テーマ:長宗我部家臣吉田家について教えて下さい

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お名前: マック
吉田さん、はじめまして。

遊行笑人さんが、すでに解説されて
いるとおりで、とってもありがたいです。

さて新人物往来社の戦国人名事典で、長宗我部
家臣の吉田氏についての記述は、きわめて多く、、
まとめるのが難しいぐらいです。

ここは遊行笑人さん推薦の「土佐物語」の著者
吉田孝世が、自分の先祖を高く脚色したのでは
ないかと疑うほど、吉田一族の武勇は抜群です。

歴史研究家は懐疑論者ばかりだから、通説、
客観的にみて、吉田一族は優れていたのでしょう。

個々の人物紹介は、後日、ちょぼちょぼ書きたいと
思いますが、、まずは日本の名族から簡潔に述べた
いと思います。

吉田氏・・・・遠祖、相模国鎌倉首藤山内家出身、
       長宗我部氏輔弼の重臣、
       代々人傑を出す。
       長岡郡江村郷吉田領主。

       四国征伐、戸次川合戦、
       朝鮮征伐、大坂の陣などに
       一族出陣勲功を表す。

       幕末の子孫で参政、吉田東洋
       は、山内容堂の信任篤く、、、
       「海南政典」の著者でもあった。

*
いつものごとく、とりあえず、





[2005年01月18日18時48分]
お名前: 遊行笑人
吉田さま、丁度私もマック殿とのお約束を守るために、土佐の国情を探索の真っ最中です。
其のバイブルが『土佐物語』の著者吉田孝世と伝う御仁也。其の書の冒頭の序文を紹介させて頂きます。丸写しの方が宜しいかと考え全文を紹介『著者吉田孝世は其の系譜によれば、吉田備前守則弘(吉田城主)を祖先としている。則弘の長子が備中守周孝(井口城主)次子が備前守重俊(上夜須城主)何れの方々も長宗我部氏の重臣として戦国土佐に武勇の名を知られていたと記す。続いて、重俊の子伊賀介重康は香美郡上夜須城主、又、安芸郡馬ノ上城主、長宗我部氏滅亡の時一族殆ど他国に出たが、重康の子市左衛門政重は一人安芸郡田野に世を忍び政重の弟市右衛門正義は勤められて新国主山内氏に仕えたと述べられていますよ!因みに吉田氏の遠祖は藤原秀郷、その末裔が山内氏と吉田氏に分かれたもので言うなれば両氏は同族で有ると説明されております。此れ以上は是非図書館、本屋さんで『土佐物語』を探して先祖の誉れを探して下さい。
詳しい注釈・系図も詳細書かれて居ります。是非今後共このテーマで、土佐の長宗我部氏の四国制覇の武勇を重臣吉田氏の末裔剛さんにお頼みします。今後共宜しく長くお付き合い下い。マックさんも喜ばれると思います!後は細川氏の末裔の方が何方かお出ましになれば、史実に沿った四国の国領領主の有り様のテーマが盛り上がる事が成就いたします。其の過程で先祖の本当の活躍の姿が浮び上がり、何よりの御先祖の供養になるのではないかと思います。頑張りましょう。
[2005年01月17日09時16分]
お名前: 吉田 剛
長宗我部家臣 吉田一族についてご存知の方お教えください。
どうかよろしくお願いします。
末裔の一人より。
[2005年01月16日21時26分]
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