テーマ:北亜古代史】匈奴、フン族、マジャール人

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お名前: とりろん
それらの説は皆、俗説です。ウィキのマジャール人の項目を見てください。
ちなみにそういう誤解ができたのは昔、ウラル・アルタイ語族とされてウラル語族とアルタイ語族が同一視されてたことが原因ですけど、現在ではこの二つの語族は全く別のものと考えられてます。また、ハンガリー、フィンランド、エストニアなどのウラル語族はウラル山脈あたりにいたコーカソイド(白色人種)がフン族やモンゴル族などのモンゴロイド(黄色人種)の移動により玉突き式に欧州に移動してきたもので黄色人種説はほぼ否定されてます。ただし蒙古斑が時々できるようにわずかに黄色人種の血が混ざっているのは事実ですが。
[2007年04月04日22時00分]
お名前: カーター
15年前に出たアーサー・ケストラー著「ユダヤ人とは誰か」と言う本を読んだことがあります。「ホロン革命」といった著書があるユダヤ人であったケストラーは、自らのルーツを探るため本書を書きました。
 ユダヤ人にはアラブ系のスファラデイーとヨーロッパ系のアシュケナージの二種類があります。現在イスラエルを支配しているのはアシュケナージであり、スファラデイーは下層階級です。ケストラー自身はハンガリーで生まれたアシュケナージです。
 ケストラーはこのアシュケナージの出自を中央アジアから出たトルコ系のカザール人であると述べております。カザール人は血縁的には全くユダヤ人とは関係があ
りませんが、イスラム勢力に対抗するために西暦740年にユダヤ教に改宗しました。南ロシアに位置していたカザール国は東ヨーロッパにおける最初の封建国家で
あると言われ、ビザンチン帝国を同盟してアラブに対峙しヨーロッパの東方がイスラム化するの防ぎました。このユダヤ化したカザール人の子孫が東欧のユダヤ人と
言われています。
 ところで、このカザールとマジャールの関係ですが、最初はマジャールはカザールの一部族であったと言われていますが、10世紀まではハンガリーではカザール
語とマジャール語の両方が話されていたと言われています。マジャール人はカザールの二重王制を採用し、上位の王(カンダ)と実際に統治する者(ジュラ)とがいたと言われ日本の天皇と将軍の関係に似ています。
 しかし、9世紀の終わりにはマジャール人はペチュネグ人に終われ西方へ移動し
今日のハンガリーへ来ましたが、その時点でマジャールのカザールとの連合は終わりました。

             カーター

[2005年08月18日12時56分]
お名前: kfhtじhぐfhg   URL
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[2005年07月04日12時14分]
お名前: 井口清兵衛(仮名)
私も、ハンガリーに行きましたが、モンゴロイド的風貌の人は誰一人として目にしておりません。それでも、当地の人に聞くと、「典型的なハンガリー人(勿論、モンゴロイドでない)、典型的なドイツ人、典型的なチェッコ人、典型的なフランス人とわかる顔もそれぞれの国で見かけるが、しかし大多数はヨーロッパで相互に区別できない」といっていました。なお、ハンガリー人の容貌がヨーロッパ白人であっても、かなり高い確率で新生児に蒙古斑が出る点が、他のヨーロッパ人との違いだそうです。おそらく、アジア系であるフン族の末裔たちは、最初は当地原住民のケルト族(フランス人の先祖)、その後はスラブ族の大海のなかで混血していったのでしょう。
[2005年06月06日12時21分]
お名前: 江戸通
> 匈奴が郷土を遠く離れてフン族となったとも言われるフン族ですが、
>現状ではマジャロルサーグでその話をしても、「ふん」と鼻先で笑って
>「あっちらでやってくれ」と言われるのが落ちかも知れません。
 中央アジアの当時など窺い知れないのが、現状ですが、匈奴の劉聡が、
洛陽を陥落させ、五胡の時代を開いたというのが、殆どコンスタンス帝が
ローマ帝国の国教としてキリスト教を国是として以来、アジアから
農業を柱とする異民族が、歓迎されてローマ帝国の親友となりますが、
アッチラが登場する頃から、歓迎されない侵略者の顔を大きくもつわけです。
 例外は、西ゴートのように、海賊か遊覧かわからんことを繰り返す
こともあったわけすね。
 親戚のうちにステイしていた、ルーマニアの方に聞いたことは、あるのですが
アッチラの居城は、解っていますが、仮に遊牧騎馬民族とすれば、フン族は、
何処の歴史になるのか?
 教皇レオ6世の条件をあっさり飲み、ローマ制服をよしたあたりが、人気の
源ではあるようです。
 ところが、匈奴は、中国では、曹操との盟約を守り、河北地方では、猟という
字もなく、「八王の乱」で混乱した中国にはじめて叛旗をだしています。
 洛陽陥落となると、単に、戦闘で強いだけでは無理な話で、動員された兵士
の数が物をいうわけですから。
 民末では、こうゆう陥という字には、少なくとも20万人という動員を必要
とされています。
 また、時代は遡りますが、明初には、首都防衛の為の戦力100万人(
実数は30万人か)が自立出来る場所として、抗州が候補となり、道の整備
状況から、上海や北京が検討されるという、数の時代にはなっていますね。
  江戸通

[2004年08月13日22時50分]
お名前: 江戸通
  あくまでも、事実かも知れませんが、東洋史ではありません
、中国史にはなるのかな。確かに、モンゴル高原に発生したのか
も知れませんが、、、
 前漢の武帝が行った、掃討作戦で東西に分裂した匈奴は、
この政策を踏襲した漢の影響下で、西匈奴は砂漠に消え、
東匈奴が強大になったのが、五斗米道の影響もあって、
中国に大きな影響を与えたという事は、頭にはあったのですが、
三国志にあることなので、どう整理すればいいのか難しいのは
その次で、曹操政権は、匈奴対策として、南北に分断し、南匈奴
を河北省に定住させ、五部に編成し半農半漁騎兵戦士に変える
政策を断行し、これが、後の西晋で繁盛して、5部100万人を
越える一大勢力になった。一口に移民族国家と言うのは、簡単
ですが、大成(前趙)の劉氏以外は、支配部族としての移民族が
いたものの決して移民族国家と言える存在は、案外中国には、
「五胡十六国」の時代にも少なかったのは、ほんとうらしい。
 この100万人という数字ですが、信じられない程ですね、
当然、南北、東西匈奴の一度離反した諸部族も、「大成」では、
集合したのでは?
  江戸通
[2004年08月09日08時58分]
お名前: 広嗣
 匈奴が郷土を遠く離れてフン族となったとも言われるフン族ですが、現状ではマジャロルサーグでその話をしても、「ふん」と鼻先で笑って「あっちらでやってくれ」と言われるのが落ちかも知れません。

 マジャロルサーグの首都ブダペシュト(ブダペスト)をドナウ川は流れています。ブダペシュトは大きく分けると本当は3つに分かれるのですが、普通はドナウ川を境にブダとペシュトの2つに分けています。マジャル人は西ゴート族を追った後はドナウ川流域に住み付いたということになりますが、大陸の中だけにその後の歴史は平坦なものではありませんでした。アッティラのフン王国が滅んだ後は、異民族支配を受け、一時は滅亡の危機にさえ晒されてきました。マジャル人が独立できたのは、第一次世界大戦後の話です。それだけに外見もモンゴロイドとは程遠くなっているのでしょう。


[2004年07月05日00時50分]
お名前: 広嗣
 紀元前3世紀からモンゴル高原に匈奴が一大勢力を築いたことが伝えられています。冒頓単于(在位:前209〜前174)の時代に匈奴は最盛期を迎えますが、前漢が武帝の時代を迎えると、劣勢に回り始め、分裂を繰り返しながら2世紀初めまでにその殆どが漢の支配を受けるようになりました。

 欧州の歴史は、4世紀半ばに今のロシヤのドン川流域にいたフン族が西に移動を始め、圧迫を受けた西ゴート族がドナウ川を越えて移動したことがきっかけでゲルマン族の大移動を引き起こしたと伝えています。フン族はアッティラ(406?〜453)の下で最盛期を迎えますが、アッティラの死後、「フン王国」はまもなく崩壊します。フン族は匈奴の子孫という説があります。日本では定説のように言われていますが、実際はまだ証明されたわけではないようです。

 地理上は欧州中部(中欧)に位置する地域に現在マジャロルサーグ(ハンガリー)があります。マジャール人はフン族の子孫と言われています。フン族が匈奴の子孫なら、マジャール人は匈奴の子孫ということになりますが、マジャール人はモンゴロイドに似ているとは到底思えません。マジャール人と匈奴、モンゴロイドそれぞれの関係は、次の3つが考えられます。
1.マジャール人は匈奴の末裔ではないが、マジャール人はモンゴロイドに出自がある。
2.マジャール人は匈奴の末裔で、匈奴はモンゴロイドだった。
3.マジャール人は匈奴の末裔だが、匈奴はモンゴロイドではなかった。

 マジャール語は日本語と同じウラル・アルタイ語族に属しています。ウラル・アルタイ語族はウラル語族とアルタイ語族に大別し、日本語、コリア語、トルコ語、モンゴル語、ツングース語がアルタイ語族とされています。尚、日本語とコリア語を独立させて考える学説もあります。ウラル語族は幾つかの「部族」に分かれますが、マジャール語はフィン(フィンランド)語と共にウラル語族の言語です。紀元前2000年頃から共通の祖語から分かれていったと見られています。マジャール語は語順が「主語−対象語(目的語)−述語」となる点や、学校文法で言う助詞に当たるものが付くといった点で日本語に似ています。

 ウラル・アルタイ語族は共通の祖語から分かれたとされていますので、フィン語もマジャール語も、元来新モンゴロイドの系統の人々が話す言語と言えそうです。そうすると、ここで上記の3が消えることになります。後は匈奴との関係はどうであれ、遅くとも紀元前3000年頃からのコーカソイドとの長期にわたる接触で混血が進み、少なくとも外見上はモンゴロイドとは見えなくなったのでしょう。


[2004年06月26日02時33分]
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