テーマ:アメリカ紀行

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お名前: 広嗣
 アメリカ合衆国はどこかに敵を作らないと生きられない文明なのではないかと思います。もちろん国籍や市民権のある人全てがそうだとは言いません。しかし、古くは「フロンティア精神」に始まり、現代はイラク侵攻が、その例になるでしょう。

 「フロンティア精神」は良く言えば「開拓者の心意気」ですが、悪く言えば、実態は先住民の土地を奪うことでした。

 それぞれの文明や文化にはそれぞれの特徴があり、長所にも短所にもなります。今は長所(?)になっているようですが、いずれ「アメリカ合衆国病」とでも呼ぶべき短所としてアメリカ合衆国を苦しめることになるのではないでしょうか。


[2006年08月26日23時30分]
お名前: 広嗣
>チョクトー族
 聞き覚えがあると思ったら、この本より少し後の南北戦争でアメリカ連合国(南部)に加わった先住民でした。

 アメリカ連合国に加わった州の代表とは別の扱いでしたが、議会に代表が送られています。チョクトー族は積極的に西欧型の文明化を推し進めた先住民の一つですが、その部族の酋長にして「いたずらっぽく頭を振り,イングランド人はアメリカ・インデイアンの助けを必要としたときはとても好意的であったが、それ以降は自分たちのことをあまりかまわなくなった、と返答した」と言うのですから、他は推して知るべしというところでしょう。


[2006年08月15日01時14分]
お名前: カーター
 デイケンズのアメリカの旅は,東部の都市の間は列車を乗り継ぎ,地方へは陸路
は駅馬車そしてオハイオ河に沿って船に乗って行くと言うものでした。シンシナテ
イからルイビルへは蒸気船で向かいました。この旅の船内でのインデイアンとの会
話がおもしろいので紹介します。

「この船には,いつもの退屈な乗客連中のほかに、インデイアンのチョクトー族の
酋長であるピッチリンと言う人がたまたま乗り合わせていた。彼は私に名刺を送り
届けてくれたので、私は長時間にわたって彼と話をして楽しんだ。彼は青年になっ
て初めて英語を学んだと言ったが,彼の話す英語は完璧だった。彼は多くの本を読
んでいた。・・・・
 彼はミシシッピ川の西にある故郷を離れて17ヶ月になり、いま帰るところだと
話してくれた。彼の部族と政府の間で未決定のまま続いているいくつかの交渉のた
めに主にワシントンにいたとのことである。それはいまだ決着がついておらず(彼
は憂鬱そうにそう言った)、これからも解決されることはないのではないかと心配
していた。というのも、少数の貧しいインデイアンが白人のような取引に通じた者
たちに対して何ができると言うのか?彼はワシントンに愛着を持てなかった。町や
都市にはすぐに飽きてしまい、森と大草原に思いこがれていた。・・・
 彼がいうには、たった二万人のチョクトー族しか残っておらず、その数は日に日
に減っているとのことだった。仲間の酋長たちの何人かは文明化して、白人たちの
知っていることに慣れ親しまざるを得なくなっていた。それしか生き延びる術はな
かったのだから。だが、そのような者は決して多くはなかった。
 別れ際に握手したとき、そんなにもイングランドを見たいと望んでいるのだから
ぜひ来て下さいと私は言い,・・・・・・
 いたずらっぽく頭を振り,イングランド人はアメリカ・インデイアンの助けを必
要としたときはとても好意的であったが、それ以降は自分たちのことをあまりかま
わなくなった、と返答した。
 彼は別れの言葉を述べた。「自然」が作り上げたまさに堂々とした完璧な紳士で
私がこれまでに見たどんな人にも劣らない人物だった。」
   「アメリカ紀行」上、デイケンズ著、岩波文庫

 何度読んでもここの文章はすばらしいです。説明は不要だと思いますが、デイケ
ンズのアメリカ文明のあり方についての痛烈な批判がこめられています。同様のこ
とは和人とアイヌとの間にもありました。

[2006年08月11日11時56分]
お名前: 広嗣
 日本では『ディケンズ全集』のような纏まった本は出版されていないそうで、『クリスマス・キャロル』も含めて特に読んだことはありません。偶々調べてみたら、幾つか分かったという訳です。

>ペンシルヴァニア州
 私があれこれ書くよりもこちらをご覧になったほうが分かりやすいと思います。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%A0%E3%83%BB%E3%83%9A%E3%83%B3

 クエーカー(キリスト友会)の考え方は幾つか特徴がありますが、その内の平等主義の実践だったのはないでしょうか。18世紀に女性が集会(一般にキリスト教で言う礼拝に相当します)で他教派で言う説教を行っている絵が残っているほどです。男女平等というと20世紀になってからの話と思うのが一般的ですが、キリスト友会では初期の頃から当たり前のことでした。アメリカ合衆国のあるキリスト友会の大学では、学生が教授を個人名で、つまり例えばDr. CarterではなくJohnやPaulと呼んでいる大学さえあります。

>hog
 日本では豚に相当する英語は「pig」とされていますが、こちらは養豚場で飼うおなじみの豚を主に指すようです。Hogはpigより広い意味で使うようです。

>ディケンズのアメリカ合衆国に対する印象
 私も違いが生じた理由は分かりません。


[2006年07月31日23時43分]
お名前: カーター
広嗣 さんはディケンズについて良くご存じですね。特別に読ま
れた経験がおありですか?

>現在のペンシルヴァニア州を除けば、先住民にとって白人は
>簒奪者でした。
  
 ペンシルヴァニア州では白人と先住民とが仲良く暮らしてい
たのでしょうか?また、その理由は何でしょうか?

>ディケンズが貪欲な白人を「豚」と呼んだのは、恐らく原書
>で使われている「hog」(豚)に「貪欲な奴」という意味が
>あるからでしょう。

 辞書でさっそく「hog」と言う単語を調べてみました。「
豚、粗野な男、どん欲者」などと書いてあります。hogと言
う単語を知りませんでしたので参考になりました。

>ディケンズがアメリカ合衆国を旅行したのは、1842年で
>したが、この時はかなり悪い印象を抱いたようです。
>尤も1867年に再訪した時は大歓迎を受け、印象を改めた
>ようですが。
 
 これは1863年のリンカーンの奴隷解放宣言の影響でしょ
うか?ディケンズは、「アメリカ紀行」の中で一章を設けて、
奴隷制度について批判的な文章を書いています。

>余談ですが、ディケンズの著作に『クリスマス・キャロル』
>があります。

 クリスマスキャロルをネットで調べたところ、クリスマスの
時に歌う歌と書いてありました。また、ディケンズの「クリス
マスキャロル」については、強欲な男が自分の悲惨は未来を夢
で見せられ、回心すると言う内容でした。

 ディケンズの「アメリカ紀行」を読んでいると、貧乏なイギ
リス人が移民の斡旋業者にだまされて、ニューヨークに行って
も結局仕事が見つからず、無一文になって帰路の船に乗ってい
る、と言った当時の事情が良くわかりす。現在報道されている
日本政府とドミニカ移民との関係も同様です。


[2006年07月30日10時20分]
お名前: 広嗣
 訂正です。1942年と1967年ではなく、1842年と1867年です。


[2006年07月25日22時15分]
お名前: 広嗣
>医療にお詳しいはずですね
 いえ、大して詳しくはありません。(^_^;)

 現在のペンシルヴァニア州を除けば、先住民にとって白人は簒奪者でした。ディケンズが貪欲な白人を「豚」と呼んだのは、恐らく原書で使われている「hog」(豚)に「貪欲な奴」という意味があるからでしょう。ディケンズがアメリカ合衆国を旅行したのは、1942年でしたが、この時はかなり悪い印象を抱いたようです。

 尤も1967年に再訪した時は大歓迎を受け、印象を改めたようですが。

 余談ですが、ディケンズの著作に『クリスマス・キャロル』があります。


[2006年07月22日22時56分]
お名前: カーター
 デイケンズのアメリカ紀行は、上巻の終わりまで来ました。自由
平等、博愛を歌うアメリカが、奴隷制度を維持し消え行くインデア
ンの土地を奪い、文化を破壊している現状に対して、デイケンズは
批判的です。
 権力や金銭に貪欲な白人を豚と呼び、すばらしい人格を持ったイ
ンデイアンとの出会いを心から喜び賛美しています。一方で白人と
同化せざるを得ないインデイアンに同情的です。
 プロテスタントが立てたアメリカですが、その隣人への愛は白人
への愛であり、黒人やインデイアンは隣人ではないと言うものだと
言うことでしょう。ユダヤ人の隣人への愛が限定されており、異民
族のペリシテ人は隣人と見なされなかったとの同じように見えます。

[2006年07月22日11時02分]
お名前: カーター
 広嗣さんレスをありがとうございます。広嗣さんは医療にお詳しい
はずですね。風邪などの病気で医者からもらう薬はたいてい抗生物質
だったりして、同時に皮膚の病気も良くなったりします。細菌を殺し
ているからでしょうね。
[2006年07月22日10時54分]
お名前: 広嗣
 カーターさん、お久しぶりです。

 猩紅熱は20世紀末まで法定伝染病に指定されていた「怖い」病気です。しかし、今では抗生物質で簡単に治る病気になっています。

 抗生物質のない当時は、今では想像できないことですが、死や後遺障害と隣り合わせの病気が多かったのですね。今は抗生物質に対する耐性菌や薬害エイズに見られる薬害で病気になり、死や後遺障害に至る危険性の方が高まってきている気がします。


[2006年07月19日00時47分]
お名前: カーター
 デイケンズのアメリカ紀行を読み始めています。3人の分担の翻訳ですが、原文
のニュアンスを出そうとしているのかどうも読みにくい感じが否めません。出港か
ら船内での様子、ボストンに着いてから障害者の施設、刑務所、教会を訪問した
の印象などが綴られています。
 内容は文学者らしい観点からの興味から出ていますので、普通の紀行文を期待し
ていると退屈であるとの印象が強いです。しかし、アメリカ式の合理主義でイギリ
スよりも進んだ、かつらをかぶらない裁判官の衣装などを賞賛した内容などは興味
深いです。
 その中でも、障害者施設を訪れた際のローラ・ブリッジマンと言う触覚しか感覚
を持たない少女の話には引き込まれてしまいました。ローラは、病気で目、耳、味
覚、嗅覚などの感覚を失ってしまったのですが、博愛主義者の施設に入ってから指
を使って他人とコミュニケーションを取る方法を学び人間らしさを取り戻して行き
ます。久しぶりに施設を訪問した母親に対して、最初は本人であることがわからず
知らぬ顔をしていますが、本人だとわかると激しく体をすり寄せ母との再会の喜び
を体で表現しようとします。ここの文章は観察者の書いた文章からの引用ですが、
読んでいて涙が出てきます。デイケンズ本人は、この文章を読んで何も感じない者
はいないだろうと述べています。
 読んでいて、ワイルダー著の「大草原の小さな家」シリーズの猩紅熱で視力を失
ったメアリーのことを思い出しました。ローラ(インガルス)は、メアリーを大学
に生かせるために16歳で教師になりました。19世紀は病気で障害になる子供が
多かったのですね。


[2006年07月15日09時49分]
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