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お名前: 素里奈
拙著『江田船山古墳鉄剣銘の秘密』五月書房刊 に見る銘文「七十五文字」の解釈を諸手挙げて賛成云々、著者妙利につきます。
埴原先生の書物を参照云々ですが、700年代の渡来人は朝鮮半島からの者が殆どであると決め付けたような描写は、わたしの勇み足であるかも知れない。爾後もっと幅を広めて研究しなおすことをお約束いたします。
因みに700年代に成った『古事記』の撰者は安萬呂(アンマンヨ)以外にも中国系の学者(名前・時間の都合で書・探し略)も存在・関与し、『古事記』完結の後、安萬呂とともに受爵や広大な土地を褒美に頂戴した記録もある。
気になって、埴原先生の書物七世紀以前のことを書かれた『人類の進化・試練と淘汰のみちのり』講談社刊を この際見なおしたのでありますが、             
“筆者(埴原氏)は一九九一年に、日本人集団の成立過程に関する「二重構造モデル」という仮説を提出し、現在の日本人が少なくともふたつの要素から成り立っているという考えを公表した。その要素のひとつは、最終氷期の後半に日本列島に移動してきた東南アジア系人びとで、彼らが縄文人の祖先集団となった。 また第二の要素は、縄文時代末期から弥生時代以後渡来してきた北東アジア系の集団である。そしてこれらの二つの集団が徐々に混血し、また文化的に混合して今日にいたったのが現在のわれわれ日本人である。“ 


著作権の都合でこれ以上転記することは遠慮する。
 こうしてみると、弥生の古から、日本列島には、原住民よりか、外来の(渡来人)人々による構図・構成は変わらない感じです。
 父(アボジ)・母(オンマ)を現す言語のことですが、わたしは、これを描写する手前時点で、筆者自らインド大使館、そしてスリランカの言葉を研究しておられる、方々に直接確認(アボジ・オンマは現在も共通する。)したものであります。取ってつけたのは、『三国遺事』にみる(それ以外に朝鮮半島にくっつける記録がない。)金首露王の后がインドから到着した云々の記録を自著の紙面の舞台にしたまでであります。従って大野 晋氏のことはわたしの紙面と全く関係ありません。勿論同氏のお名前と存在は書く時点で脳裏をかすめたことはあっても。
至らないところは、向後出版予定の原稿で同じ批評を頂戴しないように留意します。
末筆ながら、お褒め、お叱りを頂き感謝します。前者後者とも、励ましのお言葉と解釈します。Thank you again.
 拙著のことが、韓国MINDAN新聞(11.7日)の文化・読書欄に掲載されました。
記事まで併記すると紙面が2頁にまたがるので、割愛します。

[2007年12月01日05時30分]
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