1031 元治元年の全学連 16

 庚申塔と彫りこんだ三角形の石碑があった。
 それを真ん中にして、左右の丘から、すこし下った所へ、切り出した雑木を積ませ、
俺は右を一番隊、左を三番隊にわけてしまった。
 敵が攻めて来て、雑木の鹿塞(ろくさい)にひっかかったところを、左右に八挺ず
つ持たせた鉄砲で狙わせる。
 ひるんだところを、丘の背面に隠れていた槍隊が突撃する。
 手順をよく打ち合わせして、来襲を待っているのだが、なかなか攻めて来ない。
 その代り、ひっきりなしに鉄砲を撃ちこんでくる。此方は丘の内側に入っているか
ら、弾丸は、頭上を素通りしてゆく訳だが、どう算えたって、五十や百の鉄砲じゃな
い。相当に、これは揃えているらしい。だから、
「はたして正面は鳥居勢なのか?」と、俺は首を傾げてしまった。栃木の時はあまり
判らなかったが、この春に大谷川へ陣場をもっていた時は、せいぜい小筒組十名か二
十名。それも傭兵だった筈である。それが半年たらずに、こんなに陣容が変わってい
ようとは、まだ半信半疑でどうも本当とは思えない。
 もし仮に正面の敵が(大公儀歩兵隊。つまり鉄砲隊の集まりだったら如何しよう)
と、俺は、すっかり青ざめてしまった。もし、そうなら、一隊が二百名だから、鉄砲
も、すくなくも、その数だけはある。「二百対十六」では、これじゃ撃ち合いにはな
らない。相談したいにも土田は進軍してしまっていた。
(うむ‥‥夜討ちでもかけるんなら別だが、まっ昼間にお天道さまの下でやる戦じゃ
ない)
 狼狽して俺が唇をかんで、じっと考え込んでいると、その側へ、
「軍将、手空きの者に、何かやらせて下さい。向こうが小高い地形を探して、そこか
ら撃ち込んできますから、鉄砲の行き渡らない連中が、怖気づきそうです」
 と一番隊の高木が這うように、腰を屈めて近づいてきた。すると、窪みに翅を休め
て隠れていた赤蜻蛉がすいと逃げた。
「----鉄砲のない奴に、何かやらせろって言っても、全部で四十人もいるんだ」と、
俺も弱った。
「でも、何か働かして気を紛らわせるようにしないと、とても保ちません」と高木は
いう。
「‥‥そうか」
 とは言ったものの、壬生藩の鳥居勢が予想に反し射撃戦で向かってきて、俺は面喰
っている最中なんだから別になんの智慧も出ない。
 高木が此方へ来てるのを見て、三番隊の御室も転がるように駈け込んで来た。そし
て、
「太え奴らです。鉄砲で此方を追払って、この雲雀ヶ丘を占領する気です」と告げた。
すると、
「向こうが此処を奪う気なら、軍将、この辺に孔を掘らせて下さい」と高木はいった。
(何の意味なのか)最初はのみこめなかった。だが。俺もやっと気づいた。
「落し穴かね‥‥」
「そうです。土が柔らかいから、槍の石突きで掘れます。一人に一個ずつ割り当てて
おけば、それで、みんなも気が紛れます」
「そりゃ好い。穴掘りして潜ってる分にゃ、いくら飛び来る弾丸、雨あられでも、当
りっこなしだ。こいつは頂ける。すぐ取り掛からせても、よろしゅうございますね」
 気の早い男で、御室は、もう、自分の陣地へ、猿みたいに、するする這い上がって
いった。それに遅れじと、高木も、ぺこりとお辞儀をすると、戻って行ってしまった。
(とんでもねえ奴らだ。俺は、まだ、うんとは言っていないぜ)と言おうとしたが、
よしにした。誰が、どう考えたって、今の場合mそれしかないような気がしたからだ。
 最初は頭の上をすいすいと、水澄しみたいに飛び越して行った敵弾が低くなってき
た。段々見当をつけだして、鹿塞に積んである雑木の小枝などが、びじびし音を立て
弾き飛ばされだした。
 石でできた庚申塔は、目標になるとみえて、針鼠みたいに火花を吸いよせ、ガンガ
ン音させていた。石の破片が散らばってきた。
(これでは手も出ない)と、俺は当惑した。そこで、人数が一番すくない岩谷の隊に、
大砲は二門とも持たせてあるが、伝令をやって、壬生藩へ撃ち込ませるかどうかを迷
った。
 というのは、敵の反撃を考えたからである。なにしろ壬生藩の手持は判らないが、
左正面の柳沢村には、大公儀大筒隊が頑張っていた。
 名代高木宮内、大御番頭神保山城守という、錚々たる顔ぶれで、大砲支配の万年慎
太郎に、紅毛の仏蘭西教官が随伴しているという。
 軍夫になって出稼ぎに行ってる湊の者の話しでは、奈保令音(なぽれおん)砲とい
う大型の臼砲で、此方の加農砲の五倍も大きな弾丸を発射するというのである。
 此方が、壬生藩へぶっ放すのは、せいぜい脅かし程度だが、お返しが奈保令音砲で
は、落雷のお見舞いである。これには尻ごみして迷ってしまい、
(うっかり、ちょっかいを出したら、とんだ薮蛇になってしまう)と、俺は案じてい
たのである。
「‥‥ちょっと、見て下さい」
 御室が転がるようにして駆けて来ると、前面を指さした。黄ばんだ銀杏の落葉を掻
き分けて、庚申塔の石塚のところまで、俺もつられて這って行った。
 そして、俺が石を楯にして敵軍をみると、
「もう、六軒家を占領しているのかい」と息を呑まされた。すぐ目前まで鳥居の旗が
迫っていた。
「あすこの百姓家の茅葺の屋根から、どんどん撃ってくるんですから、とても防げよ
うもありません」と御室勘太郎は口惜しがった。
「うん。うかうかすると、片っ端から狙撃される。引揚げよう」と、俺も答えた。
「何処の線まで退却します」
「土田隊は遊軍で動いているから‥‥前浜まで戻って岩谷隊と合流しよう。彼処には
大砲がある」
 と、俺は即座に言った。
「そりゃ心強いですなあ」と御室から高木の方へ、手真似で引揚げを合図していた。
 欅林まで下って、俺は馬に跨りながら、すっかり意気消沈していた。なにしろ退却
して行って、岩谷と顔を合せるのかと思うと憂鬱の極みだった。虻がぶんぶん馬の鼻
さきを舞っていた。
 吾々の退路を見せないように、鹿塞の間につんだ乾草に火を放ったから、きな臭い
匂いが追ってきた。煙幕をはって、敵の射撃の見当を防ぐためなのである。

「どうも面目ない。鉄砲玉てらのべつ幕なしに射ちこまれて、すっかり形なしさ」
 迎えに出て来た岩谷に、俺の方から、ぶちまけて報告した。
「いやいや、此方から拝見してましたが、流石に、ああた、よく頑張られました」
 慰めて呉れるのは良いが、岩谷が、俺に、(ああた)と敬語を使って呼んだのに、
びっくりした。
 入隊した頃、俺と藤田は同格の軍将だったが、田丸と竹内、それに、この岩谷の三
人だけは上司だった。だから、その頃のくせで、俺は今でも岩谷を、時々は敬称で呼
んでいたが、彼から逆にそう言われたのは、今日が初めてである。向こうがそう呼ぶ
なら、俺は岩谷を目下扱いに呼んで良いんだなと、今までの目の上の瘤がとれたよう
な気がした。つまらぬ事だが何かで、ほっとしたせいもある。ところが岩谷のほうは、
「壬生藩の鳥居の軍勢は、藻ぬけの殻の雲雀ヶ丘をいま占領しました。勢いに乗じて
もう直き此方へ来るでしょう。だがです、細工は粒々。仕上げを御覧じろです」と胸
をはって得意がるのに、
「なんだい岩谷君、その細工ってのは‥‥」ときくと、
「雲雀ヶ丘で敵を喰い止めてもらってる間に、百姓家から鍬鋤を借りまして、深い落
し穴を一杯掘ってあるんです。これに巧く敵は引っ掛かりますよ」と誇らしげに返答
した。
 誰が考えつくのも同じような事らしい。余程(俺も掘って来た)と言いかけたが、
せっかく岩谷が、名案のつもりで張りきってるから、俺は感心したように頷いてみせ
た。
「まあ、一服しませんか」と岩谷は、煙草入れを俺に渡して、(西国巡礼)の石碑の
横に座らせが。周りに野小豆の黄色い小さな花が咲いていた。
「この石碑の蔭が‥‥あんたの本陣かね」
「もう少し先に、馬頭観音の大きな碑があるんですが、ちょっと遠いんです」といっ
た。
 俺は、おかしくなって、煙管をすぱすぱ吸った。鉄砲玉には流れ玉といって、とん
でもない方角から飛んで来るのがあるから、弾よけは必要だが、言い合せたように石
碑を探して、その蔭に隠れてるのは、互いに見っとも良いもんじゃない。どうも知能
程度は俺も岩谷も似たりよったりらしい。
「おや、よく吸えるじゃありませんか」
 煙草好きの岩谷は、眼を細くして、しゃくれた顎をつきだした。
 隊では西山や土田達も吸わないし、俺も煙草なんて銭を煙にするようなもんだから、
これまではいくらすすめられても、岩谷のお先煙草を貰った事もなかった。だが小十
親分と話し込んでる時に、いつも「吸いな」と鉈豆煙管をつき出される事が多かった
から、つい、知らず知らずに、煙草吸いにされてしまったらしい。

「----来ましたよ」
 誰かが、大声で叫んだ。
 西国巡礼碑の石の角から覗くと、雲雀ヶ丘で勢揃いした敵は大挙進撃してきた。
「‥‥落し穴に奴らが引っ掛かった頃、吾々は浜田に据えてある大砲をぶっ放して突
き込むのです」と岩谷は、煙草入れをしまいながら言った。


深い穴の中で

「吾こそは壬生藩御手先頭にて、本日の侍大将淵本半蔵なるぞ。そこな天狗武者、尋
常に勝負しよう」
「吾こそも、淵本半蔵が甥にて、殿さま小姓頭の志賀安之丞なるぞ」
 頭上から洩れてくる声をきいていて、俺はまったく気が気でなかった。
 相手の鳥井の家中の者は、軍記物の辻講釈で覚えたのか大時代な名乗りをあげてい
るのに、此方の奇兵隊は、照れ臭いのか、一人も名乗りをあげていない。だから、天
狗面を冠った味方が、淵本と戦っているのは判るが、それが誰だか判らない。気を揉
むこと、夥しいものである。
 小半刻前に、一斉射撃を三度繰り返してから、敵は雪崩のように殺到してきた。
 確か、俺が聴いたのでは、(一番乗り仁木宮蔵)(一番槍篠崎伊三郎)という敵方
の名乗りを覚えている。
 壬生勢の先手が、奇兵隊の一、二、三の連合部隊へ襲い掛った途端、窃かに情勢を
探っていた土田の四隊と五隊が、まったく敵の意想外の裏側道から、十六挺の銃口を
向けて挟み撃ちに出たらしい。それで不意をつかれた壬生藩士は、ひとまず退却した
が、それでも、また盛り返して、押寄せて来たようである。
「やあやあ、奇兵隊の奴ばら、ようく受けたまわれ。古来より、君耻しめをうければ、
臣これに死すとやら‥‥汝らの狼藉のため鉄砲を奪われ、吾が君の鳥居丹波守さまは
千代田城にてこの春、赤耻を掻かれたのじゃ。その仇よって今日こそ取って、われら
は君恩に報ぜんとする。われこそは殿様の近習役北条仙吉なり‥‥憎っくき奇兵隊の
隊長田中源蔵と勝負をせん。さあ、出逢え、出逢え」
 いやな野郎である。人の頭の上で、俺を呼んでいやがる。味方の作った深い落し穴
に千慮の一失と言おうか、不覚にも足滑らせて落ちているのを、向こうは気づいてお
らぬらしい。といって、
「ここだ」とも、まさか名のってやれもしない。
 すぐ足許の穴の中に、俺が立っているのが判ったら、三間槍で突き下せば、いちこ
ろなのに、気がつかないものだから、そそっかしい奴で、ひょいとよけて跨いで行っ
てしまった。
 だが、あの調子で、田中げんぞう、げんぞうと、大声で呼んで廻られたら、まるで、
俺が何処かへ隠れているみたいで、外聞が悪いこと夥しい。味方に対しても、これで
は信用を落としてしまう。だから、なんとかして這い登ろうとは思うのだが、穴が深
い割には細くて、腰を曲げることもできない。これでは、いくら俺でも身動きもつか
ない。すとんと落っこちて、その侭、立ってる有様である。
 頭の上から地面までは、約一米半。誰かが気がついて、しっかりと手槍でも差し延
べてくれたら、それに掴まって外へ出られるのだが、なかなか味方は覗いてくれない。
俺は、もう周章狼狽し弱りきっていた。
 跫音がするたびに、声をかけたくて、咽喉がむずむず痒くなるが、もし敵だったら、
頭の上から田楽刺しで芋刺しにされる。冑でも冠っていれば、天辺に槍先が当る間一
髪、さーっと両手を伸ばして、相手の槍のけら首を握る。ぐっと引っ張って、向こう
が踏み外すまいと、足許に力を入れて踏んばる阿吽の間に、するすると俺は槍の柄を
上へよじ登り、地上へ飛び出た瞬間。
 ぱっと相手を蹴倒して、ぐいっと槍をひきよせ、あべこべに刺し貫く。すると、あ
の、ぐさりとくる手応え。と巧くゆく。
 だが、残念な事に、俺が冑は木の天狗面。
(これでは、いくら鼻が飛び出していても、これに触れる間一髪に素早く敵の槍の血
止めを、ぐくっと掴むは、まあ至難の事であろう)と悲観しきっているところなのに、
「われこそは壬生の御徒士組の穂積宗三郎、当年とって二十才。野州きっての暴れ者
なるぞおう、出逢え、出逢え」と頭の上に近寄ってきたのがいる。
 こいつは、俺と同じ齢。元気があって、おおいによろしい。
(どうだろうか。上へ引揚げてくれて、そこで互角に勝負をつけようか)
 と、俺は余程、声を出して頼もうかと思ったが、相手が、いくら同年でも、顔を見
た事もない奴を、声だけで信用するのは危ないから相談するのはよした。なにしろ考
えると相手は敵なのである。
 しかし、なんといっても敵の方は、ちょくちょく名乗りを呼ばわって通って行くか
ら、すぐ判るが、味方は唖みたいに、てんで名を言わない。これは穴に落ちている者
にとっては、まことに不便この上もない。厄介である。
(われこそは奇兵隊長何番隊誰某なり)と一人でも名乗ってくれたら、(おい、ここ
だ、ここだ。上へ引揚げてくれ)と、すぐ連絡がつくのだが、あいもかわらず味方は
みんな無言の侭である。いくら耳を澄ませて聴いていても、跫音だけでは、とても敵
味方の区別はつかない。
(こんな事になるんだったら、天狗面を冠させてる連中には、高下駄でもはかせてお
けばよかった)
 と、俺としてはしみじみ後悔する。
 頭の上の陽脚の動きをみても、かれこれ、一刻半(三時間)は、落っこちた侭で佇
立の姿勢である。
 海岸よりで、地面が柔らかい所ゆえ、脚は挫いてもいないが、地虫が、もぞもぞ這
ってきて、袴下から潜りこんだのか、股倉や腋を、ちくちく囓ったり刺すのにはたま
ったものではない。雄と雌がいるらしく、喰い付き方の作法が違っている。痛く刺す
やつと、痒く舐めるのと分れてる。
 仕様がないから、背中は穴にこすり股は手を差し込んで掻くのだが、とてもそれぐ
らいでは追いつかぬ。それに、じっと立っているから、汗が、だらだら滲み出る。襟
首なんかは、掻いた痕へ、汗がたれると、飛び上がりそうに痛む。
 股だって、汗が流れこむと、筋が吊り上がるくらいに我慢できなくなる。
 こんな莫迦みたいな辛抱は、もう堪らんから、一か八か敵か味方か判らなくても、
今度、誰かが近くを通ったら、声をかけてしまおうかと、何度も誘惑を感ずる。いく
ら災難とはいえ、もはや我慢がなりかねた。
(風の吹いている地上へ出してもらって、かゆい所を、ぼりぼり爪で掻くのを手伝っ
てくれたら、ぐさりと刺し殺されてやっても構わん)
 とは想うのだが、はたして敵だったら、俺に協力して、痒い背や腋を、ぼりぼり掻
いてくれるか、どうか、これは疑わしい。うっかり声をかけても、それでは詰らん。
又ひどい奴なら引揚げさえすまい。上から突き殺されるだけだろう。それなら呼びか
けるだけ、損である。
「ぱか」「ぱか」と馬の藁沓の音が近づいて来た。
 壬生の敵の連中は、鉄砲隊を前衛に押し立て、みな徒歩だったから、馬乗りは、間
違いなく味方である。そこで、しめたとばかり、
「----おい」と、俺は溜めていた声を、ここをせんどと我鳴りたてた。すると、
「やあ、やあ、元気を出すんだ‥‥」と返事をよこした。だから俺もやれやれとして、
「‥‥早くしてくれ」と両手を上へさしのべて、円い空間へ叫んだ。なのに向こうは、
「‥‥壬生勢は疲れはてて、僅かな人数だ。三十五万石の水戸藩を背負う君らが、三
万石の小大名に敗けてなるもんか。もう一息だ。頑張り給え。僕なんか、槍は折って
しまい、刀も、御覧のように、鋸だ。それでも、御覧のように勇気凛々としとる」
 聞き覚えのある声だが、どうも、俺に向かって言ってるのではないらしい。それに、
どうもこの口ぶりを聞いていると、これまで誰も名乗りを一人もあげないものだから、
つい、
(この辺りは、みな敵兵か)と思っていたら、意外にも、奇兵隊の連中がへたばって、
座り込んでおったのらしい。
 そうとは気づかず、誠に残念であった。
 頭の上の周囲にいるのが、こっちの味方ならば(これは安心)と、俺がすかさず大
声を出そうと、そこで息をひとつ吸った時だった。
「我こそは武功第一の感状をもつ、飯田軍蔵利貞だ‥‥さあ、諸君、突撃だ。進め」
と声がした。
「わあ‥‥」と、俺の上を、どたどた駆けて行った。だいぶいる。五、六十人ぐらい
の騒々しい跫音だった。
「こら待て‥‥」と周章てて呼びかけた。そして、
「出してくれ。やい出せ、俺だぞ‥‥」
 必死になって叫んだが、わあわあと喚く鯨波(とき)に消されて、誰も踏み止まら
ない。潮が引くように、跫音はみな遠くへ消えて行った。
(畜生、飯田の野郎)俺は、塩っぱい汗を唇で舐めつつ憤慨した。彼奴は信用できん
と土田が言っていたが、まさに、その通りである。折角、俺が大声だして呼んでいる
のを、邪魔する事はなかろう。彼奴は世帯もちのせいか、どうも昔から付合いが悪い。
友達甲斐のない奴である。
 置いてけぼりの俺は憤慨しきった。
 また跫音がした。入り交じっているから、二人らしい。名乗りをあげないところを
みると、これは間違いなく奇兵隊らしい。そこで俺も吻っとした。
(よし)と、俺が声をかけようとした途端。つまりまだ此方は、何も言ってないのに、
「----いやです。できません」
 頭の上では、薄情にも断って来た。(なにをっ)と上を睨みつけると、又しても、
「無理です。わたしには、やれません」と、こうである。
 冗談じゃない。槍を一本か二本、下へそっと差出してくれたら、それに掴まって、
此方は出られる。何が無理だ。出来ん事はあるまい。と、俺が、ぷんぷんしていると、
別の声で、
「其の方は、この淵本半蔵の首を、御主君の仇の奇兵隊に渡す所存なのか」と聴こえ
てきた。
「伯父上、それ程までに仰せあるなら介錯してから、私も、此処で御一緒に追腹を仕
りまする」
「安之丞‥‥汝も腹を切ったら、折角切ってくれた己が首はどうなる。奪われるでは
ないか。さあ兜をはずしたぞ‥‥この首だけなりと汝が持ち帰り、菩提寺へ納めて回
向してくれ。所詮、もはやこの手傷では身共は助からぬ‥‥」
「しからば伯父上。この志賀安之丞は、今日まで親代りにお育て下すったあなた様の
首級を仰せとあらば止むを得ませぬ‥‥見事討って、では持ち帰りまする」と、若い
方の声はもう半泣きだった。
「よし、妙法蓮華経」と大人の方が唱えだした。
(ほう、法華だな)と聞いていると、どたりと、小岩でも転がすような地響が、俺の
落ちている孔の下まで伝わって来た。
(見事に介錯したな)と思うのと、首というものは二貫匁ぐらいなのに、すぱっと落
とすと、えらい勢いで地面に当り地響きまでするものだと感心した。
 それから淵本半蔵という名前に覚えがあった。憶い出すのに、すこし手間どったが、
壬生の寄手の大将の名前だった。
(そうか。敵の大将が、首なしになるとは、これは味方の勝利に間違いない)
 そう想って気落ちしたのか、俺は立った侭で、うとうとと仮眠してしまったらしい。
 なにしろ昨夜遅くまで掛って、なんとかして晴江を煮干船へのせて下田へ落とそう
と、話し込んでいて、それに今朝は暗いうちから陣鉦で叩き起こされ、寝不足のせい
もある。
「げんぞ、げんぞさま」と何処か遠くで声がした夢心地だった。
(はておかしい。穴の中へ落っこちて呼びかけるのは俺の方である。なのに向こうか
ら声をかけてくるとは奇怪な、狐狸の類ではあるまいか」
 と、もう頭の上の円い空間も真っ暗だったから、俺はそう想った。
 しかし狐や狸でも、尻っぽにつかまれば、この穴から抜け出せるかも知れんと考え、
「ここだ。穴に落ちているぞ」と教えた。
 すると、その声を頼りに近寄ってきたらしく、頭の上の叢が、かさこそと音がした。
「ここだ‥‥」と、もう一度喚くと、するすると何かが下へおりてきた。手ざわりで
は尻っぽのように毛むくじゃらでなく、つるつるした甲斐絹の帯だった。だから匂い
をかいで、俺は嬉しさに、
「晴江」と、吼えるように声をはりあげた。

「----ご無事でしたか」
 見張りの隊員の知らせを聞いて、すぐ駆けてきた土田と岩谷は、両側から、俺を抱
えるようにして歩かせてくれた。
 別に足腰は、どうという事はないが、せっかく気をつかってくれるのだから、好意
は無にできない。なんともなかったが、それでも二人三脚ならぬ、三人四脚で戻って
来た。
「凄まじく戦われたのですね‥‥」
 と岩谷が言うから、何をさしているのかと思ったら、土田が、感心したように、
「顔が真っ赤。まるで素顔が、朱塗の天狗面です」と、しげしげと覗きこんだ。
 そう言われると、せっかく陥穽から出掛ったところで、晴江が感きわまって帯をも
つ手を離して抱きつき、俺が、またすとーんと落ちかけた時にもがいたから、茨だっ
たか棘草に顔をもろにこすってしまって、ひりひり痛かった覚えがある。
 だから、そっと指先を当ててみると、成程べったり血糊がついてきた。棘に刺さっ
てすり剥いただけではなく、石の角ででも切ったのか、まだ血が、だらだらと垂れて
いた。
「もしや、その冑は」
 と岩谷が、俺の冠っているのを訊くから、
「あ、壬生の鳥居勢の寄手大将、御先手頭とか申す淵本半蔵のだよ」と教えてやった。
 二度目に辛うじて陥穽(おとしあな)から這い上がった時、手傷を負った半蔵が甥
の安之丞に介錯させたのを、穴の中で聴いていて、その地響きに感心していたから、
俺は遺骸を手さぐりで探してみた。
 青樹の太いのを、すっぽり切ったみたいに、綺麗に頚は落とされていた。晴江に火
打石をうたせ、付け木の明りで覗きこむと、白い小さな輪が赤い肉から視えるから、
触ってみたら柔らかい咽喉の骨だった。そして切口に冠せてあったのが、この冑なの
である。頭成(ずなり)兜で鉢があまり拡がっていないし、銀の前立が見事なので、
穴の中で兜を欲しがっていた俺は、ついでに頭にのせてきたのである。
「寄手の総大将淵本が討死したと、壬生勢は、初めの勢いも何処へやらで退却しまし
たが、討取って下さったのは、あなただったのですか‥‥」
 あんまり土田が、呻めくように言うものだから、俺は返事のしようもなく黙りこく
っていた。

 第一線の雲雀ヶ丘を放棄して、岩谷のいる第二線まで退がった時、
(陥穽(かんせい)をずらりと掘らしてある)とは耳にしたのだから、よく在り場所や
目印を聴いておけばよかった。だが、俺は気もそぞろで注意もしなかった。
 なにしろ、それを、自分らも第一線で拵えて、放ってきたばかりだったので、
(此処も同じ真似をしてる)と見向きもしなかった。煙管を借りて、得意がって、す
ぱすぱ煙をはいていると敵襲の知らせ。
 第一線では間断なく銃撃して、われわれを追った敵だから、今度も鉄砲攻めかと思
ってる此方を、不意に腋から二百程の槍隊が一斉に突きこんできた。
 敵ながら、意表を衝く見事な采配ぶりだった。
 分散して地物に隠れて腹ばっていた奇兵隊は、度肝を抜かれて右往左往した。周章
狼狽した俺も、敗勢を立て直そうと、槍をかまえて飛び出した。
 そこ迄はよかったのだが五六歩ばかり駈けだしたところですとんと足をすくわれて、
まるで鯨にでも呑みこまれたみたいに、ずってんどうと落っこちた。天狗にさらわれ
て、洞穴へぽんと放り込まれたような感じだった。いくらもがいても這い上がれなか
った。
 暫くして(これは味方が拵えた陥穽だ)と気づいた。が、もう、その時は手遅れで、
ずっと遥か頭の上に地面があって、蔓草みたいな潅木が、空の青味をちらつかせてい
たにすぎない。
 つまり緒戦から終るまで、俺は小半日ずっと、土龍(もぐら)だったのである。だ
からして如何んとしても、見っともなくて、本当の事などは言えなかった。
 だから晴江に顔の傷の手当をしてもらいながら、沈黙を守っていると、さっきから
暫く姿を見せなかった岩谷が戻って来て、
「鳥居勢の総大将淵本半蔵を、奇兵隊長田中源蔵討取ったと、いま代りに報告して来
ました。せっかく獲られた首は、穴の中へ落として拾えないが、証拠には、敵の銀仕
立の兜があると言ってきました。本部でも、すっかり喜んで、取りあえず、あれです」
 と従兵共に担がせてきた酒樽を指さした。
 まるで自分の手柄のように嬉しがっている岩谷にも、やはり本当のことは言えない。
話せば酒がまずくなる。とも思ったりした。俺は困ってしまった。
 だからして、柄杓で口あけの一杯を先に呑みはしたものの、後を呑む気にもならず、
「敵中に紛れこんでしまって、唯一人で、あたるを幸いと、突きまくったので、身体
が骨放れしてしまった」
 と言えば、土田も溜息をつき、
「そうでしょう。一、二、三番隊が集合してる所へ、壬生勢の総突撃。これはいかん
と、脇道から奇襲したのですが、何処にも、お姿が見当たらん。といって、手分けし
て探させるとなると、軍将の消息不明は士気に及ぼす。それで岩谷さんと、内々心配
しながら、一日中、胸を痛めていたのです。そうですか。敵中に取り篭られていたの
ですか。道理で、いくら探しても見つからなかった筈です‥‥がたった一人で敵中に
いたとは剛胆ですな。まあ今後は、暴虎馮河(ぼうこひょうが)の勇は、少し加減し
て下さい」
 などといった。俺はますます弱ってしまって、
「足腰が痛いから」と早々に離れへ逃げるようにして戻ってきた。
 しかし顔の怪我はたいした事はないのに、夜中に熱が出た。赤蜻蛉がすいすい飛ん
でる陽気なので、まだ風邪っぴきには早いから、なんだろうと想った。穴の中は風通
しが悪くて、むしむし蒸され、ぐっしょり汗をかいたから、その所為かなとも想った。
 だが、朝になると、俺より晴江の方が、「まあ‥‥」と仰天した。びっくりしたそ
の顔に愕いて、鏡では小さいから、耳盥に水をはらせて覗いてみると、俺の顔は腫れ
あがって丸くなっていた。茨の中に、かぶれる樹の棘があって、それに刺されたらし
い。でこぼこした痘面(いもづら)が、ぷくっと膨れてまるで南瓜である。

 次の日の夕方になって、熱はどうにか引いたが、まだ腫れ上がった侭の顔で、見っ
ともないから、ぐるぐる布をまかせて寝ていると、
「急な軍議だそうで、すぐ集るようにと、布令がきました」と小姓部屋の者に付き添
われて、岩谷が離屋へ顔を出した。
「いやだね。代理で行ってくれないか」と断ると、とんでもないといったように座り
直してしまい、岩谷は懇願するように、
「でも昨日の合戦で、敵の一手の総大将を討取ったのは、全軍中で奇兵隊の田中さん
だけです。ひとつ出かけて行って睨みをきかせて下さい‥‥なにしろ片倉へ宍戸の殿
さまについて来た江戸の連中や、後から加わってきた水戸城の連中が癪なのです。何
百石取りのご身分かは存じませんが、その横柄なこと話になりません。無禄の者に対
しては、足軽以下だと言わんばかりに、権柄づくの口のきき方をします。是非、実力
者として出席して、彼奴らの鼻の孔をあかして下さい。この通りです」と、掌を合せ
て拝む真似までした。
 仕方がないから出かけていって、軍議の話というのを聴いていると、何処かのお大
名を頼っていってそこで、再挙を計ろうという意見である。
「奥州盛岡の南部太夫さま十万石は、水戸の御親類筋ゆえ、此処を頼る」という陸路
派。
「それよりは船で西国へ押渡れば、備前岡山と因幡鳥取の両池田家当主は、共に先君
斉昭さまのご実子で、吾らも顔見知りゆえ、そちらさまにお縋り申そう」と主張する
海路派。
 二手に別れて喧々号々とやっているのは、俺などはこれまでろくに名も知らない上
士の面々で、太平山以来の全館連の連中はというと、書生など出る幕ではないという
のか。みな隅の方におしやられて、各校の教授方の先生を囲んで、不満そうにみな黙
然としている。だから、俺もそちらの方へ割り込み、
「‥‥あんな何百石どりの連中の身の振り方より、吾々の初期の目的の方を尊重しま
しょう」と、全館連だけ独立させてもいいと話しこんでいる最中に、慌ただしく岩谷
がとんできて、
「‥‥昨日の勝ち戦で気をよくされた宍戸の殿様が、家老の山中新左、菊池側用人、
平井近習頭ら十五人の他に、此方の連絡係大久保甚五、鳥居瀬兵衛まで伴って、向こ
うの大目付戸田五助陣営へ赴れました」と耳打ちをした。
「-----へえ、困った殿さまだ」
 これには、俺も呆れて口がきけなかった。ご自分では談合のつもりで出掛けたらし
いが、二十名たらずで、何万といる大公儀の陣場へ入って行ったら、まあ帰されっこ
はないだろう。
 これまでは、(‥‥水戸中納言帰藩すべき処、此節休暇とり難きと謂う。依って其
方を発遣され候間、速やかに上程致すべし)
 という公儀の御墨付をもった殿様がこちらに居ればこそ、みんな気も軽かったので
ある。
 その肝腎な殿様が、将軍家の御墨付ごといなくなってしまっては(こりゃ支離滅裂
になる)と軍議がおわるのを待つまでもないから、俺は急いで立ち戻って来た。
 すると、二つ巴の紋の幕のところに佇んでいた野良着の百姓が、まるで狗ころみた
いに懐かしそうに俺のところへ走りよってきた。
「西山‥‥じゃないか」
 自分の眼を疑うように、俺は声をかけた。
 この春のこと大谷川へ潜入の時に農家風に扮装しようと、いくら言っても、侍の身
なりを変えたくないと、あくまで我を通した程の男だ。それが、この身なりで来ると
は、よくせき切羽詰ったのだろうと、俺は憐れを催した。
「野口の時雍館は焼き討ちされ‥‥本陣の大沢さんや平の諸沢さんのご両家とも、う
ち壊しでやられました」
 と、まず、俺の母方の親類のことを報告した。
「えっ、何処の藩兵だ」
 思わず聞き返すと、無念そうに、
「額田村の博奕打ち阿弥陀寺の吾兵衛の率いる無頼仲間で『寺門百姓隊』って奴です」
といった。
「そんな奴らに君らがいて、時雍館がやられたのかい」と、俺も唖然として聞き返し
た。
「だって、押寄せて来た奴らは、鉄砲も百挺そなえ、それに人数が千五百。とても歯
が立ちません」
 と西山常蔵は泣きそうに答えた。
 すると後を追って出てきた岩谷が、その腋から、
「ほら七月の末に、奇兵隊の新兵募集隊が宍戸へ行った時、矢の下に陣をはって取巻
かれ、土師村へ逃げた事がございましょう。あの時の敵も、鯉淵村外五十三村の百姓
隊で、指揮してるのは、鯉淵茂兵衛ってやくざの親分だったんです」と口を入れた。
そして、
「市川派は、官学書生派をなくしてからは、無頼の徒まで協力させて吾々に向かって
くるんです」と、いまいましがったが、俺は、
「高橋幸之介の姿がみえないが‥‥」
 と西山常蔵に心配してそちらをきいた。
「高橋は焼き打ちされた時雍館の在校生をひきつれ、いま助川城にきています」とい
った。
「在校生といって‥‥十六才以下は此方へもう加わっているから、それ以下の者か」
 と、俺がきくと、十四、五才から十三才までの少年部の連中だという。そして助川
城(日立市)というのは、もともと水戸主席家老山野辺将監の預り城なのだが、今は
奇兵隊が占領しているというのである。そして西山は、縋りつくようにして、
「早く‥‥助川城へ来て下さい」と俺に求めた。