テーマ:歴史に学ぶと危険

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お名前: 広嗣
 「Boy」というと日本では普通「少年」と訳しますが、アメリカ英語では少年に限らず「boy」を使うようです。その意味でクラークが「boys」と呼びかけたとしても、単に「(生徒)諸君」くらいの意味しかなかったのでしょう。逆にイギリス英語は少年や用事にたいしても「man」を使う傾向があるという話を聞いたことがあります。


 前回の補足ですが、「boys, be anbitious」が本当にクラークの言葉だったならば、「be ambitious, boys」だった気がします。


 これ以上書くと暗ーくなるかもしれないので、おーしまい!


[2004年09月28日19時49分]
お名前: 広嗣
 きのうの朝日新聞「be on Saturday」に「boys, be ambitious」のコラムが載っていて思わず苦笑してしまいました。

 伝えられているところでは、1877年4月16日、現在の北広島市にあった駅まで見送りに来た10名ほどの生徒にW.S.クラークは馬上から「有名な」言葉を発したとされています。聞き流した人も多かったものの、少なくともその内の一人大島正健が感銘を受け、時を経て母校の札幌農学校の教授を去らなければならなくなったときの講演でこの言葉を紹介したことが、後世に伝わることになったとか。

 「Boys, be ambitious」には二人の発言者がいることになります。一人は「発言者」とされるW.S.クラーク。もう一人は「紹介者」の大島。クラーク本人の言葉としても、「ボーイズ、カンマ、ビー、アンビシャス」と言った訳ではないから、本当は「boys (should) be ambitious」かもしれないし、英語の人称代名詞の使い方から「you (should) be ambitious」だったかもしれません。恐らく「boys, be ambitious」と言ったのは、大島の方であり、クラークの言った言葉を講演に合わせて大島風に言ったものなのでしょう。


[2004年09月26日00時44分]
お名前: 広嗣
 訂正です。「Ambicious」は「ambitious」の間違いでした。因みに「ambitious」の元になる「ambition」は、良くも悪くも「大望」、「野心」、「野望」に当たるとされています。語源はラテン語の「歩き回る」という意味だったそうで、元老院か何かの選挙で票を獲得するために候補者が(?)奔走したことに由来するそうです。


[2004年09月25日01時57分]
お名前: ヘイ
えー、歴史関係でいいますと、「歴史はくりかえす」なんてのがありますね。これとは若干考え方が違うのかもしれないけど、「歴史は風化する」なんて言葉もありそうですね。

まあ、そんしさんの趣旨とは違うのは確かなんですが・・・。

広嗣さんのいわれる「少年よ大志を抱け」ですか、この当時の生徒さんは型にはまりすぎる、あるいは自己主張の乏しい人材が多かったんでしょうかね。


[2004年09月24日23時05分]
お名前: 広嗣
 偏向や偏見のない歴史認識がないのと同じく、「教訓」も、良く言えば受け手の主観、悪く言えば偏見により作られるものです。

 「Boys, be ambicious」という言葉があります。普通「少年よ大志を抱け」と訳していますが、まさかウィリアム=スミス=クラークはこれだけ言って去っていったわけではないでしょう。日本の生活に順応し過ぎて演説が下手になってやっとこれだけ言えたとか、荷物を纏める時間さえ与えられずに去って行くクラークに1970年代の青春ドラマさながらにクラークを慕う生徒を前に一言言って去ったとか、「お別れパーティー」で生徒に「先生、何か一言」と言われて言ったというのでなければ。恐らく「諸君には大志を抱き・・・であることを願っています」とでもいった話で生徒の印象に残った「boys, be ambicious」が一人歩きしたのでしょう。

 「歴史の教訓」からは離れると思いますが、前々から感じていたことを書いてみたくなりました。(__)


[2004年09月24日02時09分]
お名前: 座敷わらしくん
わーい 大御所様の登場だ〜 (^。^)

[2004年09月20日13時03分]
お名前: そんし
「歴史に学ぶ」というと、われわれは、過去の歴史を教訓として今の生活に生かそうとする行為と受け取ります。

しかし歴史の真実というのが実に疑わしい。たとえば今の政治を数百年後に伝えるとして、何が歴史の真実として伝えられるべきかを考えただけでもわかる。伝える歴史的事実は同じでも、解釈のなんと多いことか。たぶん国民の数ほど多いのでないでしょうか。

ひとは疑いもなく自分の都合の良い解釈をしがちで、それを歴史の真実として他の人に伝えようとする過ちを犯します。「歴史に学ぶと危険」という私の歴史に対する基本主張でもあります。

とくに為政者が「歴史に学べ」というと、それは、人々を為政者に従わせる手段として、歴史歪曲をおこなう事が常です。特攻隊を正当化しようとすれば「楠木正成の七生報国」を歪曲し、福祉予算を切り捨てようとすれば「米百俵」を歪曲します。

為政者だけではありません。人々はどうしても歴史の教訓を創作したがるものです。人を説得するのに、自分の言葉とするより、歴史の事実が教えてくれると説得した方が、説得力があると思うからです。民話、伝承の大半がそうでしょう。だからその場合、われわれは、それを歴史の真実として見るのではなく、そういうふうに伝えようとした伝承者の心を、まなぶべき教訓とするべきでしょう。

[2004年09月20日08時15分]
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