テーマ:秀吉の朝鮮出兵はなぜ失敗したのか

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お名前: 江戸通
 バテレン追放令と豊臣政権下での棄教令の問題もあるので
即断は出来ないと思います。
 何時と先の問題は置いておいて、
 あの男なら遣りかねないと言われた
 羽柴秀長、
 堀秀政
 蒲生レオン氏郷
 この三人が、案外「征明 郷向(上が郷で下が向)導(せいみんきょいうどう)」
 の推進者かもしれないのが訳かも。
  朝鮮が先駆して明を平定する案ですね。
  残念ながら、この三人は、あい前後して他界しております。
 サガミハラハラさんのご意見は、日本に来た朝鮮通信使も同じ事を関白に述べています。
  今のところ、「決してさくない(加藤光泰 通称作内)の為ではなき事」と言うように
 抱え過ぎた兵員に悩んだ身内の処遇の為では、断じてないという所か?
  この三方、今でも、芝居や演劇、法事の主役という顔ぶれで、
 最近では、古傷が遠因となった過労死ではなかったと言われています。
  小田原攻め、前後が、決断時期なのですが。
  一応、この三人が、主将というか先鋒であれば、事態は大分違ったでしょうね。
  海戦での苦戦から、需品の現地調達に走り、住民の反発が、第一次の撤退に繋がった
 という、繋がりです。
  特に、会津侯「がもううじさと」は、会津祭りに併行して、法事もしているそうで、
 現地では、たいへんな盛り上がりで、観光ではなくてもいい程ということじは、聴いた
 ことがあります。 
  太閤の女好きもどうやら、レオン氏郷時代の、話しらしいですね。
  話しは、冒頭の棄教か追放かと言うところにもどるのですが、
 所領2、3千貫以上の領主か、田畑3町歩以上の地主に出されたもので、
 「バテレンを乱暴せず、追放せよ。商売に寄るならば許す」
 といったところか?

江戸通

[2010年02月17日20時03分]
お名前: サガミハラハラ
朝鮮の征服に失敗した一因は、国王をとりにがしたことが大きい。
国王は北の国境地帯に逃げ延び明の援軍をまちわびていた。よって、日本軍は必然的に明の本軍と交戦せざる得なかった。
第二に、日本軍は明軍に大勝しても有効な追撃せん滅ができなかった。そのため明軍は体製をたてなおすことができた。
ではどうしたら勝てたのか。
まず第一に、小西や宗といった、文書を改ざんするような者ではなく、正確に情報を把握し連絡ができるような人物を登用すべきであった。
第二に朝鮮からの攻撃だけではなく、船団をつくり、直接明の海岸一帯を攻めるべきであった。南京の近くを攻めるならば、明は本国が危機におちいることを恐れ、半島と引き換えに講和をむすぶ可能性があった。
陸からの攻撃に固執したのが戦が長引き引き上げざるをえなかった理由であると考える。

[2010年02月15日21時27分]
お名前: サガミハラハラ
それではどのようにしたら勝てたのであろうか?
というのは、ヌルハチの後金が、日本よりぐっと少ない兵力で金を撃破し、独立し、さらに明をも滅ぼしたからである。
[2009年05月14日18時21分]
お名前: サガミハラハラ
小西と宗が、正確に情報を秀吉や明に伝達しなかったからですよ。
[2009年04月24日21時37分]
お名前: 首が重かった!
>それでも、浮虜となって連行(現代風には拉致)者の多いこと。
>しかも、耳や鼻(京都に耳塚が現存する)を首(生首は重いし、
>持ち運びに不便だし、場所もとる)の替わりに。
 首は、重いし、
http://www3.ktplan.jp/~aki/3travel/kyoto/22.html
 まんなかよりしたあたりかな。如何じゃ
重いだろう。
 なんか、チガウンジャないかな。
 耳塚のあたりは、鼻も混じっていたのか?
 鼻は如何したのか。いいじゃない。

 閑話休題
 パンツまで脱がすなと言った人
http://news.searchina.ne.jp/2005/0211/entertainment_0211_001.shtml
 似てますね。確かに似てますね
 唇あたりはそっくりですね。
  江戸通



[2005年03月30日22時15分]
お名前: ビビビッビ微々BBBっ微意いい意
兵が少なかったないっていうじゃなーい
マックの言っていることわけ分かりませんから残念
[2005年03月27日15時18分]
お名前: 素里奈
明軍の応援出兵があったから、兵力が半分に減ったので、敗退したのが、原因だとおもう。
それでも、浮虜となって連行(現代風には拉致)者の多いこと。しかも、耳や鼻(京都に耳塚が現存する)を首(生首は重いし、持ち運びに不便だし、場所もとる)の替わりに。
プンシン・スギル、カトン・チョンジョング、ソショ・ヘンジャング??お経でも、ツングース語でもない。韓国語で、豊臣・秀吉、加藤・清正、小西・行長をそう呼ぶ。16世紀から現在迄、それで、指折り数えることが出来るのです。
[2005年03月26日05時26分]
お名前: 広嗣
>二代目は体質が古く

 イングランドの話なのですが、16世紀後半にヘンリー8世という国王がいました。エリザベス1世の父親でもあるのですが、男子に中々恵まれませんでした。その為様々な理由をこじつけて複数の妻を離婚したり処刑していますが、結局死んだ数年後にエリザベス1世の異母姉妹メアリーが即位しています。

 ヘンリー8世はテューダー朝の2代目国王ですが、男子に拘ったのは、「前例がない」という一点でした。まさしくAttilaさんが指摘する通りのことをやったといえます。歴史を語る際の「もしも」ではあるものの、ばら戦争を潜り抜けて王となった父のヘンリー7世だったら、男子に拘らずに様々な(妻の)悲劇も避けられたのではないでしょうか。


[2005年03月06日00時47分]
お名前: 江戸通
>1、そもそも秀吉の独創ではなく、信長が全国制覇の
>次の段階として考えていたことを二代目社長が実行しただけ
 アッチラさんの指摘は、鋭いですね。重要な政策転換を
行なおうとすると必ず、表れる「オヤカタさま」マンガで
夜叉烏なんていうのがありましたが。
 オヤカタさまは、信長なのでしょうね。「なむあみだぶつ。
なむあみだぶつ」と唱えながら信長さまの意思を伝える
集団がほんとにいたのでは?と考えたくなるところですね。
>秀吉は、清のヌルハチになれたか?。
 戦力的には、問題なくヌルハチには、なれたでしょうね。
財政的にも、明の防衛策に問題があり、明の中央集権的な
動員体性を取り込むことが、秀吉の次の政権をとるポイント
になりましたね。
 関が原以降、専断的な改易策もその一環としても不思議
ではないと考えていますが。呉三桂ような東北鎮や西域の
藩鎮は、政府とは離れて行動する事が多々あったようで、
そのこともあるでしょうね。只、なにしろ「オヤカタさま」
が動機ですからね、亡霊に鉄拳制裁とかされてたんじゃない
でしょうか?
   江戸通
 
[2005年02月27日11時11分]
お名前: りゅ
つまり秀吉は、馬鹿だったと もうぼけてたんじゃないですか?
[2005年02月25日11時38分]
お名前: マック
根本的に、明王朝が政権の末期症状を
示していたため。
秀吉は、清のヌルハチになれたか?。


[2004年09月19日07時24分]
お名前: ATTILA
 秀吉の朝鮮戦争敗北は、

1、そもそも秀吉の独創ではなく、信長が全国制覇の次の段階として考えていたことを二代目社長が実行しただけ

2、しかし、初代社長なら、従来にない革命的、独創的戦略(倭寇の利用)で実行したろうが、二代目は体質が古く、倭寇を利用する思想がなかった。

とまぁ、こんな説だと読みました。



株式日記と経済展望
http://www5.plala.or.jp/kabusiki/kabu76.htm
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秀吉の朝鮮出兵はなぜ失敗したのか
秀吉は明との戦争で海賊を利用しようとしなかった

2004年8月13日 金曜日


[2004年08月18日20時54分]
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