1021 元治元年の全学連  6

職業的革命屋

 山麓に、普源寺という荒れ寺があった。
 畳はくさって、ふくらんで居た。そこへ乾藁や、筵を入れて、俺達の宿舎にした。
 夜明けに奇襲した強談に、総大将の田丸さまも、びっくり仰天されたらしい。。
「襲ったのが、もし害意のある者だったら、それこそ大変である」と、山麓一帯の警
備を、新入のわれわれに以来された。
「呆れたものだ。あれに懲りて、不寝番の見張りでも出すことか。それはやらずに、
新入隊をよい事に、俺達を番犬がわりに使う気だ」
 西山が憤慨すると、土田が撫めた。
「葵の御紋の幔幕を『権威』というものにして置きたいのさ。夜、あの前に張り番を
出したら、ご威光が薄れて、あすこに住み憎いことになるし、御用金あつめがうまく
いかねぇじゃねえか。それに、山頂の、のんびりした全学連の坊ちゃん連中の側へ、
俺達のような過激を置いて、伝染されちゃあ、まずいから、隔離して下へおろしたの
さ」
と革命に対する学生の運動家と、自分らのような無産階級をひとつに組まないやり方
に批判的態度をとった。
「だが、反って、この方が気楽だぞ。山頂に居てみろ、天・地・竜・虎の四隊と一緒
に、『おい一、二』と訓練されるぜ。小川館道場の師範だった竹内百太郎や岩谷敬一
郎が、事実上の大将の藤田小四郎から、先生呼ばわりされるのを好い事にして、山頂
ではみんなを道場の書生なみに扱って居る。あんなのの言う事を、はいはい承ってい
てみろ、しゃちほこばって肩が凝るわい」
と欠伸まじりに両手をつっぱって、高橋が言えば、
「違いない」「違いない」と隊員達も、みな手を叩いて庫裡から出て行った。
「‥‥ところで、金員はあといくら残っています」と、俺と二人きりになると、憚る
ような口吻りで西山が聞いてきた。

 二十五両包みを一つ受け取って帰って来た時、百人に分けたら、一人頭は一朱にな
るから、そのまま分配するものと思ったら、土田は、一両金を五枚だけ銭に両替して、
隊員には一握り、幹部には天保銭の当百を十枚ずつ渡した。俺は大将だからといって
五枚余計だった。
 みよから後で聞いた話では、土田は、立替えさせ分も全部書き出させて、それを一
両三分二朱と端数をまけさせ、一応は清算してくれたそうだ。しかし、文字のない小
娘に、受取りまで書かせたそうである。みよは金を貰ったことより、それに腹をたて
ていた。
 その話をきいて、見かけによらず銭勘定の固い男らしいから、それ以来俺は土田に
委せっきりだ。
 それだから聞かれたって、残高など知りようもなかった。
 もともと、俺は、耻しい話だが、江戸や京師では先生の当てがい扶持。戻ってから
も母から百と二百の小遣いをもらって済ませている。
 なにしろ当百を十五枚も渡されたので、すっかり有頂天で、まだ手つかずに胴巻へ
入れて、ずしりと腹へくる重味をたのしんでいる有様だ。
 そんな具合だから、二十五両がいくら残っているか、西山に聞かれるまで考えてみ
たこともなかった。
 寺へ移ってから、莚と、寝茣蓙を買ったり、米、味噌の他に、乾鰯も五俵買込んで
いた。
 朝飯に米飯を喰わせ、汁には鰯が入っているから、隊の者は、みな喜んでいるよう
だったが、喰い扶持だけでも、大変だと俺は思っている。
 古槍を荷車に積んで、今市から売込みにきた商人がいる。全員に槍をもたせたい西
山の意向で、値切りはしたが、その時も、みんなで四両二分ぶらいは払っていたよう
である。 俺は根が単純だから、初めのうちは「二十五両を何故一朱ずつ、等分に配
らないのか」と不審に考えていたが、後からの色々の出費を眼の辺りに見せつけられ
ると、なる程うなずくばかりだった。
 そこで、
「‥‥何を買うんだね」
 聞かれた俺は低い声で尋ねてみた。金を出した時、あの藤田小四郎の切なそうな顔
を憶い出して、なるべく銭は使わんでほしかったせいもある。
「隊員に、揃いの衣装をひと揃い。それに、鉄砲が十挺は欲しいですなぁ‥‥」西山
はいった。
 思いの外、盲縞をきたり、みな服装はまちまちである。ひどいのになると布子では
なく、藤蔓とおがらの混ぜ織や、紙子の渋染めをがさがさ着てる者もいる。
 だから、みんなに揃いの衣服を着せたら恰好がよかろうとは、俺も想う。
 だが、このことを土田に相談すると、
「とんでもない事です」と眼をむいた。
「二枚や三枚なら共柄を、古着屋で探せない事もないでしょうが、百枚ともなれば、
紺屋へ別誂えしなければ、とても揃いません。それは、とんでもない物入りです。鉄
砲だってそうでしょう。恰好だけなら、古物屋へ行っても、まぁ間に合うでしょうが、
そんな下手物を使ったら、いざという時は銃身がはじけてしまう。元込のヘーゲル銃
なら申し分ないが、これは長崎の浜渡しで七両二分。まぁ俗にいう間男代と同値です。
ここら辺りで、江戸から取寄せたら十挺で、ざっと百両相場だと想います。ちょっと
手の出せる金高じゃありますまい」
 言葉使いは叮寧にしてるつもりだろうが、(この世間知らずめ)と言った顔で、俺
を見返した。
 しかし、俺は立場からいえば、まだ二十才だし、山頂の書生派。つまり藤田のいう
「全私学連合」略して「全学連」に属する方だ。三十男で無産派代表みたいな顔をし
て、大和の五条やあちらこちらで革命屋をしてきて世馴れた土田とは訳が違う。しか
し、西山には舐められぬように、
「お前さんは、ものの相場を知らなさすぎる。揃いの衣装は別にして、鉄砲や好い物
なら十両はするじゃねえか。もともと切餅一つが身しょうだ。二十五両のもとで、い
くら残っていたら、十両もする鉄砲がどうして十挺も買えるんだい。馬鹿も休み休み
言ってもらいたいねぇ‥‥俺が年若なので、からかって居なさるのかと黙っていたが、
どうも、お前さんは、そんなお人じゃねえようだから、教えてあげる。まあ、よく勉
強してくれんといかんね」
と此方が大真面目に好いとこ見せようと受け売りしているのに、西山は別に照れもせ
ず、うなずいて聞いている。だから、俺の方が巻き舌で喋舌るのに照れてしまって、
「‥‥話が判るのかい」
 呆れて肩を叩くと、槍の名人の西山は、すかさず目玉をむいて、
「大将も判ったようで、訳のわからぬお人です」と逆襲してきた。そして、
「新型の銃の相場はそんなものでしょう。だが、わたしゃ、なにも八両も十両もだし
て、そんなのを十挺買ってくれとは、初めっから言ってません」と、こうきた。
「だったら、尚更いかんな。雑賀だ国友だといった火縄銃の古物なんぞは、てんで危
なくって使えねえよ。槍は古物でも研げば使えるが、鉄砲はそうはいかねえ‥‥お前
さん貧乏庄だよ。古物屋ばかりを漁りたがる」
「判っちゃいませんね。てんで此方の話をろくに聞こうとなさらず、大将は自分の一
人決めで喋舌っていなさる。どうも書生上りの学生さんは困る」
 むっとした口調で、声を高くしたから、
「どうしたんだい」と高橋までが側へよって来た。
「好いことだ。あんたも、助けて下さい」
 西山は早速、加勢を求めた。そして、
「十両で鉄砲が十挺も入る話なのに、この大将は、てんで頭から話を聞いて呉れない
んです」と早口で訴えた。しかし高橋も、
「そりゃ当り前だ。一両ぐらいの鉄砲なんてのは、雀おどしにもなるまいが‥‥いや
だねえ。そんな無駄づかいは‥‥安物買いの銭失いって奴だよ」と相手にしなかった。
だから、
「そうかね。説明の仕方が悪かったらしいですね」
 高橋に言われて西山も苦笑いした。そして、
「実はこの前、槍を買ってやった古物屋がきて、鉄砲の出物があると言うんです。一
挺五両だと、もっともらしい値をつけるが、どんな代物か得体が知れないので、相手
にしませんと、『いま現に使用中の物だから大丈夫。責任はもつ』とこう言うんです
よ」と、判りやすくいった。
「ほう五両に値上がりしたら、話が急に、まともに聴けるようになった」
 顎の傷痕を逆撫でして、高橋も俺を見ながらへらへらした。
 しかし西山常蔵という男は、ご領内西郷村の地方の素性だが、四年前に「井伊大老
を討つべし」と長岡屯集に加わって塩子村に匿れた一味で、その後は文久元年五月に、
有賀半弥らの伴をして、江戸高輪の東禅寺へ乱入しかけた事もある。
 だから、高橋にそう言う口のきき方をされると、さすがにすぐむきになる。
「‥‥いま鉄砲を使ってる所というと、大谷川の対岸に陣場をもつ諸藩の連中でしょ
う。その中で脱走したい奴らが鉄砲を金に換えて、それで逃げる気だと、早速私は感
づきました。代々の藩士なら、そんな事もないでしょうが、ふだんは鉄砲隊なんぞ揃
えて居なかった小藩が、この騒動で他への見栄か釣合いで、無理して鉄砲は揃えたが、
さて射手が藩内にいない。そこで好い条件で経験者を他から狩り集めて来たところが、
相手が払いが滞るし。御内緒の苦しい藩では、最初の条件の半分も出さぬらしい。そ
こで向こうっ腹を立てた連中が脱走。未払いの手当のかたに預かっている鉄砲を売り
飛ばそうと、企んだ始末なんでしょう‥‥だが、品物が品物ですから、何処へ持って
行っても、すぐ金に換えられるというものでもありません。話を持込まれた古物屋で
も、はける見通しが立たねば、うっかり仕入れは出来ません。それで注文取りに、此
方へも来たのですが、私は断ってやりました」
と西山は、そんな口をきいた。
「へぇ‥‥」と、俺と高橋は顔を見合わせた。
 すると西山がいうのには、
「鉄砲足軽の手当は、他の三倍から四倍と言っても、せいぜい月一分どまりでしょう。
それなら、まる二月分手当が貰えんでも二分でよいわけです。玉薬や合ねりの付属一
切をつけさせても、こりゃ一両も出せば、恩の字じゃないですか」
と細かい話をした。
 つまり西山の計算は、相場がいくらとか、もとがいくらというのではない。つまり
買手の立場よりも、売手の具合での算盤が弾き出されている。まぁ勘定としては合う。
「成程、一両以下で手放すだろうという当てがつけば、何もそれを五両で話されても、
断る他はないだろう」と、俺もやっと合点した。
 つまりなんの事はない。西山に、とことんまで喋舌らせて、ようやく納得のついた
俺と高橋は、遅蒔きながら二人して、
「‥‥面白い話だ」と手をうった。だから、
「俺も血の巡りの好い方ではないが、あんたも、それにしんにゅうを掛けていますね」
と汗をふきつつ、高橋に向かって西山はぶすぶすした。まるで、今さら賛成されても、
手遅れだと言った顔つきである。そして、
「鉄砲はいいなぁ。なにせ槍だけじゃあ、さまにならねえ。今時、あれが揃っていな
いと、おっ耻しいみたいなものだ」
 古槍をやっと揃えて隊員に持たしたばかりなのに、西山がしゃあしゃあと言うもの
だから、気を悪くしたとみえて、高橋は、恨めしそうに俺を見返して黙ってしまった。
 そこで、六角堂の掃除に行っていた高木達が立ち戻って来た。
 宿舎は今迄通りでよいが、隊本部には恰好がつくまいと、大山寺の上にある連祥院
の建物を、田丸さまが借りて呉れたのである。其処は正面参道の左に位置して、裏坂
の入口にも当っている。だから太平山の要地で、見張番には申分のない場所なのであ
る。
 だが椎茸が重なり合って生えているような六角堂の建物の屋根の恰好と、門前町に
なって餅店や蕎麦屋が向え側に店をあけているのは、俺は余り気にくわなかった。
「うまい団子でした。一皿二十六文です」
 案の定、もう高木たちは喰って来て居る。
「困ったねぇ。喰い盛りの若者は、あんまり六角堂の方へは伴っていけないね」と、
俺は心配した。すると、
「そうですね。小遣いがいりすぎる心配があります」
と自分たちも若い癖に西山や高橋もそれを一緒になって案じだした。大なり小なり気
苦労は、やはり銭の事なのである。

「駄目だ。そんな勝手な事はやめてください」
 喚きながら土田は、出した縞財布を取戻そうとした。俺は取り上げたものの弱った。
 しかし忠義だてして両脇から西山と高橋が、土田を挟みこむようにして邪魔だてを
した。
「‥‥鉄砲が欲しいのは判るが、その九両二分は、隊の有金全部だ。それを他に流用
されては、隊員たちは賄ってやれん。離して呉れ」
 穏厚な土田にしては、珍しく怒気をはらんで、二人を払いのけ、俺にも喰いつきそ
うな勢いである。
(考えのない事をしてしまった)と、俺は参ってしまった。(一両で鉄砲が十挺ぐら
いは購えると、西山にいわれて、つい、その気になって、土田から財布を取り上げ)
その後で、話をしたのだから、土田が怒り出したのも無理はなかった。
(どうしようか)と、俺が眼顔で相談すると、西山達も、(仕様がない。仲間割れし
てまではやれぬ)といった顔で、またむしゃぶりついた手を土田から離した。だから
して、
「まあ‥‥なんとか勘考しましょう」土田も妥協はした。
「そうしてもらうと助かるよ。米の飯も大切だが、鉄砲もないと、間が抜けちゃうか
らねぇ‥‥」
 とりなし顔で、吻っとした俺も皆に笑いかけた。
「よろしい‥‥大将を信用して、財布ごと預けよう。何挺手に入れてくるか判らんが、
皆にひもじい思いをさせたら、これは責任ですぜ‥‥まぁ、その時は、蕎麦屋の娘に
また苦面させるか、山頂の本陣へ大将に金の算段に行ってもらいましょう」と条件つ
きで土田は戻された財布を、改めて、俺につき返してきた。
 言われて、俺は承知したが、そうなると鉄砲を求めに、西山一人をやる訳にはゆか
なくなった。どうも行き掛かりで同行せざるを得なくなった。すると、
「二人じゃ重荷だろう。俺もついて行こう。土田さんなら一人で留守させても、俺ら
の三人前はある。さっきの怒鳴った声なんか、家鳴りがしたぜ」と、残るのが照臭い
から、高橋が妙な賞め方をした。
「仮初にも、此方に対して陣ばりしてる向こうは‥‥敵軍だ。三人も揃って行っては
怪しまれるぞ」
と土田が心配して止めにかかったが、
「だって鉄砲十挺を、とても二人じゃ持てません」
 残されては耐らんと、高橋が言いはった。
「‥‥ところで、身なりはどうする。百姓姿の野良着でも借りさせて着てゆくか」と、
俺が言うと、周章てて、
「とんでもない。そんな無腰で行って、もし万一の時はどうします。生捕にされます
るぞ‥‥」
 いつも手許に置いてる朱塗の管槍を持って行きたさに、西山が、それには首を振っ
た。
「野良着でも連雀か背負篭を肩につけて行けば、その中へ刀なら隠してゆける」と土
田に言われても、西山は、それでは槍が持って行けぬとばかり承知しなかった。
 せっかく纏まりかけた話が、今度は出掛ける扮装でもめた。だが誰かが考えても、
敵陣の中へ、この侭の姿で入って行くのは無謀である。それなのに、みな見栄っぱり
なのか。
「なにも‥‥敵情を探りにゆく役目じゃないから、この侭で行っても、もし万一、見
つかりそうなら、中途でやめれば済むではありませぬか」
と、脂光りをした黒木綿の肩をはって、高橋も譲らない。依怙(えこ)地にもみえる
が、ひとつ間違えば、命にかかわるのだから、使いなれた槍を持ってゆきたいのも無
理はない。
「待て、思案がある」と、土田が聞きかねて、また銅鑼声をだした。
「五条で旗あげした時、鞍馬山の修験者たちが混じっておった。それが、殆ど山国部
落の花背峠の者だったから、笈に天狗面を一つずつ付けておった。よって暗くなって
から諸方へ連絡にゆく時は、いつも天狗面をかむって行きおった。奇妙な話だが、あ
の面をつけて行くと『魔除け』になって、道中安全の護符になるそうだ。そのせいか
五条では、花背の者は一人も危害をうけなんだ。ひとつ、あの戦例をお真似なさい」
と立止まって、紙燭をもって本堂へ行った。
 何処で見つけて蔵っておいたのか。土田は天狗面を五六個重ねて持出してくると、
「ほら、これさえ顔につけて行けば、絶対に安全だから、堂々と槍も刀も持ってゆけ
るというものだ。霊験あらたかなものだから安心なさるがよい」と四角く座ってよこ
した。
「‥‥ほう」と有難がって受取ったが、天狗面は木彫りでなく、粗末な紙面だった。
それも古くなって貼重ねの紙がめくれ、しみで色も変わっていた。それに、
「くさい。鼠の小便臭い」と、西山が汚そうに摘みあげて呟くのを、
「勿体ない」と土田は押さえつけ、
「これは、大神楽をあげる時に、群舞用に冠った物でしょう。汚染がひどい程、それ
だけに神前に奉仕した数が多いことを語るものです。ご加護が多く御利益の多い尊い
神面を、端下なく、とやかく言わんもんですぞ」と、しかつめらしく叱った。
「本当に、この面をつけて行けば、お守りになるんですね」と高橋は、念を押してか
ら、まるで苦い薬を我慢して呑むように、面を辛そうに顔に当てた。仕方がなさそう
に、西山も、くんくん鼻をならして、臭味の少ないのを選んで冠った。
 ずっと揉め続けだったから、俺も、うんざりしきっていた。しかし、これだけごた
ついて別の日に出かけるのも、また厄介と思ったから、残った天狗面を頭の上へのせ
るようにつけると、
「じゃあ善は急げで、今から行くとするか」
と、二人の天狗にいった。なにしろ、てんでに言い分がありすぎて纏まりがなさすぎ
る。
 しかし、この時ばかりは、三人とも、やはり恰好がつかず当惑していたのだろう。
「よろしゅうござる」とすぐ賛成した。しかし、
「‥‥うん」とは言ったものの、俺は内心では、この鉄砲集めが終ったら、山頂の藤
田小四郎の方へ転籍する気でいた。
 なにしろ俺のような書生っぽは、本部の藤田小四郎の仲間の水戸全私学連の方の系
統に属するべきが正統である。この事は、これまでも、藤田当人にも、竹内先生にも
話してある。だが山頂では、
「あの百人は、あれは職業的革命屋といった連中で、土田衡平なんていうのは、長岡
藩の河井継之助と昌平校の古賀塾で同門だった程の者で油断も隙もならない他国者だ
‥‥吾々が旗上げしたのは、田丸さんや武田耕雲斉といった先代斉昭公側近だった老
人連中の勢力捲き返し作戦に協力しているのが眼目でもなんでもない。唯、いまは利
用しあっているにすぎぬ。‥‥吾人の主趣(しゅし)はあくまでも、小川館をはじめ
水戸領内二十六の私学校の待遇改善である。「全私学連合」という旗印のもとにこそ、
各郷士の道場から竹の桶胴をつけて若者が集ってきているのだ。それを職業的な革命
屋に利用されてはならない。田中君は水戸人として、彼らを見張る為に、その隊長に
なっていてほしい。牽制策である‥‥君ならばできる」
と、言いくるめられて、そのまま「田中隊」を組織しているのだが、二十才の学生の
俺と三十すぎの土田衡平や、その他の髭の濃いやつと巧くゆきっこはない。
 隊員の中でも、初め知らずに紛れこんできた館や道場の私学畑の者は、みな山頂の
全学連へ移っていて、田中隊で、書生っぽは俺一人きり。あとは無産大衆の大人ども
である。
「こんな厄介な隊の大将なんて真っ平だ」
と、俺は鉄砲さえ揃えたら、それを置土産にして、山頂の書生連中の方へ鞍替えの肚
だった。


天狗面を冠れば

「ほら、お社の前に立っとる鳥居の絵旗が‥‥見えるだろう。あれが壬生藩三万石の
鳥居播磨守さまの御陣所だ。なにしろ、鉄砲名人の松本省庵という藩士がいたが‥‥
先代丹波守さまが、漢学の林大学頭と縁辺で、水野越前が老中になっていた頃には、
一門の鳥居耀蔵なんてのが、お江戸町奉行になって、蘭学者を片端から召捕ったとい
う御血脈だ。だから洋式鉄砲嫌いな家風では名人の松本も御払い箱になって浪人し、
今は尾張様に高禄でお召抱えという有様だ‥‥だから此処はこの土壇場へもってきて
も、鉄砲は邪魔扱いされているらしい。それで、狩り集められた連中が『面白くもね
ぇ』と脱走を計って居るのさ‥‥」
「しーっ」と高橋が止めなければ、西山のことだ。気が向きだしたら、油紙に火がつ
いたみたいに、何時はてるともないお喋舌がまだ続くのだろう。
 壬生藩の手前は、穴明銭と、才槌丸の旗印。
 つまり結城一万八千石の水野日向守と、下総古河の土井大炊頭の御陣屋である。
 が、半月峠から山の裾を縫って細尾へ出れば、清滝の瀑音にまぎれて安全だろうと、
大谷川を泳ぎ渡ってきたので身体が水をすっている。三人とも歩くたびにぼたぼたと
まだ水気が垂れ、裾が重たい感じである。
 しかし水戸義軍が東照宮の日光山から、別院の栃木太平山へ逃げ込んでこれで二月。
一度も出撃して来ないから、どこの陣屋もお義理に出張っている恰好で何処もみなみ
っそり鎮まり返っていて、有難いことに見張りも出していないらしい。
 河原の岩角に廻ってひとまず一服をした。西山は、そこから葭っ原を一人で潜って
行った狗みたいに四つばいになると、杉板葺の陣屋へ近づいてゆき、ポンと石を放り
こんでから、
「道具屋の‥‥使いの者だが‥‥」と、河原に身体を伏せたまま、呼ばわってみた。
 するとうまく合図が、相手に聴こえたらしい。
 暫くすると、跫音を忍ばせて、どかどかと黒い影が、やはり這い出してきたようで
ある。
 西山は、彼らと話し合うと、今度は小走りに岩蔭へ飛込んで戻ってきた。そして、
「玉薬共一挺一両で話はついたが、(鉄砲をなくしては、後からの詮議がうるさいか
ら、ついでに一緒に連れ出して逃がしてくれ)と条件をつけられた」と早口で報告し
た。
「仕方がない、連れて行こう。愚図ついてもいられまい」
 高橋は言い残すと、浅瀬をみつけて裾をまくって水に入った。連れて行くのなら金
の勘定は対岸でよいだろうと、俺も、その後を追った。
 石の上を渡ると膝ぐらいだが冷たかった。
 清滝の背中合せに、般若滝、方等滝、裏見滝。左右に、華厳滝、慈観、寂光の滝が
あって、ごーごーと水飛沫が岩にくだけて、しーんとした夜気を、この一角だけは、
覆すように轟音で掩っているから、多少の物音は、それに遮られてしまう。とはいう
ものの、水流の激しい大谷川を渡りきるまでは、後から追ってくる西山や、脱走して
くる連中の事が気にかかって、なんとも無気味だった。
 浅瀬をわたったつもりでも、また、ずぶ濡れになった。俺が川を渡り終えると、丁
度半円の月が、薬師岳の上で、薄っぺらに透けて視えていた。
 河原から山道へ入って、南天木立の蔭で、
「寒い、風邪をひく」と脱走者の一人が、枯木を集めてきて、火をつけた。枝の多い
潅木の下だから、煙たかったが、早速、濡れた衣類を、その上にひろげて乾した。
「川にそって歩いていけば、右に赤城山。左に桐生の町が見える」
 一両ずつ金を渡して、別れようとすると、
「あんたらのところへ、暫く匿ってくれねえすか」と髯面の一人が言いだしてきた。
 他の者も、同じような事を口々に言った。
「なんせ、お手当も頂けねえし、くそ面白くもねえから、飛び出してきたが、鉄砲を
持出してきて、金にしちまえば、捉まりゃ泥棒扱い。どうせ首と胴はお別れかも知れ
ねえす。道を教わったって、逃げ通せるかどうかも判らねえのに、てくてく行ったっ
て無駄な話だろうじゃござんせんか‥‥なら、役人がいなくて、一番よい隠れ場所と
言やぁ、なんと言ったって、水戸っぽが頑張ってる太平山だ。ほとぼりがさめる迄、
置いちゃくれねえすか」
 自分達を連れ出したのが、古道具屋の手の者ではなく、水戸幕府の兵隊だと気づい
た喰い詰め者の連中は、焚き火で身体を温めながら交渉してきた。此方は急いでいる
のに、妙に落ち着き払っていた。
 俺は、先刻からまた悪寒がしてきて、気分が滅入りそうに重かった。だから一刻も
早く引きあげて横になりたかった。それなのに脱走の八人ときたら愚図々々と、あく
までも言いつづけた。
「うちの隊だけでも百人はいる。そこへ、この八人が増えてもたいした事はないでし
ょう。連れて行きますか」
 なかなか、鉄砲を渡そうとしないから、西山が業を煮やして言った。
「その代り、匿い賃をいくらか出してもらおう。なにしろ八人とも、俺たちより金持
なんだ」
と高橋が言い出し、
「一人あたま、一分っつも貰えば、しめて八分は金二両。それだけでも返してくれて
金を残して帰れば、土田さんが喜んでくれる」と口にした。
 ところがこの話が、脱走たちの肝[癇]にさわったらしい。
「古道具屋の買値だって‥‥二両と値踏したものを、直接、買手のあんたらが来て一
両と言う。無法とは思ったが、一緒に逃がしてくれよう。匿ってもらえると思えばこ
そ、それでも手をうったんだ。それをまた、一分っ値切って三分に叩こうとは、阿漕
ってもんだ」と伝法に絡んできた。
「‥‥そうか。じゃ勝手にしな」
 熱っぽく、いらいらしていた。俺は、がやがやとあまりうるさいから、怒鳴りつけ
てやった。もちろん脅かしただけのつもりなのに、
「そうかい」髯男が、憎々しげに言った。
「じゃ、勝手にさしてもらって、話はご破算だ」と腰をあげた。そして、
「‥‥えっ」と仰天する西山を尻目にして、脱走兵たちは、確りまだ握りしめていた
鉄砲の火縄に、たき火の小枝で点火した。
「あんたら三人を、ここで撃ち殺しちゃあ、夜討ちをかけてきた水戸っぽを、討取っ
た事になって、御褒美もんだが、そこまではしねえよ。その代り首代に、ここに出て
いる小判は、みんないただいて行くぜ。まあ大谷川の浅瀬を教えてくれて、無事に脱
走させてもらったから、こんな端金でも堪えてやるんだとでも解釈しな」
 銃口を此方へ突きつけながら、八人は一団になって立ち上がった。こうなっては、
もはや押さえがきかない。
「鉄砲さえ持っていりゃ、大公儀お見廻りに捉まったって『怪しい者を追跡中』と答
えて、済んでしまう。まぁ桐生か前橋へ出て、ゆっくり鉄砲を売りゃ三両にもなるだ
ろう」
 鼻先でせせら笑って引き揚げて行くのを、俺も見送るしかなかった。
 火縄の点火が蛍のように揺れて、遠ざかって行くのをいまいましがったが、此方と
しては処置もなかった。なにしろ向こうは鉄砲である。
「ひどい野郎だ。あんなのを連れて帰ったら、この先、どんな目にあうか判ったもん
じゃない。九両だけの損ですめば、まぁ好かったというもんだ」負け惜しみを、俺は
言った。
「そはゆかない。鉄砲は一挺も手に入らず、おまけに隊の有り金を残らず脱走兵に巻
き上げられましたで、それで帰れますか」
と西山は、吾に返ったように管槍を抱えこんだ。夜目にも凄まじい形相をみせていた。
「俺も行く」高橋が一緒に喚いた。
「八本の鉄砲の筒先をつきつけられて、さすがに俺は腰をぬかしたが、もう尻の蝶番
が元に戻ったらしい。追い駆けよう」と息まいた。
「うん。彼奴ら周章てて山道を登って行ったから、この下の欅林から沢を抜けて行き
ゃあ、此方が先廻りになる。二、三人も早いとこ突き殺せば、他の奴はお手上げだろ」
「そうだ。西山の言うとおりにやろう。脇目もふらずに何人でも突き立ててやるんだ」
と高橋も言った。
「だが撃たれるぞ‥‥相手は飛び道具。しかも喰い詰めのあぶれ共なんだ」と愕いて、
二人をなんとか思い止まらせようと、俺は必死に止めに廻った。
「撃ち殺されるのは覚悟の上です。だが、あんな屁みてえな奴らに、まんまと一杯喰
わされたとあっては、明朝出てくるお天道さまに顔向けも出来ません。此方が殺され
る前に、たとえ二人が三人でも突き殺してやらねえと、肚の虫がおさまりませんよ」
と西山が駆け出す後を高橋も追った。だから、その後を、俺も小走りについて行くと、
「‥‥あなたはいけない。お戻りください。なにしろ向こうは飛び道具だし、あぶれ
者のごろつきなんだ‥‥私らみたいに諸国浮浪の輩とは、どっこいどっこいの相手だ
が‥‥あなたのような学校出の向かわれる奴らじゃない」
 振返りざま、高橋が剣突をくれるような止め方をした。そして、
「三人揃って戻らず仕舞いだったら、まるで隊の有金を拐帯して逃亡したみたいに、
土田さんが歎きます」ともつけ加えた。
「まさか‥‥」俺は否定した。そして、
「土田が、そんな事を思うとは考えられないが‥‥そこまで心配するんなら、いっそ
のこと、すこし濡らしてしまったが、土田が渡してくれた張りぼての面をつけて死の
う。おかしな恰好で死んでりゃあ、自然と百姓や樵夫の口から伝えられて、土田の耳
へも届くだろう」と、俺が息まくと、
「そりゃいい、天狗面つけて死んでりゃ、きっと噂になって、太平山まで聴こえるだ
ろ」
と二人共うなずいて、すぐさま油桐紙をひろげて、
「よっしゃ」と、濡れた天狗の面をかむった。
 が、こうぞの紙質がとけかけていて、べったり頬に吸いついた。臭みがぐっと鼻を
ついたが、今はそれどころではなかった。
「じゃ行こう」
 俺の熱っぽさも悪寒も、知らぬ間に吹き飛んでいた。西山と高橋が二人ずつ倒して
死ぬのなら、俺だって、先廻りして待伏せだ。きっと残りのごろつきを全部かためて、
撃ち殺される前に仕止められるだろうと思った。
「さあ、三人揃って死なば諸共‥‥行くか」
「おう」と、鬨の声をあげ肩を組むように身体をつけながら、犬わらびや忍草の繁茂
した沢道を一目散に駆けおりて行った。