テーマ:いわし博物館が爆発

書き込み欄へ テーマ一覧に戻る
お名前: 江戸通
 天然ガスは、通常10〜15パーセントの濃度と
引火があれば、燃焼します。
 下水に繋がる導管該当の部屋にもあり、天然ガスが
貯まる可能性は否定できませんね。これまでも、比較的
長期間使用しない施設での天然ガスが原因と見られる
爆発は、南部ではあったようです。
 引火というのは、書庫でもあり考えられないというのが
警察の見解だったようですが、5本から6本の虫スプレー
があり、これがなんらかの原因で発火原因となったというのは
ありえるが、継続的に注視する必要があるというのが、
地元の方の意見でした。
 ****
 ところで、イラクで多発するテロ事件の大物ザカルウイ氏に
ついて、今年の防衛白書では、アルカイダど連携する別組織で
ある旨、記載がありました。
 国連事務所が、自爆テロで損害を被ってから、はや一年、
国連も実質てきには、撤退状態でしたね。CPA(暫定統治機構)
も多国籍軍の統括下であったようです。
 当時、大量破壊兵器と思われたものの多くは、軍用の殺虫剤
だったことをおもいだしますね。殺虫剤は、民間には極端に、
不足していましたね。
 シーア派の大物に対するテロも、いまでは外国からきたテロ
組織ではないかと言われるようになりましたね。
 国内の治安維持と外国からのテロリストの問題は、複雑に
からんでますね。
  江戸通
[2004年08月20日10時36分]
お名前: ヘイ
天然ガスが原因としてあげられているのは、爆発物の痕跡が認められないからなのでしょう。つまり、爆弾・不発弾・ガスボンベ等は考えられないということですね。

よって、自爆テロの可能性はかなり低いといえるでしょう。そもそも、こんな目立たない所で自爆テロやるもんだろうか?

天然ガスが出るのであれば、ボーリングして採掘すれば、金もうけのネタにはなりそうだけど、それをやってないというのは、量的に少ないからなのかな。

いわし博物館の下には何か埋められているのだろうか?

不可解な事件ではあるけど、情報量が不足してるので、これ以上は何とも・・・。


[2004年08月04日12時26分]
お名前: 江戸通
 >ちょっと怖い地盤だねえ。
 確かに、隣接している田では、天然ガスが噴出していますが、
書陵庫では、都市ガスの配管は、ありましたが、コンクリの亀裂
が発見されていません。比較的、密封性が高いので、謎が深まる
という地方版の記事には、ありました。
 午前、8時開館に向けての準備作業が行われていたので、日によって
は、窓を開ける可能性は否定できないそうです。

江戸通
[2004年08月03日21時34分]
お名前: 江戸通
 コンクリ(高句麗ーX)が亀裂が無いほど、厚かったので、
天然ガスの引火という可能性は、隣の田んぼにはあったが、
今回の火災現場では、原因としては、考えられないです。
 謎に満ちた事件ですが、展示されていた600尾のイワシが
殆ど、同時に亡くなったことは、確かです。
 >>自爆テロの可能性は?
  現時点では、時期尚早ですね。
 >>前途を案じてというのは。
  宸襟を煩わさせる結果になるので。。。
 >>最後に、なにか?
  遺書とか、あったのではないかと考えてみます。

 イワシと一口に言っても、かたくちイワシとかウルメいわしとか
ありますし。10CM以下の小魚は、いわしではないですかね?
アンチョビーもちろんイワシですね。(^o^)
 でなにか!
  江戸通
[2004年08月02日23時29分]
お名前: ヘイ
いわし博物館:
天然ガスが土壌から噴出 爆発原因の可能性

http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/jiken/news/20040802k0000m040107000c.html

ちょっと怖い地盤だねえ。

天然ガス → いわしのメタンガス? (んなこたぁない)

[2004年08月02日12時30分]
お名前: 江戸通
 本日、九十九里町のいわし博物館が、
突然爆発した。
 新聞記事には、博物館にも当然都市ガス
が通っているので、それが原因では?となって
います。
 数十年ぶりに、台風が関東を南西にそれ、四国
か、九州に上陸かというニュースが流れていますが、
いわしも、台風も西から東へというのが普通ですね。
 大学時代の担当教官(現在は故人)も、あの辺り
の人で、いわし漁には、深く係わっていたことを説明
してましたね。
 網元とか頭という人は、殆ど、紀伊伊勢のひとで、
紀伊伊勢時代の物も自宅の倉庫に眠っている人ばかり、
だと言っていました。
 昨今、三井住友銀行などの創始者、三井家も、あちら
の人で、国立歴史民俗博物館が、バブルの時に、墓あらし
も横行したので、調べたことがあり、資料の一部は、うち
にもあります。
 近海の鰯漁は、江戸時代金肥(きんぴ)というえば、いわし
といういまでは、信じられない時代は,想像もできませんね。
 実際の漁は、房総沖も多かったようですが、担った漁師(企業)
は、三重和歌山から来ていたので、こんな事件でも、関西の方が
感心、影響とも深いでしょうね。
  江戸通
[2004年07月30日22時00分]
このテーマについての発言をどうぞ。(管理の都合上書き込み時のIP情報を内部保存しております)
氏名 削除コード
E-mail URL


半角カナは使用しないようにしてください。文字化けします。