テーマ:アメリカ的なものの終わり

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お名前: カーター
間が空いてしまったので結論を述べたいと思います。政治的リベラリズムと経済的
なデモクラシーを全世界へと広めたアメリカでしが、アメリカニズムの終焉が叫ば
れているのが現状です。

それでは回復すべき良きアメリカ的な価値観とはどのようなものでしょうか?アメ
リカと言う国はデモクラシーよりもむしろ共和主義の国であり、個人の権力への意
思を抑えるために単なる個人を超えた「公的空間」が出てくるのであり、ヴアー
チュー(徳)により支えられているのです。公的空間とは自分を超えた何物かのた
めに自分の立場をはなれ、自分の利益をいったん置いた無私あるいは去私の精神を
意味していると言うのです。

リベラリズムには、個人的な「・・からの自由」と公的世界に価値を見いだして行
こうとする「・・への自由」の二つがありますが、この後者を佐伯氏はシヴィック
リベラリズムと読んでいます。

今世紀には、共和主義的な精神とシヴィックリメラリズムはどんどん後退し、自由
は公的領域から私的世界へ、政治の領域から経済世界へ急速に移し換えられて行っ
たと述べています。政治の世界は大衆デモクラシーで経済の世界はリベラリズムと
言うやり方が支配したのです。

最後に結論として佐伯氏は次のように述べています。
「アメリカニズムの物のデモクラシーよりも案外シヴィクリベラリズムのような精
神的な態度の方がむしろ普遍的なのではないだろうか。すくなくとも我々が欧米か
ら学ぶものをそうした精神的な態度であったように思うのである。」


[2009年01月31日21時58分]
お名前: カーター
先のメッセージでは、資本主義の変質について述べましたが、アメリカニズムの
終焉を語る上で重要なポイントは、英米型とは異なった日本型の資本主義が一時
的にではあっても成功を修めたと言う点です。英米型は先進型とすれば、日本や
ドイツのそれは後発型でした。ドイツの工業化はプロイセンの時代に宰相ビスマ
ルクにより重化学工業重視の経済発展が国家による主導でなされ、また日本では
明治政府により官営工場が設立されそれが民営化されると言うパターンで進めら
れました。

イギリス型は産業化の先頭を走る市場原理の考え方で自由競争によるものです。
しかし、後発国では積極的に技術を導入し、産業は最初の内は保護され、長期的
展望に立った国家による産業政策がありました。この後発国のタイプは開発主義
とも言われ、戦後のアジア経済の発展においても同様の政策が取られました。ア
メリカでは自由な商業主義が戦後蔓延しましたが、慈善活動などの公共的精神が
残っているのが救いでしたが、その公共的な精神が薄れて来たのが近年の金融危
機に現れているように思えます。

日本のような開発型の経済では、系列により競争が制限されたり、株式の相互持
ち合いにより企業の乗っ取りを防いでいました。このような日本型の特質が長期
にわたる安定した経済成長を可能したのでした。しかし、このような開発型はリ
ベラリズムの原則とは対立するものでした。

イギリス型では所得分配や福祉は政府の仕事であり、市場経済における企業が担
うものではありませんが、日本型では企業が従業員を丸抱えし終身雇用により、
従業員は安心して仕事に取り組み、福利厚生まで企業が行うと言うものであり、
経済成長にとっても有利に働きました。しかし、このようなやり方は、欧米流の
デモクラシーとは対立するものでした。

上記の日本型は経済摩擦を生じて、日本がフェアではないといった日本へのいら
だちを起こすと言うことになりました。このように日本型の登場によって、アメ
リカ型の資本主義はリベラリズム、デモクラシーとの結合が崩れてしまったの
です。

現在では自由な個人の経済的な利益にのみ関心を持たなくなり、公共の精神を伴
う市民的でキリスト教的な精神を失っているのであり、自分が何をすべきかでは
なく「政府が何をしてくれるか」に関心があるのです。ケネデイが「政府が何を
してくれるかではなく、あなたがたが政府に何をできるかを問え」と言ったのは
そのような状況下でした。

アメリカ流の自由で合理的なビジネスの精神は普遍的なものと考えられ、「アメ
リカニズム」として世界に普及し始めましたが、残念ながらそれはもはや人々の
精神を高め、寛容や勇気を養うものではなくなりました。ここにアメリカニズム
の限界がありました。


[2008年11月08日10時47分]
お名前: カーター
現在の金融危機の状況を見ると、米英型の新自由主義の資本主義が行きづまったの
は誰もが理解できますが、1993年の時点で佐伯氏は次のように述べています。
「経済の発展を支えているものは、市場のメカニズムそのものであるより前に、そ
の社会の安定性なのである。」
戦後の日本やドイツの経済的な繁栄は、アメリカの軍事力のおかげで安定した国際
関係によるものでした。「国民経済」という枠の中で企業の利潤追求、経済成長の
追求、大衆の生活水準の安定化という元々次元の違うものが結びついた結果なので
す。

しかし、70年代以降になると世界経済はこの「国民経済」と言う枠組みを崩すこ
とにより、資本主義とデモクラシーとは必ずしも結合しているものではなくなって
しまいました。その理由は、従来固定されていた為替相場が変動相場制となり他国
の経済政策が自国の経済政策に影響を与えるようになたことです。80年代のレー
ガン大統領のドル高政策は日本の輸出増大、アメリカの貿易赤字、日本の内需拡大
政策への転換、低金利、過剰流動性へと続き、バブル現象、そしてその破綻、その
後の不景気へと進んで行きました。グローバルな時代においては「国民経済」を単
位とした経済政策はとれないと言うことになったのです。

発展途上国は、このグローバルな資本主義の中に入り込みそれを利用することで発
展することを学んで来ました。近年では中国、インドは欧米、日本などの大企業を
受け入れることで外資による経済発展を成し遂げました。しかし、このシステムの
中に入ることのできない、つまり人材、インフラが十分でない国々は極度の貧困に
中におかれることとなり、世界システムの中での格差が生じることになりました。

さらに80年代のレーガンの政策は「新自由主義」と呼ばれ、規制緩和、法人税の
減税、個人消費の拡大といった政策を追求し、失業率の低下、成長率の向上と言う
成果をもたらしましたが、一方では貧富の拡大、目先の利益の追求と言うものであ
り金もうけが優先する資本主義へと変わって行ったのでした。佐伯氏はハルバース
タムの言葉を引用し、レーガンは保守主義者としては失格だとし「本当の保守主義
者とは将来に備えて節約し、支出は収入の範囲内にとどめ、とりわけ過去の栄光が
いつまでも続くとは信じない懐疑主義者」だからだと述べています。さらに佐伯氏
は次のように述べています。

「結局、80年代にアメリカは日本から1兆ドルの借金をして盛大なパーテイーを
開いた。・・・アメリカは30年前の経済的繁栄を昔の夢にひたろうとし、日本は
来るべき日本の世紀と言う未来をかいま見たと思ったのである。アメリカは過去の
繁栄がいつまでも続くことを疑うのを怠り、日本は繁栄が未来にまで続くことを疑
うのを怠ったのである。両者とも保守主義者としては失格であった。」


[2008年11月01日12時04分]
お名前: カーター
これまでアメリカが経済によるデモクラシーを全世界に広めて行った現象を述べて
来ました。しかし、デモクラシーには民主という意味があり、この民主を強調する
あまり民主主義が人民主権という概念に変わり、社会主義や共産主義へと発展し、
一方ではリベラリズムはナショナリズムを生み、ナショナリズムとデモクラシーは
和合しあいました。その結果、大正デモクラシーの日本やワイマール時代のドイツ
から超国家主義が生まれたのです。人民の利益が国家の利益となる時にデモクラシ
ーはいとも簡単に国家主権と言う全体主義を生み出すのです。

リベラリズムは本来強制からの解放という意味で、無条件の主権という考えとは両
立しないのであり、「他人の自由を尊重する」という意味で、全体主義とは相容れ
ないものです。そう言う意味でデモクラシーはリベラリズムの検閲を絶えず受けて
チェックしていかねばならないと言えましょう。世論というあいまいなもので、政
治、立法、裁判などが行われているのが、日本を含めて現代の世界の現状です。こ
の「世論による政治」が過大評価される時にデモクラシーとリベラリズムとは敵対
するものとなり、問題は大きくなって行きます。

一旦参戦を決めると相手を無条件降伏に追い込み、全面勝利するまで戦い抜くとい
う世論が支配し始めるのです。世論というものは、何か対象が見つかれば常に、感
情的な高揚と主観的偏りをそれに向けるものです。戦時中のアメリカのみならず、
戦後の北東アジアの諸国でこのような傾向がありました。アメリカの外交官で政治
家のジョージ・ケナンは次のように述べています。
「国民というものは政府より合理的とは限らないこと。世論ないし世論と呼ばれる
ものは、政治のジャングルの中でいつも鎮静剤の役割を果たすとは限らないという
ことである。」
第二次大戦に関するアメリカの態度について、真珠湾攻撃の4か月前に徴兵期間の
延長の法案が通り、相手が無条件降伏するまで戦い続けたアメリカについては次の
ように述べています。
「自分が戦争しているかどうかによって、自分のものの考え方を一夜にして切り替
えるこの驚くべき能力というものは、全く民主主義というものの奇妙な特徴のひと
つである。」   「アメリカ外交五十年史」ジョージ・ケナン著

[2008年10月18日18時10分]
お名前: カーター
広嗣さんレスをありがとうございます。

>同時に欧米の食事も、「欧米化」したことは余り指摘されていません。

欧米の食事もアメリカ化したものでしょう。マクドナルドやケンタッキーフライド
チキンが欧州、ロシアなどにも多く見られ、また近年になるとスターバックスが全
世界に広まると言った現象です。ファーストフードに対しては、イタリアからスロ
ーフードと言うスタイルが提唱され手間をかけた家庭料理が、また近年の日本料理
ブームは低カロリーで健康にいいとされアメリカ的な「ジャガイモと肉とパン」だ
けと言う食事に飽き飽きしたものでしょう

以前このボードで紹介した「大草原の小さな家」のシリーズで、「毎日が川でとれ
た魚だった。」とか、「ずっとパンケーキだった」とかいう表現があります。アメ
リカ人は元々貧しい農民が多かったので、毎日同じものを食べると言う習慣があり
日本やヨーロッパのような貴族の文化がなかったので、野菜や魚などをふんだんに
使った複雑な食べ物(京料理のような)の伝統がないのです。

その農民が毎日食べていたものがハンバーガーのような食品だったのですが、これ
が車の時代になって簡単に食べられることからヒットし、ドライブスルーなどのシ
ステムに発展したものです。

一方、日本食の方もアメリカと同じようなファーストフードである牛丼が、また握
りずしは回転ずしとなり、全世界に広まりつつあります。


[2008年10月18日11時21分]
お名前: 広嗣
>このようにしてアメリカは建国時の理想とはかけ離れた自己中心
>者を作り上げてしまいました。このような事態はアメリカだけで
>なく戦後にアメリカ的なデモクラシーを実現した日本などの先進
>国などにも共通した問題であると言えます。
 論題が外れるのですが、日本の食事は、敗戦後に欧米化したと言われています。しかし、同時に欧米の食事も、「欧米化」したことは余り指摘されていません。

 敗戦後の「アメリカ化」は、アメリカ合衆国の「アメリカ化」を追随する形で行われたと言えます。



[2008年10月18日08時02分]
お名前: カーター
いよいよ本題に入ります。戦後の世界においては冷戦体制の中でアメリカは自由世
界の守護者となり、大量生産、大量消費によるモノのデモクラシーを世界各国に広
めって行ったことはすでに説明した通りです。

まず戦後になって、アメリカは巨大な株式会社組織の時代となり組織人からなる膨
大な中間層を作り上げ、アメリカ人の個人主義的、自由主義的傾向は政府に対する
不信を大きくし、公共的な活動には反対するようになります。アメリカでは個性が
重視され個人の能力や権利が強調されますが、その個性が実現できないのは社会が
悪いからだと考えるようになります。このようにしてアメリカは建国時の理想とは
かけ離れた自己中心者を作り上げてしまいました。このような事態はアメリカだけ
でなく戦後にアメリカ的なデモクラシーを実現した日本などの先進国などにも共通
した問題であると言えます。

リベラリズムの経済面での状況はと言えば、アメリカは自由な市場競争と国際的な
自由貿易を主張しましたが、現在ではこのような市場原理主義は理論的に破たんし
ていると言われています。比較優位つまりイギリスで小麦を作り、ポルトガルでワ
インを作ると言う、自国に適したもの生産しそれを融通しあうと言う自由貿易は人
や物が自由に移動できない時代に成立していましたが、現在ではエンジニアや生産
設備などは簡単に移動してしまいこの比較優位という考え方が成り立ちません。人
や設備を移転すれば農業国であった中国は工業国へと変わっていくのです。日本が
工業製品を中国が農業製品を生産し分業をするという図式は成り立ちません。この
ような貿易はもはや自由貿易ではなく「競争的貿易」と言えます。また、80年代
から90年代の日米関係は家電や自動車の経済摩擦により「敵対的貿易」と言われ
るものでした。

もう一つ自由競争は市場で均衡をもたらすと考えられましたが、自由競争は際限な
い競争を繰り返し均衡など存在せず弱い企業は市場から淘汰され、自由競争は必ず
しも予定調和はもたらさないのでした。また、変動相場下の為替レートは貿易収支
によりつまりモノの移動によって変動するのではなく、投機などの資本移動により
左右されるようになりました。現在はアメリカ発の金融危機でヨーロッパやオース
トラリアのぜい弱な経済の実態が明らかとなり、相対的に強いと見られるに円に資
金が移動して円高が起こっているのであり日本の輸出が増えているからではありま
せん。

[2008年10月16日23時19分]
お名前: カーター
アメリカ押し進めた消費者を主役にした経済によるデモクラシーはどのようなもの
だったのでしょうか?19世紀においては利益の最大化と賃下げと言う関係から資
本家と労働者の利害は対立していました。しかし、自動車の大量生産に成功したフ
ォードにより、このような関係に変化が起こりました。自動車は従来は一部の金持
ちが嗜好品のために購入するものでしたが、フォードは車を大量生産することでコ
ストを下げ、一般大衆でも購入できるものにしたのです。イギリスでは階級社会が
残っていたため、20世紀になっても自動車は嗜好品であると言う考えから抜けき
ることができなかったために、量販車種が生まれずに自動車産業は衰退して行きま
した。

フォードのマネジメントについては、10年くらい前にPC-VANの時代にフォード
博物館を訪問したので紹介したことがあります。フォードは「やって見せて、させ
る。」と言っています。仕事は手本をして見せるということです。フォードは作業
工程を単純労働にすることで細分化し、流れ作業にし大量生産を可能にし、コスト
も下げることに成功しました。フォードのマネジメントが従来のものと決定的に異
なっていたのは、労働者を搾取するのではなく、生産性の向上に見合った分だけ賃
上げを行ない労働者の生活を改善して行ったことにあります。労働者の生活が改善
されればさらに購買力が上がり、大量生産は拡大して行くといったプラスのスパイ
ラルが生まれました。これをフォーデイズムと言いますが、労働者を消費者と言う
カテゴリーと見たのであり、トヨタはこのフォーデイズムを徹底して、労働者とい
うカテゴリーをなくし、労使一体の企業経営をもたらし、そしてカローラからマー
クII、クラウンと言う夢を消費者にもたらしました。小泉改革は規制緩和を行うこ
とで派遣労働を合法化し、マイナスのスパイラルで賃下げを行い企業の利益を確保
したのであり、今日の混迷があります。

その他のアメリカ的は商品と言えば、ご存じのマクドナルド、コカコーラ、車の保
有台数が増えることで、道路が建設され、国道沿いにはモーテルやバーガーショッ
プ、人々は車でピクニック、旅行はモーテルで宿泊というライフスタイルに変わっ
て行きました。フォード博物館では、T形フォードに乗りサンドイッチを持ってピ
クニックに行く人々の白黒の映像を見ることができました。労働者は消費者となり
デモクラシーは所得分配の平等化を実現したのです。

商品以外には、戦後の多国籍企業による海外直接投資、技術移転は発展途上国を豊
かにし、共産主義の浸透を防ぐ役割をしました。経済学や経営学の分野ではアメリ
カの近代経済学(サミュエルソンの教科書に代表される)が日本でも信奉され、経
営学ではドラッカーの「現代の経営」などがもてはやされました。QC(品質管
理)の考え方は元々デミング博士により日本に紹介されましたが、日本で発展させ
られQCサークル、ジャストインタイム、トヨタ生産方式などに発展して行きまし
た。

[2008年10月04日11時20分]
お名前: カーター
それではアメリカ的なものが世界中に広まったのはなぜでしょうか?アメリカは、
第一次世界大戦後にイギリスに代わるスーパーパワーとして国際社会に登場しまし
た。ウィルソン大統領は国際連盟や民族自決主義を提案しましたが、その思想は自
由競争的な経済秩序をつくり議会制デモクラシーの理念を世界に広めれば世界平和
は実現し人々は豊かになると言う単純なものでした。

佐伯氏はカーの「危機の20年」引用し、ウィルソンの考え方が非現実的なユート
ピア思想であると批判し、国際関係を安定させるものは「特定の国家による覇権」
であると述べています。すでに覇権を握っていたイギリス、アメリカと覇権を目指
していたドイツ、日本も同じであるというのです。ドイツはポーランドに侵攻し、
日本は満州における満鉄などの権益を守るために満州国を建国し、またイタリアは
チュニジアを併合しました。英米の覇権が日独のそれに対する優位性とは、それは
「イギリスとアメリカとは、長い伝統と過去に厳しい教訓をもったことが幸いして
ドイツや日本よりも見事に、この道義的任務の決定的な重要性をだいたいにおいて
学び取っていたということである。」 『危機の20年』
歴史的に作られた道義感に基づく力こそが国際秩序の根底にあると言うことです。

しかし、今日アメリカが世界で決定的な地位を占めることができた大きな理由は、
リベラル・デモクラシーの理念をを普遍的なものとして唱えることができた点にあ
ります。19世紀にはむしろ対立しあう価値であったリベラリズムとデモクラシー
を20世紀には結び付けたのです。19世紀のヨーロッパでは危険思想であったデ
モクラシーを社会の普遍的な原理にまで祭り上げたのがアメリカでした。

デモクラシーを目に見える形で日常化したものは「大衆社会」でしたが、それを実
現したものは政治的なデモクラシーよりもむしろ経済の力でした。つまり大衆的な
規模での産業化であり、消費社会の進展、それを仕掛けたものは広告であり、生活
様式(ライフスタイル)を提案し、「消費者」と言う概念がデモクラシーが成り立
つための必要十分な条件となったのでした。今日でも日本の政治家がこの用語を使
用しているのを見ると、21世紀の現在にても「消費者」と言う観念は民主社会に
おいても重要であることが分かります。

[2008年09月28日12時16分]
お名前: カーター
昨年のサブプライムローンの破綻以来、アメリカ的なものについて考えています。
4年くらい前に朝日新聞の購読をやめ、産經新聞に切り替えてからは保守の論客の
文章を読むことが多くなっています。その中でも佐伯啓思の考え方には影響を受け
ました。今回は、古本屋で見つけた同氏の著作である「アメリカニズムの終焉」を
紹介します。この本は1993年に書かれたものでちょうど共産主義が崩壊し、湾
岸戦争直後のアメリカ中心的な市場原理主義、グローバリゼーションなどを批判し
ています。

アメリカニズムとは自由主義(リベラリズム)といわゆる民主主義(デモクラシ
ー)からと成っているとしますが、自由主義と民主主義とは本質的に対立するもの
で民主主義の極端なものが社会主義でありすでに破綻しました。一方自由主義の方
は専制政治からの解放でありましたが、同時に国民国家の形成であり、独立運動で
もありました。しかし、アメリカでは、黒人の解放運動、アジア系はアメリカにお
いて自分達のことにしか関心がなく、すでにアングロサクソン的な独立戦争時の理
想を追う者はいません。

ヨーロッパでは、リベラリズムはナショナリズムの膨張を許すことになり、19世
紀のナポリやギリシャの独立運動から始まり、プロシア、ハプスブルグ家、ナポレ
オンの台頭など、社会主義者や労働者らの民主主義者と対立して行ったのでした。
その後のナチスや日本の台頭はご存じの通りです。

[2008年09月23日11時49分]
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