テーマ:ヤリの長さ?

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お名前: よく飛ぶ槍
 ガイウス.ユリウス.カエサルノ民衆派の師匠、マリウスの軍団では、
ピルムの先のほうは、鉄製で、根本は木製で、はさむような形で鉄の穂先
を支えていたか?
 頭が混乱してきました。16世紀頃に書かれたファランクス(密集隊形)
の槍は、5〜6mのもので統一されていたと言う仮説は、トルコから出された
ものと記憶していますが、アレキサンダー大王の軍団で採用され、世界制覇の
原動力となったという記事以来ですね。
 確かに、ヒスパニア属州とくに、ヒスパニアタラコネンシスあたりの優秀な
鉄の生産力を獲得する、カエサルや、アウグストスの時代ならないと剣は、
統一された規格は無かったのではと言われてますよね。
 マリウスとカエサルでは、同じ百人隊長という部隊も多く、全て鉄製の
投げやすい槍と柄の部分1m30CMが木製の槍という違う兵器を同じ下士官
がよく指揮できたのかという問題はありますよね。
 この時代、磨り減った歯をみせるのは、カエサルには、忠誠の証、貴族
(騎士)のボンペイウスなどには、反乱の証という記述は多かったとおもいます。
 どう考えます?

  江戸通
[2007年05月03日01時09分]
お名前: ドウインリョク?{動員力(-_-) }
 ギリシアの動員力は、デロス同盟にしろ、あのなんていったか
?島会ににしても、せいぜい最大限5万人ですね。
 是に対して、マケドニアの動員力はほぼ、拮抗しています。
 テーベのエパミノンダスに、学んだアレキサンダーは、騎兵を
要点に集中する技法を開発してペルシャに圧勝しています。
 モザイクに採用された、戦いは殆ど類型化されています。
 後、ササン朝下では、軽装弓騎兵が、活躍しこのパターンを
克服しますが、それはだいぶ後のことで、装備は、狩衣のような
皮衣か所々の鉦押し程度の鎧に弓、と長さ60CM位の刀です。
 長い槍を持った騎兵は、何処かな、フランク地方に散在した
ガロ.ロマン系のガリア人ではなかったかな?それと鎧直垂ですね。
 これが、案外変えられなかったようで、フランク人もノルマン人と
抗争中には採用してましたね。
 ところで、動員力ですが、短いピルムを持つローマ人は、
最盛期で50万人、常時30万人を動員してました。
  江戸通
[2006年05月13日01時18分]
お名前: 広嗣
 槍で思い出したのが、「フリーの○○」という、特定の企業や組織の属さずに仕事をしている人々の呼び方です。ここで言うフリーは、英語でfreelanceといいますが、語源は中世の欧羅巴で槍一本で戦場を駆け巡った兵士です。中世の欧羅巴は、傭兵団が主流でしたが、freelancesは謂わば一匹狼の兵士でした。

 因みにlanceは槍のことです。


[2005年11月19日19時43分]
お名前: 江戸通
 片刃の菊地槍を含めて、槍という武器は、
日本語では、南北朝期に始めて登場し、
世界の槍と日本の槍では、どうも違うのが
ほんとうのところらしいですね。
 武器史に詳しい、コンコンさんに、そこらの事
は、お任せするとして、ペルシャの「不死隊」と
呼ばれる長槍(日本では、長柄か?)は、一様に
225CMくらいだったようですね。多分、ダレイオス
指揮下の部隊でも「不死隊」でもそのくらいだった
のではと考えています。
 身長の2倍から3倍のギリシア人の槍というのは、
多分に、17世紀ヨーロッパで創作された神話?の
たぐいだとおもうのですが。
 最近、トルコで主張しだしたアレキサンドロス王
の槍の長さは、未だに信じられません!
 アテネとペルシャの戦いでは、両翼に重装歩兵と
強力な軽装歩兵(剣と投石だけ)を配置し、ペルシャ
の機動を封じる戦法で勝つという離れ業をしてました。
というのも、正面は、ローマ並の間隔で兵を配置し、
じりじりと後退しつつ、馬の機動力を封じ戦列を混乱
させるという賭けのような方法をとることができた
らしい事が解明されたようです。
  江戸通
[2005年11月05日22時49分]
お名前: カーター
>サルマタイ人というのは、どうもイラン人の補助騎兵のこと
>らしいですね。

 サルマタイ人は、ヘロドトスが「歴史」書いています。ヘロドトスはサウロマタイ人と言っておりスキタ
イとアマゾンとの混血であると記しております。ペルシャがスキタイへ遠征する時にスキタイはサルマタイ
などと同盟したようです。言語は、スキタイの子孫であることからイラン系であったと言われています。

「サウロマタイ人はスキュテイア語を用いるが、昔からその言葉には訛りがある。アマゾンたちが正確にス
キュテイア語を覚えなかったせいである。。。」

 調べたところサルマタイは長槍を持って戦っていたようですね。

                 カーター

[2005年11月05日12時08分]
お名前: カーター
久しぶりにギリシャの話題ですね。

>正しい槍の有り方として、アンゴンは投げれたか?
>敢えて、皆さんの見識を聞かせてください。

 先日、映画アレキサンダーを見た印象から言いますと、あの
長槍は投げるためではなく、防衛のために使用されたように見えました。ペルシャ軍の戦車がマケドニアの長槍の歩兵軍団に突撃しギリシャ兵に斬り付けようとしてもその前に、長槍でペルシア兵は串刺しにされると言うものでした。長さで勝ったと
言うわけです。恐れをなしたペルシャ兵は敗走して行きまた。
あの重そうな長槍を投げるのは大変だと思います。むしろペル
シャの高速で走り回る戦車対策として開発されたように見えま
した。

                  カーター

[2005年11月05日10時19分]
お名前: 江戸通
 ダキアは、ダキア人の国のこと。ダキア戦役は、AC90〜150頃ですが、
後半は、マルコンニ戦争と呼ばれることがあります。
 広範囲の話なのですが、これは、ダキア建国伝説に遡るという事です。
 スキタイ人と対立し、サルマタイ人の重装奇兵を取り組んだダキア人は、
アッチラが搭乗(登場ーー正しくはーー)するまでは、東のダキア、西の
スキタイがユーラシアステップを支配していたそうです。
 サルマタイ人というのは、どうもイラン人の補助騎兵のことらしいですね。
 イヤー化学の進歩はすごいです。ローマは対立しても、イラン騎兵が
補助騎兵として同盟していたわけですね。
 とすると徒組は、歩兵集団だったわけですか?
 サスペンスの世界ですね。普段は、遊牧民でも戦うときは、重装歩兵とは。
  盾、鎧、兜があったら立派な重装歩兵ですからね。
  ローマとの対戦の影響カモシレマセンね。

  江戸通

[2005年10月30日09時38分]
お名前: 江戸通
 ダキア戦役で使われたアンゴンと呼ばれる槍のような武器は、
一様に、210CMだったらしく、ローマ人のピルムと言う、
投槍よりわずか、20CMくらい長かったらしく、穂先だけが
鉄製というものだった。
 デンマークでは、302CM、280CM、264CMの
全長を持つやりのような武器が発見されています。
 最近、トルコあたりで信長の長柄のような3間半から4間という
やりのような武器で、アレキサンダーは、世界を征服したと
いう説が流布されているようですな。
 正しい槍の有り方として、アンゴンは投げれたか?
 敢えて、皆さんの見識を聞かせてください。
 描かれた槍は、一様に身長プラス股下(約220CM)だったような
きがするのですが?

  江戸通
[2005年10月27日22時24分]
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