テーマ:佐村河内守作品は本人作ではない

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お名前: そんし
私は「桜、ふたたびの加奈子」の時は、褒めているんだかけなしているんだか、わからないコメント書きましたが、やはり感じていた違和感は、そのまま当たっていたみたいですね。

頑張って、とてもわかりやすい、いい曲を作っているとは思いましたけれど、典型的なショパンやシューマンなどが活躍していた当時のロマン派ベタな音楽をコピーしたような、職人技としてはすばらしく良く出来た作品ですが、芸術作品と呼ぶには、あまりにモノマネという印象がありました。

「本当に(ベルリンフィルに)持っていったら、えっ黒人が演歌を完璧に歌ってる?みたいな変なウケかたをしそうな、ひどくいやな予感がします。」
と書いた予感は、ベルリンまで持って行くまでもなく当たってしまいましたね。

職人のゴーストライターがそこそこの仕上がりになるように作ったわけですから、無難に仕上がっているのは当然の話で、芸術性を感じないのも当然だったというわけです。

でも、佐村河内守作品ではなかったとわかった途端に、昨日まで絶賛していた人が、評価を変えてしまうのは、結局は、たいした感性もないのに、障害者に対する哀れみだけで作品を持ち上げていただけ、といわれても仕方がないでしょう。作品の中身が変化したわけでは無いのですからね。

ゴーストライターに金を払って作品を買い取り、自作として発表しただけのこと。佐村河内守が、自分の障害を売り物にして商魂たくましく金を稼いでいた話に過ぎません。ファンが夢を醒ましてしまうようなバレかたをするのは、よくありませんが、だからといって批判される筋合いはありません。

自分の著作本を発表したアイドルが、インタピューで、どんな内容なのかと聞かれ、「わたしもまだ読んでいないのでわかりません」と答えたという有名なエピソードがありますけれど、ファンなら、そんなもの百も承知で買うのですから、別に何の問題も無いはずです。

「たしかにあの作品は他人の作品だったけれど、それ以外は自作だ」とか「記譜を委託していただけで作品は自作の物だ」などと強弁しはじめるのが、こういうことがバレたとき開き直る人の特徴ですが、彼もまた、そんなことを言いだすのだとしたら、わたしも擁護派から軽蔑派に転向するでしょうね。

そんし

[2014年02月05日15時46分]
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