テーマ:真珠湾の真実

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お名前: カーター
 最近「日米戦争を起こしたのは誰か」(ルーズベルトの罪状・フーバー
大統領回顧録を論ず)勉誠出版、加瀬英明著を読みました。従来の日米戦
争に関する著書は政治家や評論家によるものが多かったのですが、本書は
元大統領が記した回顧録に関するもので重要度が高いと言えます。

 原著はフーバー大統領の「Freedom Betrayed」であり1,000 ページにも
及ぶ大著で、2011年にフーバー研究所により刊行されたものです。原著は
1964年に完成していたのですが、著者がすぐに亡くなったため発表さ
れませんでした、47年後になってようやく出版されたのです。興味があ
る人には読んでもらう方が早いと思いますので、フーバーがアメリカ外交
の過ちとしている項目のみ紹介します

1.1933年の国際経済会議の失敗
 国際決済に金標準とすることに合意することに反対し、この会議の失敗
 が第二次大戦の遠因となった。

2.ソ連の承認
 1933年に共産ロシアを承認した。共産主義者がアメリカ政府の高い
 レベルに入り込んだ。

3.ミュンヘン融和の成功と失敗
 ヒトラーとスターリンの潰しあいが不可避であったのにそれを妨害した。

4.英仏の「ポーランドとルーマニア」への独立保証
 英仏はドイツの侵略を防ぐ力はなかったのに、独立保証したため戦争に
 なった。チェンバレンの融和政策が戦争の原因でなはい。

5.アメリカの宣戦布告なき戦争
 日本に対しては経済封鎖。経済封鎖は戦争行為と同じ。

6.警戒心を持った忍耐政策を取らなかった事

7.ソ連共産主義を助けた事

8.1941年7月の日本への経済制裁

9.1941年9月近衛和平提案を拒絶した事

10.日本との3ヶ月の冷却期間を拒絶した事

11.無条件降伏の要求→ 戦争を長引かせ犠牲者が増えた

12.1943年10月のバルト三国とポーランド東部のソ連への譲渡

13.1943年12月、7つの国家にソ連傀儡政権の押し付けを認めて
  しまった事(テヘラン会談のこと)

14.ヤルタの秘密協定(ソ連の対日参戦。北方領土問題)

15.1945年5月〜7月の日本の和平提案の拒否

16.トルーマンのポツダムでの決断
  日本へ無条件降伏を要求したため、和平が遅れ原爆が投下された。

17.原爆の投下(アメリカの良心に重くのしかかる)

18.毛沢東に中国を与えたこと

19.戦後世界に共産主義の種を撒いたこと

 以上、従来我々が歴史の教科書で学んだあるいは朝日新聞などが書いて
来たこととは正反対の内容です。アメリカの指導者にもこのような立派な
人がいたのかと驚き、フーバー元大統領はアメリカの良心を持っていた人
だとあらためて尊敬の念を抱きました。

 フーバー研究所が2011年に原著を発行したと言うことは、日米戦争
の原因が従来言われていたように、必ずしも日本側だけにあると言うこと
ではないことをアメリカ人もわかるようになって来たからだと思います。

 最後にフーバーの一文を紹介すると次の通りです。フーバーが戦後にな
て日本に来てマッカーサーに言ったそうです。

「日本との戦争の全ては、戦争に入りたいという狂人(ルーズベルト)の
欲望であった。」と私(フーバー)がいうとマッカーサーは同意した。

[2016年03月07日22時11分]
お名前: カーター
Chapter 5. 考えられることを考えない(Unthinking Thinkable)
     M.スタントンの著書”Blacklisted by History”より抜粋

 1950年代にトルーマン政権の国務長官だったおしゃれなディーン・ア
チソンとウィスコンシン州出身で強気の赤狩りのマッカーシーとの間で、政
府職員のごまかしについて3年間の激論があった。

 イギリスでも同様の問題が起きた。ハロルド・アドリアン・ラッセル”キ
ム”・フィルビーは優秀なソ連のKGBのスパイであったが、これはイギリ
スの首相であったハロルド・マクミランにより明らかにされた。フィルビー
の他に同じケンブリッジ出身のドナルド・マクリーン、ガイ・ブルゲス、ア
ンソニー・ブラント、ジェームス・クルーグマンなどのソ連のスパイがいた。
記録が示しているように、明らかにケンブリッジのメンバーはソ連と連絡を
取っていたにも拘わらず、無視され軽視されたのだ。彼らはちゃんとした学
校へ行っていたから、ソ連のスパイであるとは考えられなかったのである。

 アメリカでの最悪のケースはアルジャー・ヒスであり、育ちが良く優れた
資質により尊敬されていたので、彼についての証拠はケンブリッジグループ
と同じようにすべて無視された。ソ連のスパイには他に、ウイリアム・レミ
ントン、ドナルド・ウィーラー、ヘンリー・コリンズなどがいたが、いずれ
も学歴があり、アメリカの上流階級の出身であった。1948年の下院の非
米委員会でのチャンバースとヒスとの対決では、きびきびしたヒスとむさ苦
しいチャンバースと言った印象であり、嘘を言っているのはヒスではなくチ
ャンバースだと考えられた。

 独ソ不可侵条約が締結されると、1939年にチャンバースはアメリカ共
産党を離れ、政府内の共産主義者について警告しようとして、国務次官補で
安全保障担当であったアドルフ・ベルレと議論した。ベルレは、ヒスと仲間
のドナルド、ロークリン・カリー、ソロモン・アドラー、V・フランク・コ
ーなどの名前をメモした。

 イギリスとアメリカの双方において、西欧の制度への信頼の喪失は信仰の
面から始まり文化の様々な面に広がり、1930年代の大恐慌の時代に完全
に失われていた。疎外と不安に悩まされ政治経済的な危機は、伝統的な見方
や習慣に対してとどめの一撃のように見えた。マルクス・レーニン主義とソ
連の計画経済が、古い文化が供給できない回答であると考えられた。

 アメリカのスパイ団は、ドイツ、フランス、イタリア、中国、日本などの
クレムリンからの司令を受け取る世界的なスパイ網の一部であった。イギリ
スとアメリカの共産主義者は共通の政治的な歴史と言語から、特殊な関係を
持ち、それは第二次世界大戦から冷戦へと続いた。

 ドイツ生まれの共産主義者であるリヒャルト・ゾルゲに率いられた恐ろし
い組織がアジアにあったが、それはソ連のスパイの歴史の中でも最も効果的
なものであった。ゾルゲは1930年代に中国の上海で活動し、中国は当時
共産主義の温床となっており、ミカエル・ボロディン(コミンテルンの工作
員で、中国国民党顧問)などの多くの赤のスパイが暗躍していた。

 ソ連は仇敵である日本に関心を示し、ゾルゲを日本に派遣した。数ヶ国語
に通じたゾルゲのグループのメンバーは、中国の共産主義者であるチェン・
ハンセン、アメリカ人の作家アグネス・スメドレー、ドイツ生まれで帰化し
たブリトン・ギュンター・スタインであった。東京ではジャーナリストの尾
崎秀美(朝日新聞)と西園寺公一(西園寺公望の孫)が仲間であった。

 東京でのゾルゲの役割は、1941年にヒトラーが独ソ不可侵条約を破り
ロシアを攻撃したため、東の日本の攻撃からソ連を守ることであった。ゾル
ゲは、近衛首相のアドバイザーであった尾崎と内閣の朝食会のメンバーであ
った西園寺から情報を得て、日本はロシアを攻撃せず英米蘭の植民地へと資
源確保(特に石油)のために南進するという情報を得た。
 
 同じ時期にアメリカでは4年に及ぶ日中戦争を停戦に導き、日米の直接対
決を避けるべきかが議論されていた。ジョセフ・グルー駐日本大使は、衝突
を避けるために動いていたが、国務省が日本と暫定協定を結ぼうとしていた
時にIPR(太平洋問題調査会)のメンバーが反対意見を出して来た。ロー
クリン・カリーは、FDR(ルーズベルト大統領)にこの停戦についてメモ
で、停戦は中国で築いて来たアメリカとの友好を修復不可能なほどダメにし
てしまうと強く非難した。この停戦に反対したもう一人は、財務省のハリー
・デクスター・ホワイト(ハルノートの原案を作成した)であった。

 ホワイトはすでにKGBに急き立てられ、アメリカ政府に停戦に反対する
様に促していた。ソ連のスパイであるヴィタリ・パヴロフのメモによれば、
彼はホワイトに日本との和解をやめるよう伝えた。ホワイトは、国務省に提
出する財務長官のヘンリー・モーゲンソーのためにメモを何度もやり直して
作成した。重慶にいたラティモア教授はホワイトハウスにいるカリーに、蒋
介石の意向を汲んで、日本との和解は中国のアメリカに対する信頼を著しく
損なうとの電報を送った。

 ゾルゲ - 尾崎 - 西園寺のアドバイスが日本で勝利し、ラティモア - カリ
ー - ホワイトがアメリカを説得した。中国での日本とアメリカの停戦は成立
せず、日本のロシア攻撃もなく、太平洋の平和もなかった。代わりに真珠湾
攻撃があり、日本は最終的に南方を攻撃した。結局、日本とロシアは停戦状
態であった。

 アメリカとソ連が戦争のために、同盟を組んだことが後に大きな問題を引
き起こすことになった。特に戦争のソ連寄りの空気は、大恐慌の時代に発展
した共産主義の浸透をもたらしたのだ。FBIは共産主義の浸透を報告した
が、政府のトップにより無視された。戦争の時代の遺産は、情報が覆い隠さ
れ秘密にされ、共産主義浸透の事実は常に議会や国民に隠匿された。

 
[2016年01月22日23時08分]
お名前: カーター
 このスレッドの冒頭で、M.スタントンの著書である”Blacklisted by
History”(英文)を紹介しました。一時休止したのですが、再度読み始
め現在、全600ページの内の250ページまで進んでいます。

 250ページのあたりは、マッカーシーと民主党の大物のタイディング
スとの公聴会での論争などが記載されており、日本人の読書にとっては退
屈な部分です。

 M.スタントンはアメリカのジャーナリストですが、赤狩りで有名なマッ
カーシーの研究を行っており、上記の著書があります。第二次大戦につい
ては修正主義に属する考え方を取っています。

 ネットで「アメリカの共産主義」で検索すると下記のサイトが出て来ま
す。アメリカのテレビ番組のグレンベックショーで”Blacklisted by
History”が著者の出演とともに紹介されます。

https://www.youtube.com/watch?v=azyY9GReB1I

 M.スタントンの著書である”Blacklisted by History”には全部で44
章がありますが、5章に日本に関係する内容があります。日中戦争ではア
メリカは蒋介石の中国を支援していましたが、日米の和解をソ連、アメリ
カの共産主義者が妨害したと言う内容があります。次のページでその内容
の一部を紹介します。

[2016年01月22日22時57分]
お名前: カーター
 「アメリカはいかにして日本を追い詰めたか」ジェフリー・レコー
ド著の渡辺惣樹氏の解説の最後の部分に興味深い指摘があります。ル
ーズベルトに批判的だった共和党のフィッシュ議員の著書"Memoir of
American Patriot"から引用して、日本の真珠湾攻撃の十日前に発し
たハル・ノートについて、「ワシントンの議員の誰一人として、戦争
になることがわかりきった最後通牒をアメリカが発していたことを知
らなかった」のです。
 ルーズベルトは演説の冒頭で、アメリカ政府は誠実な態度で対日外
交交渉を進めていたにも拘わらず、日本はだまし討ちを仕掛けたと述
べたのです。渡辺氏はフィッシュの解釈について、ハル・ノートは「
アメリカへの完全な経済的隷属」か「戦争」かの二者択一を迫ったも
のと分析するレコード論文と本質的に同じであると述べています。
 そして、「フィッシュの憤りは、日本に戦争の決断をさせかねない
「擬似」宣戦布告の文書を、議会の承認なしに日本政府に手交したこ
とにあった。その行為は、開戦権限は議会にあるとする合衆国憲法に
違反し、議会の権威を著しく毀損する。それがフィッシュの怒りの根
源であった。」と渡辺氏は述べています。
 アメリカ国民の半数以上はヨーロッパ戦線への参戦及び日本との戦
争に反対であり、「日本政府も日本国民のアメリカとの戦争を望んで
いなかった」ことは、当時の駐日アメリカ大使のジョセフ・グルーの
報告でも明らかになっています。
 ルーズベルトの社会主義的なニュー・ディール政策が行き詰まり、
共産主義者と同盟した結果、戦後には皮肉なことに中国、北朝鮮、東
ヨーロッパなどの多くの国はソ連の手に渡ってしまいました。日本が
軍国主義と批判されながらも共産主義のソ連と対峙したのに対し、ル
ーズベルトのアメリカはソ連のスターリンと組んで共産主義と戦って
いたドイツと日本をつぶしたのでした。
 戦後の世界を見れば、アメリカの外交政策が稚拙であったことがわ
かります。戦後のアメリカ及び日本でのレッドパージ(共産主義者の
公職追放)は、共産主義に寛容なニューディール政策が間違いであっ
たことを示しています。

[2016年01月17日23時04分]
お名前: カーター
 先のジェフリー・レコード著の「アメリカはいかにして日本を追い
詰めたか」の後半には訳者の渡辺惣樹氏の解説があり、ルーズベルト
と真珠湾攻撃の関係に関するアメリカの研究者の諸説が紹介されてお
ります。

 陰謀だとする説を歴史修正主義派と言うなら、陰謀論を否定する説
を正統派といいます。しかし、正統派からは陰謀論の最大の欠点は、
「たとえ真珠湾攻撃が成功したとしても、ルーズベルトが狙っていた
真の目的である対独参戦を自動的に達成することができない。」とし
ています。それだけではアメリカはヨーロッパの戦いに参戦できない
のです。日独伊三国同盟は攻守同盟ではなかったからです。

 ドイツ国内でもアメリカと戦うことには消極的な意見が多かったの
ですが、ヒトラーが迷った挙句に対米戦争を決断したのは真珠湾攻撃
から4日後の12月11日でした。したがって、スティネットのよう
な「日本に真珠湾を攻撃させることで裏口からドイツとの戦いを画策
した」と言う主張には合理性が欠けると言うことです。

 さらに日本はアメリカを攻撃せずイギリス、オランダの植民地のみ
を攻撃することもできたのですが、この正統派の疑問に対しても修正
派の十分な回答はないと言われています。

 これについてレコード博士は「戦争が不可避だと考えた段階で、そ
れが現実のものになってしまう」と述べていますが、訳者の渡辺氏は
アメリカ外交の一貫のなさとアメリカの日本人差別を通して日本の指
導者層の中にいつか「アメリカと戦うことになる」との宿命論が生ま
れたのではないかと述べています。1909年に発表されたホーマー
・リー著の「日米戦争」もその下地になって行きました。

 正統派の主張に対して、アイルランドのトーマス・フレミングは「
ニューディーラーの戦争」を発表し、アメリカのヨーロッパ戦線への
介入はニューディール政策の帰結にほかならないと主張しています。
フレミングは1941年12月4日付けのシカゴ・デイリー・トリビ
ューンで、下記のように対独戦は1943年を持って実行すると言う
計画が洩れたことを指摘しています。

http://archives.chicagotribune.com/1941/12/04/page/1/article/f-d-r-s-war-plans

 フレミングはその後の12月9日のルーズベルトの演説にも注目し
ドイツを徹底的に批判したと述べています。
「ドイツと日本は、陸海の戦いを共同で進めている。凶暴でギャング
のような二つの国家が謀議して、われわれに戦いを挑んでいるのであ
る。・・・ドイツが日本に戦利品を用意している。太平洋地域を日本
に渡すというものである。」

 このルーズベルトの主張には何の根拠もなく、日本はドイツと共謀
して太平洋を支配しようなどとは思ってもいませんでした。この演説
はドイツに対する挑発でした。

 圧倒的な生産力のアメリカに対抗するためには、ドイツも日本と同
じように時間がないと考え、ヒトラーは対米戦争やむなしと12月1
0日に決断したのです。これがフレミングの正統派に対する回答です
が、ヒトラーには対米宣戦布告をしないというオプションもあったと
渡辺氏は述べています。正統派が主張する「合理的で疑いのない証明
」は難しいというのです。

[2016年01月16日16時28分]
お名前: カーター
 最近「アメリカはいかにして日本を追い詰めたか」(「米国陸軍戦
略研究所レポート」から読み解く日米開戦、ジェフリー・レコード著
渡辺惣樹訳を読みました。本書はアメリカの陸軍戦略研究所がジェフ
リー・レコード博士に、日米開戦の原因について調査レポートを依頼
し発表したものです。
 内容的には、スティネットのようにルーズベルトが真珠湾攻撃を察
知していたと言う内容でも、また共産主義者による陰謀であると言う
内容でもなく、アメリカの経済制裁が日本をこれほど追い詰めるとも
日本が戦争を起こすともルーズベルトは思っていなかったと言うこと
です。太平洋戦争の教訓として、著者は次のようなものを上げていま
す。

1)「恐怖心」や「威信」は「国益」と同程度に国家の意思決定に影
 響を及ぼす。日本はアメリカの石油禁輸を非常に恐れ、警戒した。
 戦争だけが名誉とプライドを保つ方策であり、代替案はなかった。

2)潜在敵国の歴史や文化を深く理解することの重要性である。互い
 の文化に対する無知、無理解が1941年の開戦につながった。

3)他国に対する牽制がうまくいくか否かは、牽制される側の心理に
 かかっている。・・まさか日本が負け戦を選ぶとは考えていなかっ
 た。辱めを受けても平和の道を選ぶと思っていた。

4)しっかりとした戦略を持ち、軍事作戦はそれに沿ったものでなく
 てはならない。真珠湾攻撃は一か八かの攻撃であった。・・アメリ
 カとの戦いがどう終結するかの構想もなかった。

5)経済制裁は戦争行為に等しいと言う点である。

6)倫理的に、そして精神的に敵国より優れているとの思い込みは危
 険である。

7)戦争が不可避だと考えた段階で、それが現実のものになってしま
 う。日本は攻撃を東南アジアにおけるヨーロッパ植民地に限定する
 こともできた。

 また、日本の真珠湾攻撃について著者は、スティネットと同様に日
本の攻撃が不十分であり、攻撃は失敗であったと述べています。沈ん
だのは老朽化した戦艦であり、その他の艦船は修理後に再度戦闘に参
加していること、真珠湾に空母はいなかった、石油貯蔵施設や、送電
網などのインフラを破壊することなく、アメリカの戦力を温存するこ
とになったためです。

 そしてハワイを占領することもできたのに、占領しなかったために
アメリカはハワイを拠点にその後の太平洋戦争を展開することができ
た。逆に占領しておれば、日本はハワイを拠点にアメリカを攻撃する
こともできたはずでした。

 マッカーサーの「大戦回顧録」を読むと、カリフォルニアからハワ
イを経由してオーストラリアへ運ばれた物資を利用して、マッカーサ
ーはニューギニア戦線で勝利しフィリピンを奪還することができたこ
とがわかります。

[2015年12月31日23時20分]
お名前: カーター
 最近出た「アメリカの社会主義者が日米戦争を仕組んだ」馬渕睦夫
著を読みました。著者は元外交官で、愛国的な観点から陰謀論的な著
書を出しています。 
 ステイ ネットの「真珠湾の真実」などで、アメリカが第二次世界大
戦に裏口から参戦するために日本を挑発したと言う説が従来から主流
でした。しかし馬渕氏は「ルーズベルトはマンデル・ハウス大佐、ハ
リー・ホプキンスなどの国際金融勢力をバックにした国際主義者(社
会主義者)らに操られた」と言っています。この国際主義者について
は、ジョン・コールマン博士の「真珠湾コンスピラシー」に詳しく説
明されています。
 その証拠に、ルーズベルトの娘婿であったカーチス・ドールの著書
「操られたルーズベルト」でルーズベルトは国際金融勢力の代理人で
あったと指摘しており、アメリカは日本を中国から追い出すために日
本と戦争をしなければならなかったと言うのです。
 また第二次大戦に勝利するためには、連合国の一員であったソ連の
対日参戦が不可欠であり、アメリカはソ連に戦利品としての中国を差
し出す必要があったと言うのです。この辺の詳しい事情は、マッカー
シーの「共産中国はアメリカがつくった」に詳しく書いてあります。


[2015年11月30日22時21分]
お名前: カーター
 最近、マックス・フォン・シュラー著の「太平洋戦争・アメリカに
嵌められた日本」と言う本を読みました。著者は日本在住のアメリカ
人で、慰安婦像を建てたカリフォルニア州グレンデール市に異議を唱
えるなどの活動をしている人です。本書の目次は次のようになってお
り、日米戦争に関するものは第二章です。

第一章: アメリカ人は本当は独り善がり
第二章: 仕掛けられた「日米戦争」
第三章: 無知で傲慢で残虐な国
第四章: アメリカ軍にとって「不都合な真実」
第五章: 二十一世紀、アメリカの深刻な「病理」

 シュラーの日米開戦の理由は次の通りです。つまり、フィリピンは
アメリカの植民地であったが、日本は石油を求めて南下する必要があ
るがインドネシアの前にフィリピンがあるので、日本はアメリカと衝
突する。そして、アメリカの人種差別が日系移民の排斥となり戦争の
遠因となった。アメリカ人の宣教師がキリスト教に改宗する中国人が
いることで中国は素晴らしいと言ったが、日本人の改宗は進まなかっ
た。アメリカでは第二次大戦でドイツといっしょに戦った日本を悪と
しており、日本が第一次大戦で連合国に属して戦勝したことを教えて
いない。日本が善でもあったし悪でもあったと言う重層的な思考は普
通のアメリカ人には理解できない。

 そして、日米開戦に力を発揮したのがルーズベルトであり、ハル国
務長官、ヘンリー・スティムソン陸軍長官の3人であるとしています。
ルーズベルトの側近のアルジャー・ヒスは共産主義者であり、ルーズ
ベルト政権にはソ連の対日政策が影響を与えていたとしています。ヒ
スはソ連のスパイであったことで戦後に告発されましたが、後にソ連
崩壊後に公開されたヴェノナ文書にはヒスのスパイ活動が記載されて
います。

 シュラーは、先に紹介したスティネットの「真珠湾の真実」を引用
して、アーサー・マッカラム少佐が作った日本を戦争を始めさせる次
のような八つの計画を紹介しています。

1.英国の軍港シンガポールをアメリカは使用する。
2.オランダ領インドネシアをアメリカは利用する。
3.中国の蒋介石政府を援助する。
4.東洋にアメリカ海軍艦隊を派遣する。
5.太平洋の基地にアメリカの潜水艦を増やす。
6.太平洋艦隊をハワイに配属する。
7.インドネシアからの日本への石油輸出を禁止する。
8.アメリカから日本への石油の輸出を禁止する。

 そして、近衛文麿総理の妥協案もアメリカに拒否されたのでした。
最後にシュラーは戦争は避けられなかったとしていますが、先の強硬
派の3人は日本との戦争を望んでいたこと、またアメリカでは妥協す
るのは弱い人間だと言う価値観があるためだとしています。

 最後にシュラーは、負ける相手とわかっても戦争をしたことで、日
本がアメリカの奴隷になることは避けられたとしています。しかし、
TPP は日本がアメリカの植民地なる道だとしています。
 専門的な内容は少なく、読みやすい本です。

[2015年10月17日16時58分]
お名前: カーター
 今年の2月頃、宇都宮市立図書館で「真珠湾コンスピラシー」ジョン・
コールマン著を見つけ読み始め、古本を購入し最近読了しました。著者は
1935年生まれ、英国分時諜報部第6部(MI6)の将校でしたが、MI6 に
疑問を持ち、アメリカに移住し帰化したものです。冒頭の内容を簡単に紹
介すると次の通りです。

1.日本が大陸進出に際して貿易や投資の利権を守ろうとした時に、中国
 で反日運動が巻き起こった。過去3世紀もの間、中国との貿易で利益を
 上げて来たイギリスにとって日本はその立場を脅かす存在であり、反日
 暴動の背景には英国の裏工作があった。

2.ルーズベルトは3選を果たしたが、ニューディール政策の失敗は明白
 となり失業率の上昇を食い止めるためには打開策はもはや戦争しかない 
 と言う気配となった。しかし80%以上のアメリカ人はドイツと日本と
 の戦争に反対であった。

3.欧州の戦争で劣勢にあるチャーチルのイギリスにとって、アメリカの
 参戦が何としても必要であるため、英米は共謀して日本に対する経済制
 裁を始めた。その結果パールハーバーの悲劇が起こり、ルーズベルトは
 大望を叶えた。

4.「ルーズベルトは自らの権力の拡大と国際社会主義の進展のために、
 徹底的にアメリカ国民を欺いた。」国際社会主義の防波堤と言うべきド
 イツを壊滅させ、日本を中国から追い出し共産主義革命を起こさせる。

5.戦後のマッカーサー将軍の毅然たる抵抗がなければ、日本は共産化さ
 れていただろう。アメリカでは国務省が国際社会主義の進展のために役
 割を果たしていたことを暴こうとしていたマッカーシー上院議員の奮闘
 があったが、彼の名は汚され追放された。

 自由の国アメリカでなぜ、国際社会主義が推進されていたのかと言う疑
問が生まれました。そのことは、戦後にアメリカでは赤狩りが行われ国務
省内から多くの共産主義者のスパイが告発され追放されたマッカーシー旋
風が巻き起こったことから理解できます。そもそもドイツと日本は共産主
義に反対していた国でしたが、英米はなんと悪魔と言われたソ連と同盟を
結んで第二次世界大戦と戦ったのです。

[2015年08月30日11時56分]
お名前: カーター
 著者のステイ ネットは、ルーズベルトにも日米開戦の責任があると
していますが、日本を挑発して第二次世界大戦に参戦し、ナチスのド
イツを撃つと言う方法を取っても、ルーズベルトの功績が矮小化され
るものではないとしており、日本人としては納得がいかないものとな
っています。第二次大戦で活躍し勲章までもらったステイ ネットとし
ては、アメリカの参戦そのものを否定できない事情があったのでしょ
う。

 一方で、事実を五十年間も隠していたとしてアメリカ政府の役人を
批判している点は、共感を覚えます。真珠湾事件の関係者、軍の指導
部、暗号解析者などを自由に発言できず何があったのかわからないま
まとなってしまったからです。

 しかし、ルーズベルトとしては真珠湾の関係者まで犠牲にしてまで
して、ナチスドイツをたたきのめさなければならなかったのか?疑問
が残ります。

[2015年08月18日13時47分]
お名前: カーター
 スティネット著「真珠湾の真実」の内容で後半部分は、スティネットが
元軍人であったこともあり、注目に値します。日本軍は真珠湾の戦艦群と
老朽化した艦艇を破壊したのですが、これは古い考えによる戦略ミスであ
り、破壊すべきは石油500万バレルを貯蔵していた石油タンクを攻撃
し、海軍工廠の乾ドック、機械工場、修理施設、高圧電力供給網といった
工業能力であったと言うものです。
 映画「トラトラトラ」で「空母はどこにいるのか』と言う場面がありま
したが、スティネットによれば空母は事前にルーズベルトの指示により
ミッドウェーに避難させられていたのです。真珠湾に残っていたのは重要
な戦力ではなかったと言うことです。
 そして「日本が工業基盤を破壊していたら、その打撃は太平洋における
アメリカの反撃を阻止し米軍を本土西岸まで交代することを余儀なくさせ
日本軍にさらに数ヶ月間、攻撃作戦能力を付与することになっていただろ
う。」と述べています。
 そして「1942年のミッドウェー海戦の頃には、アメリカは艦艇を修
理し、比較的被害の少なかった真珠湾海軍基地を拠点として攻撃能力を回
復しており、六ヶ月前に真珠湾にやってきた日本艦隊の六隻のうち四隻を
撃沈した。」のです。
 日本軍は戦闘を行うのは実戦に配備される艦艇や航空機であると考え、
アメリカの艦艇を破壊したのですが、肝心の空母はそこになく、老朽化し
た艦艇のみであり、戦闘の遂行において重要となるロジスティクス(兵站
)である石油や電力、修理工場などの破壊にまで戦略を及ぼすことができ
なかったのでした。
 戦争末期にはアメリカはB29で執拗に地方都市の工業施設を破壊しまし
た。1945年に8月になって埼玉県熊谷市に大空襲がありましたが、熊
谷市には中島飛行機(群馬県尾島町)の航空機部品の関連工場があったた
めでした。

[2015年08月15日21時02分]
お名前: カーター
2013年の12月だっと思いますが、NHKでスパイの暗躍した日米開戦
の事情に関する番組がありました。その内容は、ハル・ノートの原案を書い
たハリー・ホワイトがソ連のスパイであったとのことでした。NHKがこのよ
うな陰謀説の番組をやるのかと驚いたものです。当時、アメリカ民主党の政
府内には多くの共産主義者、ソ連のスパイがいて、そのことが戦後のマッカ
シー旋風の元となり、多くのスパイが糾弾されました。

 ネットでアメリカの共産主義について調べていると、M.スタントンの著書
である”Blacklisted by History”を知りました。600ページもある大著
ですが、翻訳がないため原文で読み始めて現在は200ページで止まってい
ます。

 その内容は別途紹介するとして、最近「真珠湾の真実」(ロバート・B・
スティネット著)と言う本を読みました。ルーズベルトは、欧州でヒトラー
の進撃が続いている状況でアメリカ国民を説得するために、日本を挑発して
戦争を起こさせ第二次世界大戦に参戦したと言うものです。その発端が真珠
湾攻撃であり、アメリカが暗号を解読しているのに、真珠湾を防衛している
部隊(キンメル将軍ら)には日本軍が迫って来ていることも知らせず、あの
ような悲劇となったと言うものです。

 その確証として著者はマッカラムの八項目の覚書を発見したと言います。
その中には、中国の蒋介石への援助、日本の石油要求をオランダが拒否する、
日本との全面通商禁止、ハワイの米艦隊主力を維持するなどがあります。

 なぜルーズベルトは、味方が攻撃されるのを知っていながら見殺しにした
のか?それは参謀のマーシャル将軍も言っていたように、もし事前に攻撃を
察知して迎撃すれば、アメリカが日本の暗号を解読していることが日本軍に
知られ、日本軍はすぐに暗号を変えてしまい、その後のアメリカの戦争は不
利となってしまうからです。

 ミッドウェーの海戦以降は日本は立て続けに敗戦を続けますが、このよう
なアメリカの暗号解読に関する戦略があったためでした。以前は、レーダー
技術の遅れが敗因の原因かと思っていましたが、暗号戦略で負けていたので
ですね。アメリカはすでに戦後のCIA設立に見られるような情報帝国にすでに
なっていたのです。

 しかし、ルーズベルトは日本を挑発して、共産主義のソ連と組んでまでし
て戦争をしなければなかったのか?と言う疑問が残ります。



[2015年01月26日22時47分]
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