ、
「痛い針を刺してもらう気できた身ですもの、蚊の針先ぐらいは‥‥」
と微笑んでみせたが、ぼりぼり手足をかきだした。
 しかし宇之吉が起きだすと、柏餅に巻いた煎餅蒲団をかたずけ、
「親方はお一人ぐらし、さぞ御不自由でしょうね」と話しかけてきた。
「気のきいたふうな御託を並べやがるな」
とは口にしたものの、
「おめぇ昨日の暮れすぎに来やがったんで、西日と行燈の灯で拝んだきりだが、こう
して朝日で見ると滅法いい肌らしい。もう一遍見せてみな、どうだ」と持ちかけた。
 断わられたのに帰りもせず、上り框の二畳で壁にはりついたまま屋守みたいに夜明
かしした娘は、
「あい‥‥」うなずくなり大の字に寝転んで股倉をひろげかけた。
 が宇之吉は手をふって、
「夜ひらくって‥‥そこは暗がりで御開帳する処よ。俺がみてぇのは、おめぇの丸の
まんまの裸だよ」
と眼を釣りあげた。
 言われた娘は身体を起すなり手早く、着ていたものを蝉の脱殻みたいに下へすっぽ
り落したが、さすがに前向きは恥ずかしいのか、つるつるした背の方をむけた。
「‥‥うむ」
うなずきながら、側へ寄って行った宇之吉は、うっすら汗をかいた肌を、まるで白壁
を塗る左官のように両手で撫ぜ廻し、
「こいつは良い。すこし脂がのってきた処でぬめりがある。まるで練絹だね」
 感触をたのしむように髯面の頬まで押しつけ、くすぐったげに娘が肩をすぼめると、
「動いちゃいけねぇよ、背柱の脇に皺がよるじゃねぇか」
 たしなめるように叱りつけてからが、
「どうでぇ、ここに男よけなら勇ましい処で、唐獅子と牡丹でも絵にさせねぇか‥‥
なら銭はいらねぇ。俺が好きで針を入れる」
 娘の背を抱え込むようにしながら、すこし上ずった声をかけた。だが娘は背中では
不承知なのか、それに返事をせず、くるっと宇之吉の腕の中で身体を前へ廻すと、
「やっぱし、隠し所‥‥」顎を下げて訴えた。
「てやんでぇ‥‥いくら独り者で貧乏たらしい暮しをしていても、彫宇といやぁ名の
通ったいっぱしの職人だぁ、女のめめっちょに伜は入れても、商売物の針が刺せるか
い。悪いことは云わねぇよ。云う通りにこの背中を貸しな。そうすりゃ彫宇が一世一
代の腕をふるって、どんな野郎でも縮み上がってしまうようなお獅子を彫ってやる‥
‥なんなら図柄は羅漢さんでも鐘鬼さまでも好いんだよ」
 かきくどくように、しきりにいうのだが、
「‥‥いや」の、一点ばり。
「どうして、そんなに強情をはりやがるんだ‥‥」
 くらいつきそうに耳朶(じだ)へ怒鳴りつけると、
「‥‥だって、なんする時、男の人って背中からは掛ってこないでしょう」
 ようやくのことで頬を染めながら、口の中でもごもご訳けを話した。宇之吉もいわ
れてみて、
「犬がつがうのは背中から、おっかぶせで掛っていくが、やっぱし人間は前むきか‥
‥」
と考えこみ、舌うちしながら、
「前向きの姿勢で考えるしか‥‥ねぇか」唸りながら、それでもまだ未練たらしく、
「この背中に牡丹がなんなら、桜吹雪でもぱあっと散らし彫りにしたら、この抜ける
ような白い肩に、そりゃ見事なものが出来上がるんだが‥‥」
 諦めきれぬ口調でこぼした。

 さて、宇之吉は、転がり込んできた恰好の娘の注文が、とんでもない個所へ男除け
のものというのだから当惑してしまい、
「かぶさる両側へ左右の仁王さまを彫って、真ん中の観音さまを守るって趣向も浅草
寺の真似みたいで巧くあるめぇ」とか、
「いっそ右大臣と左大臣をいかめしく彫ってみようか」
 すっかり腕組みして考えこみ、
「当分、こうなったら他の仕事は休みだ」
 たてつけのよくない板戸を無理やりに閉め切りにしてしまうと、内側から釘付けに
してしまい、丸裸にした娘の股をひろげさせ、
「あまりありふれたものじゃ、こんな滅多に彫れねぇ所に針をさす冥利にそむくって
もんだ。何かよい図柄はねぇものか」
 立たせてはそこを撫ぜあげ、寝かせては掌でこすりながら思案していたが、さて、
これといって膝を叩きたくなるような才覚も浮かばない。
「くすぐったかろうが我慢しな‥‥」
 矢立てをもってきて宇之吉は、筆の穂先をかみしめかみしめ、あれこれ下絵を、こ
んもり持ち上がった白い股の膨みにかいてみたが、場所が特殊なだけにあまりさまに
ならない。そこで、
「盛りあがりを生かして、桃の実か何かにすりゃ、さまにゃなるが‥‥」
 したり顔で舌打ちすれば、このところそこをいじり廻されるのに馴れっこになって
しまったのか、かくと名乗る若い娘は、
「いやですよ親方‥‥桃太郎じゃあるまいし」と含み笑いをした。
「うん、だが、おめぇがそのうちに身篭って、ここん処から男の児でもひり出しゃあ、
それこそ紛れもない日本一の桃太郎だよな」
 苦笑いしながら相槌をうったところ、娘は、
「からかいなすっちゃ厭ですよ親方‥‥そこは、おしし(尿)もするところで、嬰児
(ややこ)はお腹が割れて出てくるんですよ」
 円まっちい己れの小さな臍の辺りを撫ぜながら、男は仕様がないと云わんばかりに
たしなめた。
 これには宇之吉も、
「そうかい‥‥おめぇもここんとこに鐘鬼さまみたいに髯が、もさもさ生えるように
なったら、色んな事がもっと判らぁな」
と口にしかけたが、はっとしたように柏手をぽんと打ち、
「こいつは良いや‥‥おめぇの此処に冠をかむった恐っかねぇ顔の鐘鬼さまを彫って
やろう。そうすりゃ毛が生えてきて、それが顎髯になって房々してくりゃあ立派にな
る‥‥なぁ、凄まじい形相の鐘鬼さまの口許へ、己が大切な一物を突きこもうって奴
はあるまい。どうだ、こりゃあ巧い思いつきじゃねぇかよ」
 生身の肌に直では描きにくいから、宇之吉が反古紙の裏へ墨でかいたのを見せると、
「まぁ恐い‥‥こんなのを彫ったら、あたいだって怖くて、おししも出なくなるよ」
 気丈でもそこは小娘のこと。すっかり怯えてしまって泣き出しそうになった。だか
ら宇之吉も匙を投げ、
「せっかく無い知恵を搾って考えてやったのに‥‥恐いってのは何て言い草だ。だい
たい、おめぇが俺んとこへ来たのは、男がおっかながって近寄らない彫物をって話だ
ったんじゃなかったのかい‥‥それを、てめぇの方が先に恐がってりゃあ世話はねぇ」
すっかりむくれてしまった。そして、
「どうすりゃ良いんだ」
 娘の手から鐘鬼の絵をもぎとるなり、すっかり苦りきってしまい、
「ここんところ、蜆貝みてぇなすべすべしたおめぇのめめっちょばかり、明け暮れ眺
めて小便くさくなった‥‥何処かへ行って精進落しに浴びるくらいに酒を呑み、白首
でも抱きに行くわさ‥‥おめぇも俺んとこにしがみつくのは止めにし、とっととてめ
ぇん所へ今からでも早々に帰りやがれ」
 言い残すと表戸は締め切りの侭だから、裏口をがたぴしあけ、
「いいか、消えてなくなりゃあがれよ」喚きながら出て行った。