テーマ:鄭和

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お名前: カーター
広嗣 さんも読まれましたか。私はアマゾンで古書を購入して「鄭和の南海大
遠征」宮崎正勝著を読んだ次第です。宮崎さんが鄭和のアメリカ発見につい
てどのように書いているかを知りたかったのですが、アメリカまで行ったと
いう記述はありませんでした。

しかし、鄭和の航海が明の時代になって突然始まったのではなく、すでに
宋、元の時代にインドのカリカットを経由してホルムズや東アフリカとの航
路ができあがっていたと言うことです。しかもこのような活動が元の時代ま
では民間人の手でなされていたのが、明の時代になり民間の貿易が禁止され
官による朝貢貿易となり、鄭和たちが活躍するようになったことです。鄭和
以後は明の財政はひっ迫し、大船団を南方に派遣することはなくなりまし
た。

同書で印象に残ったのは、元が雲南を攻撃した際に雲南の風土病の病原菌が
馬の毛についてヨーロッパまで行きベストとなったということです。元の時
代にすでに現代のようなグローバリゼーションの弊害が始まっていたのです
ね。

アメリカ大陸に発見について、実際にはコロンブスよりも早くバイキングの
エリクソンがニューファンドランド島に10世紀に到達していたらしいので
すが西欧では新大陸の発見とは認識されなかったようです。


[2007年12月31日23時01分]
お名前: 広嗣
 宮崎正勝『鄭和(ていわ)の南海大遠征』(中公新書1997年)を地元の市立図書館で見付け、早速借りて読んでみました。

 鄭和は意外とその生涯は知られていません。この本によると、鄭和は内陸の雲南に生まれ、艦隊を率いて出航するまで海とは無縁の人生でした。「鄭」という姓は、永楽帝に授けられたもので、それまでは「馬」でした。「馬」はムハンマドから取ったものだそうで、父も祖父も、メッカに巡礼した人に与えられる哈只(Hajj)を名乗っていたそうです。

 鄭和が生まれたのは、1371年ですが、鄭和が12歳の時に父親が没すると共に雲南の地が明軍の支配下に置かれることになりました。鄭和が宦官になったのはこの時のことだそうです。

 さて、鄭和は生涯に7回艦隊を率いて遠征に出かけています。その中でこのスレッドに関係のある南米まで遠征した可能性のあるのは、4回目以降ということになります。何故ならこの回から鄭和はアフリカ大陸東岸まで行っているからです。

 鄭和は没年も没した場所もはっきりしていません。一説には最後の航海でカリカットで没したとも、帰国後の1433年か1434年に没したとも言われています。

追記1:鄭和は南海遠征に出かける前年に日本を訪れたと言う人がいます。
追記2:ペストは元々雲南の風土病でした。雲南がユーラシアの公益の要衝として台頭すると、ユーラシア各地に広まり、西欧の人口を半減させるほどの猛威を振るいました。


[2007年12月24日20時05分]
お名前: カーター
広嗣さんレスをありがとうございます。そうです。鄭和はアフリカの
喜望峰を回り南米まで行ったらしいのです。西アフリカを航行中に嵐
にみまわれ流されて南米まで行ったようですが、別働隊は中米まで行
ったと小説には書いてあります。
メキシコの国立人類博物館には中国人のような顔をした石像がありま
すが、鄭和の隊の一部がメキシコまで行ったとした大変なロマンですね。

[2007年11月25日13時28分]
お名前: 広嗣
 アメリカ大陸を発見したのは誰かという問いには、ひねくれ者の私は、「更新世(洪積世)に渡って来た先住民」と言っています。揚げ足取りはともかくとして、誰もが納得できる形で証明されているのが、コロンブスというだけなのでしょう。

 鄭和が足を伸ばしてアメリカ大陸まで行っても不思議ではありません。ただ鄭和の場合は、コロンブスが到達した北米または中米ではなく、南米だったのではないでしょうか。想像でしかありませんが、さらに条件が整えば、太平洋を横断していたかも知れません。つまり15世紀に世界一周が行われていたかも知れません。


[2007年11月25日11時45分]
お名前: カーター
先週アメリカに出張する際に空港の書店で「コロンブスよりも早くアメリカ大陸を
発見した男がいた!」と言うカバーにさそわれてすぐに「鄭和」PHP文庫を買って
出張中に読了しました。アメリカでは昼と夜が反対になりますから、二日目から夜中に目が覚めてしまい二日目の夜には読み終わってしまいました。
 著者は太佐順と言い「陸遜」、「班超」などの著作がある歴史小説の作家です。
この本は小説という形を取っていますが、ギャビン・メンジーズ氏の「1421
中国が新大陸を発見した年」やルイ―ズ・リヴァシーズ女史の「中国が海を支配し
たとき」などの研究に基づいています。前者については著者が潜水艦の艦長として
幾度となく往来を繰り返した大西洋、定年後の氏の探索の旅は世界各地におよび、
当時の地図、伝説、座礁船の確認など、詳細なる論証を展開しているそうです。

[2007年11月23日11時27分]
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