テーマ:信西入道の事

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お名前: 江戸通
 以前、うしみつ時に起されと、NHKの番組で、、ということがと言ったことが、
ありますが?
 最新版ですがぁ。
 マダム(まだ舞う{笑い})黒田が、
 「その頃、朝廷を戦術で指導したのいたのは、吉備マキビでした。」
  遣唐使として貴重な唐の知識を日本に伝えた、人です。と。
 ところで、
  鳥羽院の葬儀を取り仕切った、信西入道の話題ですが、 
>> 「苦しいな、繋がり ツナガリですな。」
  藤原通憲こと、信西入道は、南家の血筋でしたが、若い頃、父に早世され、
 高階氏の養子となり、高階通憲(みちのり)と名乗っていたのですね、
  ときは、源義朝の時代かな?、義家のを継ぐ源の棟梁ことですね。
 この人、源家の伝統を破り、国衙に勤め、大庭御厨という新設荘園を武力で
 押領し、公田とししてしまった。当時として非常にオーソッドックスな、
 源氏としては、珍しいやり方ですね。
   田堵とか、有力農民からの主従関係の連鎖の上にたつ棟梁のあり方を変えて
 しまったひとですね。
  高階家は、源義家の後で、鎮守府将軍に任命された公家で、陸奥守義家とは、同格
 だったこともあるようです。足利では、根本被官として足利家に仕えた、高階某と
 いうのは、この高階家の武家ですね。
  官衙として、荘園を公田にするという実力行使によって、関東のかつての義家の
 郎党は、「源家重代の御家人」を自覚する様になったようです。

  如何思いますか?

 江戸通
  
  
[2010年05月20日22時06分]
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