お名前: 広嗣
「ロビンソン=クルーソー」は発売直後から大きな反響を呼んだようで、4ヶ月間に5回増刷されています。更にデフォーが死ぬ1731年までにもう1回増刷されています。この他にも海賊版や偽物まで現るほどでした。
反響はこれだけでなく、カール=マルクスも「資本論」で引用しているほどです。
「ロビンソン=クルーソー」は様々な言語に翻訳され、文字を持つ言語で翻訳されていない言語はないのではないかと思われるほどです。
広嗣
[2003年08月05日00時56分]
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お名前: マック
広嗣さんへ、RESありがとうございます。
以下、ちょっと引用。
> 「ロビンソン=クルーソー」は実際に長年孤島で暮らしていたところを
> 発見された人物の話からダニエル=デフォーが着想を得たそうですが、
> この人の体験は物語に反映されていません。
*
なるほど、それでは「ロビンソン・クルーソー」について。
1719年4月25日、ロンドンにおいて、ダニエル・デフォー(59才)の
「ロビンソン・クルーソー」初版本が刊行されます。それは発売直後から、大ベ
ストセラーになり、よく 市民階層の親が子供達に買い与えたということも
話題となります。
高名な政治ジャーナリスト、ダニエル・フォーにとって、それは初めての
長編小説でした。ちなみに次回作は。小説「もる・ふらんだーす」。
ちなみにデフォーは、小説「ロビンソン・クルソー」の構想を、10年前の実話
から得たと発表しています。
それはスコットランドのセルカークという人物が、無人島で数年間暮らした後に
救出されたというものでした。
この遭難者、アレクサンダー・セルカークを太平洋の孤島から、、、救出した
人物こそが、、前回、わたしが書いた、、英国人のウィリアム・ダンピア、私掠船
の船長でござります。
もちろんダンビア船長の「世界周航記」にもこの遭難者救出の模様が描かれていた
にちがいないと思います。
それでは ばいびー
マックでした。
[2003年08月03日19時59分]
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お名前: 広嗣
マックさん、RESをありがとうございます。
地図は少年(少男?)・少女向けの本にはないかもしれません。私も見た記憶がない。子供向けに書き直したものでなく、原著から直に訳したものが文庫本で出ています。そこには載っています。
「ガリヴァー旅行記」は4部構成になっていて、第1部は小人の国、第2部は大人の国、第3部は空飛ぶ島や「魔法使い」の国、第4部は「馬の国」となっています。第3部の最後にガリヴァーは日本を訪れたことになっています。実際第3部は北西太平洋が舞台という設定になっています。「滞在記」のある国で実在の国は、日本だけです。
「世界周遊記」は1697年に出版され、「ロビンソン=クルーソー」は1719年の出版です。「ロビンソン=クルーソー」は実際に長年孤島で暮らしていたところを発見された人物の話からダニエル=デフォーが着想を得たそうですが、この人の体験は物語に反映されていません。また、面白いことにロビンソン=クルーソーが孤島で暮らした時期は、殆どクロムウェルがイングランドを支配した時期と重なります。
広嗣
[2003年08月02日23時42分]
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お名前: マック
サロン】ガリバー旅行記について マック
広嗣さんのガリバー旅行記について、その冒頭の世界地図について
いろいろと思うことが、ちょっとRESします。
ちなみに、ガリバー旅行記の原著翻訳本について、大昔、読んだ記憶は
ありますけど、問題の地図については未確認です。
少年少女世界文学全集だったかもしれない、ならば地図は省略されてい
たのだろうと思います。
*
さて、[ガリバー旅行記]について
1726年、11月8日、、ロンドンで、アイルランド出身のジョナサン・
スウィフト(59才)が、ガリバー旅行記を出版します。
船医ガリバーの旅行記の形をとったこの本は、イギリス社会を辛辣に批判
したものだと言われています。同時に、イギリスのウォルポート政権の
アイルランド統治を厳しく批判する文筆活動をおこなっていたようです。
ガリバー旅行記は、4つの国を訪問する。(これは想像??)
小人の国リリパット
巨人の国
空飛ぶ島ラピュタの国
日本の国
*
さてと
旅行記の主人公ガリバーには、ダンビアの従弟という設定があります。
そうです、この物語には、モデルがあるのです。
つまり・・・・・・・。ようするに・・・・・・・。
冒頭の世界地図は、ダンピアの「世界周航記」にある新オランダ地図の
一部をそのまま模写したものらしいのです。
英国人のウィリアム・ダンピア(1952-1715年)は、私掠船の船長で、
西インドから太平洋沿岸、フィリピン、マライ方面で、オランダ船舶
に対して海賊、寇掠をする、英国公認の海賊船といったところです。
このダンピア船長は、地理学、博物学に探究心があり、なによりも稀に
みる名文家で、帰国した後に、刊行したのが英国版「世界周航記」です。
彼に注目したのが、イギリス海軍で、武装商船を貸し与え、もう一度
新オランダ方面の探検を行わせます。
ちなみに新オランダとは、現在のオーストラリア大陸の西北海岸から
タスマニアぐらいまでの領域を指します。もうすこし行けば
ニュージーランドかな。
まあ、ようするに、オーストラリア大陸ですわね。
結論として、ダンピアの再度の探検はいろいろな問題が発生し、
成果はあまりあがらず、、、後年のジェームズ・クック船長の
登場まで、オーストラリア大陸は忘れられることになります。
ダンピアの「世界周航記」は、たいへんロマンがあり、
ガリバー旅行記のほか「ロビンソン・クルーソー」のモデル本と
なります。
*
さて いよいよ 結論にはいります。。。。
結論は、、特に無し(あはは)。
ほんじゃあね ばいばい
マックでした。
[2003年08月02日15時57分]
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