テーマ:脱亜入欧

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お名前: 江戸通
 高台寺月心院に屯所を置いたところから、高台寺党と呼ばれる、
御陵衛士は、根っからの尊王派伊東かちたろう(甲子太郎)が、
禁中に働きかけ、新選組の一派でありますが。「新選組!」では、
山南敬介総長を頭として、副長助勤伊東甲子太郎がメンバーであった
が、優香が演じる勇の妾宅からの帰りに、かちたろうが油小路で
暗殺された。新選組の油公路の変です。
 このグループに野村という隊士がいたが、近藤勇の近習にも、野村
某というものがおり、このものも同日に処刑される予定だったらしい。
(板橋宿)、島田日記には、美濃岡田家家臣横倉喜三次とあるそうで
す〜っ。(霊山寺学芸課長木村幸比古氏)
 月心寺というと、越前の野村家と縁が深く、鯖街道の時代から、月心
は、野村の寄るところというのがあった。只、小銭両替と言う家業から、
名を出すのをこばんだという事を京都三条花街道で聞いていました。
 島田魁の書いた、島田日記は、当時の文章をよく把握しており、
かならずしも現場にいなかったので、現場の嘘には弱いというのも、
霊山寺で聞いたことがあります。

  江戸通
[2004年09月02日20時27分]
お名前: 江戸通
 ご当地ビールというのが、ありますがついに、
「近藤勇」缶モルツちゅうのができました。…
京都、東京多摩地区、流山、会津の4地域に、
朝焼けの京都と近藤勇の雄姿が缶をかざるそうです。
 実は、流山のビールは知っていたのですが、地域の
ミニコミ紙の掲載されていたので、、、
 流山では、側集5?人、手勢300人支持者3000人
程が集まっていたそうで、単独投降した近藤を処刑すると
いうのは、じつは、正気の沙汰ではなかったようです。
 それでも、戦局はかえようがなく、この道を選択したの
でしょうね。
 サントリーといえば、フランスから勲章をもらった佐治さん
が、役員(社長)だったですよね。
 昨年は、ホリプロの堀会長が受賞、今年は、ナベプロの
渡辺美佐子社長が受賞のようですよ。
 だいぶ前に京都の、霊山あたりで、しこんで来たネタだった
のですが。
 詳しい話しは、流しましょうね。ビールですか。ネッ
  江戸通
[2004年08月30日09時24分]
お名前: 江戸通
 近藤勇の辞世に

 他に靡(なび)き今日復何をか言わん
 義を取り生を捨つるは吾が尊ぶところ
 快く受けん電光三尺の剣
 只将に一死君恩に報いん

 というのが、ありますね。(>_<)
  官軍に呼ばれ来ていた、かつての隊士、
 清原清、加納鷲雄両名に向けて謳ったのかも
 知れませんね。
  第二次長州征伐の時までは、軍奉行伊東大蔵(二番組長)
 の下、生死を共ににした隊士に見とられた処刑で、首は、
 岐阜の野村家から介錯人を呼び、首はアルコール漬けで、
 京都まで運ばれたそうです。
  4カ国連合艦隊に破れた長州は、上海で学んだ英国流の
 兵法で幕府軍に、臨み、幕府軍はフランスから指南役を招き
 兵の近代化に臨みました。
  ここに、欧風を感じますが!
  ------
 ところで、赤道ギニアでは、イギリス旧政権が、クーデターに
荷担したということで、逮捕されています。
http://news.www.infoseek.co.jp/world/story.html?q=25kyodo2004082501003628&cat=38
  江戸通
[2004年08月25日21時20分]
お名前: 江戸通
 細川晴元と天文法華の乱の関係が、「脱亜入欧」の紀元という
考え方。
 六角氏や叡山がよくやるやり方だからと、浄土宗を頼り、法華宗徒
と事を構え、当時、まだ盛んだった貿易を頼り、遠くヨーロッパに、
助けを求めた結果が、京洛の家賃不払い闘争というのが、法華の乱
の顛末である、というのが。私の年来の持論ではあります。
 時を同じくして生まれた、イエズス会は、フロイス神父と船長
アルメイダを遣わし、一応答えましたが、残念ながら、師父ザビエル
は、元インターン.アルメイダがいなかったので、床屋に
手術を頼み、上川上島(シャンタントゥ)でなくりました。
 「脱亜入欧」の歴史は、何年目かな。

 
[2004年06月18日20時13分]
お名前: 広嗣
 昨今は「脱亜入欧」よりは「脱亜入米」かな。

 「左翼」も、その「左翼」を「自虐」と非難する連中も、どこまで本当にアジアを理解しているのか疑問です。いや、追従するアメリカ合衆国も、日本の文化さえも、理解という点では非常に疑問です。どこの文化も本来独特であるはずなのですが、何故か日本では良い意味でも悪い意味でも独特ということに拘りがあるように見受けられます。「日本独特」という形で日本の素晴らしさのと、「日本の常識、世界の非常識」(ここで言う世界は、実際はアメリカ合衆国と同義ですが)と悪く言うのは、表裏一体の関係です。

 十五年戦争時の真の理解のない自画自賛は、敗戦後は高度経済成長でその欲求を満たしてきました。その高度経済成長も泡沫経済も終わり、今また検証することなく自画自賛の新たな宿り木を探している、今の日本はそんな状況と言えます。


[2004年06月16日01時22分]
お名前: 江戸通
 昨今のキーワードは、「脱亜入欧」なのだそうですね。
一万円の顔も福沢諭吉だからというさりげなさが必要と
か?まあ、そんなトレンディーな事ではないのですが。
 前回の投稿にも関連するのですが、「国際化」という
ときに、広く「列侯の会議」(船中八策?)と言う時、
英、米、蘭、仏、プロシア、ロシア、イタリアの諸侯
に対等に話し合いをして、国運を開くという意味ですね。
 幕末、西に薩摩、長州の攘夷戦争、東に天狗党の挙兵
という幕府も、祖法(徳川家康以来の鎖国政策)が無理なら
喩え、孤立しても、交際を続けるよりは、外国人の
交通を長崎、函館に制限し、通商もこの二箇所に狭めよう
というコンセンサスみたいなものが、あった。
 しかし、四カ国連合艦隊が直ぐ組織されたように、基本
路線が破れたときに、飛び出したのが「脱亜入欧」の
ようです。
 私見ですが、出島という鎖国政策が、英、蘭、唐を
想定しながら、実際は、オランダ一国と当時、オランダの
国策会社だった東インド会社(バタビア政庁の別名)と
いう事を当時の日本人社会は、本当に理解していたのか?
ちょっと量は増やせば済むという考えだったのか?、
トラブルで狭まった、国際関係を踏襲するもの
でしかなかったように見えます。明治期になって、
福沢諭吉と同じように、アジアの理解抜きで「脱亜入欧」
を唱え始めるのは、今もかもしれません。
  江戸通

[2004年06月15日21時14分]
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