テーマ:ドラマ】足尾から来た女

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お名前: 広嗣
 谷中村は現在では栃木市の一部になっていますが、東京都に住んでいると足尾との位置関係がよく分かりません。「車で二時間以上かかる場所」で遠いんだなと感じる位です。

 今ではなくなっている「谷中村」を出すと視聴者が混乱すると番組制作者は考えたのでしょうか。

 このスレッドを読むと、東京都ではないのに東京という呼び方が使われる例を思い起こしてしまいます。「広域東京圏」と呼ぶとするならば、差し詰め「広域足尾圏」ということになるのでしょうか。

 現在の地名が、栃木市ですから、「栃木から来た女」でも良かったのかも知れませんが、見ていない番組ですので、これ以上は何とも言えません。


[2014年07月17日03時41分]
お名前: そんし
ずっと録画したままだった「足尾から来た女」を、ようやく一気に観ました。一部、早送りしましたが、最近の技術は、ちゃんと通常音声に変換してくれるので、早送りである事を感じないで観ることが出来ます。

ところどころ、ゲッと思うシーンがでてきました。田中正造のセリフが、わたしのHPのセリフとほぼ同一だったり、私の史観が入った考え方の部分が、そのままそっくり再現されていたり。

わたしのHPは、田中正造の解説HPではなく、物語としての田中正造伝ですから、セリフは古い研究本に頼った部分もありますが、多くは私が勝手に田中正造ならこんなことを言ったろうと想像して創作したものです。それとほぼ同じセリフをドラマで言われたら赤面してしまいますよね。

確かに「足尾から・・」のタイトルを作った人は、谷中村の位置関係を完全に誤解していたのでしょうね。その勘違いに、脚本家も含めて、誰も気づいていないで放送してしまうというのもすごいことです。きっと大半の人にとっては足尾も谷中村も同じ栃木県内ですから、イメージとしては、「栃木のほう」です。谷中村は、足尾の一部で下流側なのだろうと誤解したまま誰一人疑わなかったとしても無理もありません。

ドラマを作っていながら、その実、実際に栃木県で起きた事件なんかには、なんの関心も無い人達の集団が作ったドラマなのですからね。

そのあたりは、田中正造を顕彰するといいながら、田中正造の心知らずの顕彰会の人達と通じるものがあります。彼らには田中正造を顕彰するには、自然保護や公害反対運動など田中正造がなしえなかったことを引き継ぐ運動をするよりありえないということは理解できていません。生家保存やお寺での供養などが顕彰活動だと思い込んでいるのですからね。

まあかくいうわたしも福島原発問題じゃ無力で、田中正造に胸のはれない傍観者のひとりになっています。

顕彰会の連中にまで批判的な物言いをするため、わたしは完全に浮いた存在として田中正造関連の活動者達からは相手にもされていません。地元農民からも煙たがられた晩年の田中正造みたいで、こっけいな話です。

そんし

[2014年07月15日11時32分]
お名前: そんし
そうそう、安藤サクラは、母親の安藤かづとそっくりですよ。
柄本佑とは芸能界のサラブレット夫婦なんですよね。
どうみてもヘンな夫婦なので、サラブレットとはとても呼ぶ気になれませんが。

安藤かづの系列をたどると、なんと安藤サクラの曾祖父は犬養毅なんだそうです。
その関係で緒方貞子とも遠縁とか。

有名人になると、そんなところまで世間に知られることになるわけですね。

そんし

[2014年02月27日11時19分]
お名前: カーター
 「野田ともうします」に出ているのは安藤サクラですね。最初、東京ガスの
CMに出ていました。安藤サクラはNHKの朝ドラの「おひさま」に宮本ミツの
役で出ていました。柄本時生の演ずる宮本タケオの妻です。
 二人とも素朴な農家の夫婦を演じていました。タケオが好きだった主人公の
須藤陽子(井上真央)がどんな人かと確認するために、宮本ミツが「丸庵」に
そばを食べに来るシーンがありました。あのシーンは良く覚えています。
 二人はドラマで夫婦役をしていますが、安藤が結婚したのは柄本時生の兄の
柄本祐ですね。ややこしいですね。安藤サクラをネットで調べるとなんと父親
は奥田瑛二と書いてあり驚いた次第です。二世タレント花盛りですね。




http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%8A%E3%81%B2%E3%81%95%E3%81%BE_(%E3%83%86%E3%83%AC%E3%83%93%E3%83%89%E3%83%A9%E3%83%9E)
[2014年02月07日17時12分]
お名前: そんし
そういえば。

柄本明は大河にエキストラ出演した際、「共演」したことがありますが、鋭い眼光で一般参加のエキストラは絶対に近寄らせない雰囲気がありました。人なつこい榎木孝明や原田美枝子らとはかなり違う、神経質オーラがたっぷり出ている人でした。

Eテレの「野田ともうします」が大好きで、いつも観ているのですが、息子の嫁がレギュラーで出てます。いちど、ちょい役で息子も出てましたけれど、朝ドラなど最近父親よりも活躍していますね。

連れ合いも、息子も、その嫁までも、みんなテレビドラマ俳優ですが、どこか個性の強い変な家族です。

そんし

[2014年02月03日16時30分]
お名前: そんし
同じ箱館戦争の主役でも、ただ刀を振り回していただけの土方歳三に比べると、榎本武揚は時代の何かはちゃんと理解して行動していたと感じますね。

でも、あれは田中正造の視点で当時の人物を捉えて書いたものですからね。あのくらい書かないと、田中正造の人物像には触れることが出来ません。

現に苦しんでいる農民を救うのが正義なら、それに反することをする人物は全て不正義なので、その人の社会的貢献や経歴などで、田中正造が攻撃の手心をくわえることは無かったわけです。

あれだけ我の強い人物になると、たぶん家族は大変だったと思いますよ。特に奥さんにとっては、あんな夫は最悪だったと思います。でも対外的には、正義の人なので胸をはって自慢できるというのが、唯一の救いだったと思いますけれどね。

私が書いた物は、結構田中正造を顕彰する人達の気持ちを逆なでするものらしいですよ。最近は検索サイトからも、検索されなくなってきたので、あまり反応は無くなりましたが、最初の頃は、墓や生家を守る人達を冒涜しているなどという抗議をよくもらいました。

そんなときは田中正造になりきって反論しましたけれどね。

そんな物は田中正造の偉業を伝えることとは何の関係も無い。観光資源にしようという下心が動機じゃないのか?
田中正造の偉業をたたえるなら、大自然や農民の生活を守る活動にこそ力を注ぐべきだろう。今からでも遅くないので旧谷中村の農地を強権で奪われた農家の正当な相続人を探して渡良瀬遊水池の返還運動をおこしてはどうか。田中正造が現代に生きていたなら、愚直にやるだろう。

と返事していました。正当な主張でも極論として相手にされない事があるという当時の田中正造が味わったことを疑似体験できます。

そんし

[2014年02月03日02時49分]
お名前: カーター
 そんしさんレスを頂きありがとうございます。
田中正造伝を時間をかけて読ませて頂きました。

 原敬は平民宰相と言われていましたが、内務大臣になると古
川鉱業の副社長に就任し、ドラマでは首相になったので自分は
担当ではないと言います。ドラマでは田中正造の役の柄本明が
「昔は新聞でいいことを書いていたが、えらくなると人も変わ
るものだ。」と言うせりふを述べます。

 田中正造伝では、榎本武揚も無能の政治家と書かれています
が函館戦争で最後まで官軍と戦った幕臣の姿とは重なりません。
逓信大臣の時から電気学会の会長を20年も勤めて電気産業の
発展に貢献しましたし、榎本と足尾鉱毒事件については下記の
通り書いてあるものがあるのですが、いかがでしょう。

>また、企業と地元民の間の私的な事件とみなしてきたそれまでの
>政府の見解を覆し、国が対応すべき公害であるとの立場を明確に
>して帰郷後、大隈重信らにその重要性を説諭、鉱毒調査委員会を
>設置し、後の抜本的な対策に向けて先鞭をつけ、自身は「知らず
>にいたことに責任をとって」引責辞任した。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A6%8E%E6%9C%AC%E6%AD%A6%E6%8F%9A

 引責辞任せずに問題に取り組み解決すべきであったと言うことで
しょう。

 ドラマは鉱毒事件のドキュメントのような内容ではなく、サチと
言う谷中出身の主人公がいかに生きて行くかということに焦点があて
られており、当時の社会や風潮がうまく表現されています。石川啄木
も出て来ます。柄本明の田中正造は良くできています。柄本明は、
NHKの太平記の時には高師直の役をやっていました。好きな俳優の
一人です。是非見られると良いかと思います。


[2014年02月01日23時14分]
お名前: そんし
録画はしてあるけれど、まだ観ていない。
正直、私にはあまりにテーマが重すぎて。
もうだいぶ昔のことですよ。こんなのを書いたのは。
http://www.ashikagatakauji.jp/tanaka/index.html

谷中村の村民が移住した北海道の佐呂間町まで行ってきたほどですからね。当時の人の思いを背負い込んでしまうと、思い出すたびにトラウマのように苦しくなるのです。

谷中村の問題は原発事故と似ています。
避難する人達の映像は、谷中村から強制退去させられた人達とだぶって見えてしかたがありませんでした。

「あの人達は、まさか、これでもう生涯、自分の家には戻れないとは気づいていないんだろうな」なんて考えていました。

そんし

[2014年01月29日17時12分]
お名前: カーター
NHKの掲示板の「古い投稿」の41番に下記の質問が出て
いました。やはり疑問に思う人がいました。

>なぜタイトルが『谷中村から来た女』ではなく『足尾から
来た女』なのでしょうか? ・・・・・・・・・・・・

このタイトルは谷中村出身の人も、足尾出身の人も不快にな
らない納得のできるタイトルなのでしょうか?


[2014年01月21日17時48分]
お名前: カーター
 先週のNHKの「足尾から来た女」を見ました。当時の社会運動家(田中正造)、
女性運動家(福田英子)、社会主義者(幸徳秋水)そしてアナーキスト(石川三
四郎)などが良く表現されており、面白く見ることができました。
 まず、谷中村が足尾のどこにあるのかと探したのですが、地図を見ても足尾に
はありませんでした。ドラマを見ていると主人公のサチが、「渡良瀬川と思川の
交わるところ」と言うので再度地図を広げると、その場所は谷中湖と表示してあ
りました。その周辺は渡良瀬遊水池と出ています。
 それで、以前埼玉の北川辺町(利根川の向こう側にあるのに群馬でなく埼玉)
から渡良瀬遊水池まで行った時に、遊水池の案内板に「旧谷中村があった。足尾
鉱毒事件がうんぬん」と言う表示があったのを思い出しました。ああ、教科書に
出ていた田中正造のあれだと言うくらいしか記憶にありませんでした。
 そこで、ドラマの題名の「足尾から来た女」と言う表現はおかしいと思った
次第ですが、現在の足尾は渡良瀬川の上流の日光の手前にありますが、谷中湖は
渡良瀬川下流にあり、足尾からは車で二時間以上かかる場所にあるからです。単
純に考えたら題名は「足尾から・・」ではなく「谷中から・・」にすべきだと思
ったのですが、それではドラマの内容を直感的に推測できないためにそうしたの
かと思っています。
 NHKの関連サイトの「よくある質問」や掲示板を見ても同様の疑問を出してい
る人はいません。北関東の地理を知らない人がドラマを見た場合には、題名から
谷中村が足尾の近辺にあったと誤解をしてしまう可能性があります。まあ、東京
の人でも栃木県がどこにあるかも知らない人は多いでしょうから、私ごときがケ
チをつけることでもないでしょうが。車に乗らない人は地図を見ないからわから
ないでしょう。

http://www.nhk.or.jp/dodra/ashio/html_bbs.html
[2014年01月21日16時23分]
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