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お名前: 望月古亶   URL
 聖徳太子憲法の改正時期

 推古天皇十二年(六〇四)四月に、聖徳太子が作られたとされる『日本書紀』記載の十七条憲法は、七〇〇年前後に改正されていると考えられる。

   一 主な改正内容
  1、第十七条関係

 改正前(『白河本旧事紀』第二十二巻、経典本紀のうちの憲法)第十七条は、改正後第二条に繰り上がり、改正前第二条以下は一条ずつ繰り下がっている。

  改正前第十七条

 《十七に曰く。篤く三法を敬へ。三法は神儒仏なり。是れ百姓の總帰。万国の極宗。何れの世、何れの人、是の法を貴ばざらん。人、尤(もつと)も悪きは鮮(すくな)し。善く教ふれば之れに従ふ。三法を敬はずんば、何を以て枉(まがる)を直くせん。》

  改正後第二条(坂本ほか校注『日本書紀』。以下同じ)

 《二に曰はく、篤く三宝を敬へ。三宝は仏・法・僧なり。則ち四生(よつのうまれ)の終帰(をはりのよりどころ)、万(よろづ)国の極宗(きはめのむね)なり。何(いづれ)の世、何れの人か、是の法(みのり)を貴びずあらむ。人、尤(はなはだ)悪しきもの鮮し。能く教ふるをもて従ふ。其れ三宝に帰(よ)りまつらずは、何を以てか枉れるを直さむ。》

 仏教国家の建設のために、「三法の神儒仏」を「三宝の仏・法・僧」に改正したのはいいとしても、「仏・法・僧」の「法」と「是の法を貴びず」の「法」との関連や、また「百姓」を生きとし生けるものの仏教用語「四生」に変えると、「何れの人」との関連でおかしく、矛盾がでてくる。

   2、第十四条関係

  改正前第十四条

 《十四に曰く。私に背き公に向ふは、是れ臣の道。凡そ人、私あれば必ず謀(はかる)ことあり。謀ことあれば則ち誠を失ふ。誠を失へば則ち私を以て公を妨ぐ。制に違ひ法を犯す。故に古典に云く。夫子の道、忠恕のみぞ。其れ斯(こ)の謂(かたら)ひか。》

  改正後第十五条

 《十五に曰はく、私を背きて公に向(ゆ)くは、是臣(やつこら)が道なり。凡て人私有るときは、必ず恨(うらみ)有り。憾(うらみ)有るときは必ず同(ととのほ)らず。同(おなじか)らざるときは私を以(も)て公を妨ぐ。憾起るときは制(ことわり)に違(たが)ひ法(のり)を害(やぶ)る。故(かれ)、初の章(くだり)に云へらく、上(かみ)下和(あまな)ひ諧(ととのほ)れ、といへるは、其れ亦是の情(こころ)なるかな。》

 改正前の「夫子の道、忠恕のみぞ」は、『論語』の里仁第四に載っており、儒教を捨てたために削除されたものと考えられる。
 「三法」と「三宝」を比較すれば、国家仏教の樹立のためになりふりかまわず神教や儒教を除いたものと考えられる。

   二 聖徳太子憲法の改正時期

 平成十七年二月二十一日の新聞に、「天武天皇の経蔵か・川原寺跡で礎石確認」と題して、奈良県明日香村の川原寺跡で、七世紀後半とされる創建時の礎石が見つかったと奈良文化財研究所が発表した旨を報じていた。
 『日本書紀』には天武天皇二年(六七三)三月、是の月の条につぎのように記載されている。

 《是の月に、書生を聚て、始めて一切経を川原寺に写す。》

 また、天武天皇十四年(六八五)三月二十七日の詔にはつぎのようにある。

 《諸国に、家毎に、仏舎を作りて、乃ち仏像及び経を置きて、礼拝供養せよ。》

 また、『続日本紀』の文武天皇四年(七〇〇)三月十五日の条にはつぎのようにある。

 《諸王臣に詔して令の文を読み習はしめたまふ。また、律の条を選ひ成さしむ。》(青木ほか校注『続日本紀』)

 天武天皇が志向した国家仏教を貫くには、神教や儒教を捨て聖徳太子憲法を改正する必要に迫られ、大宝律令の成立時点の七〇〇年前後に改正され、『日本書紀』に繰り込まれたものと考えられる。

   三 国史の改訂

 神武天皇の即位年次を約五〇〇年も鯖読んだ(hpの伝承年代推定法)のは、隋との対等外交を展開しょうとした聖徳太子その人だったと考えられる。その紀年体系は踏襲されたが、孝昭、孝安、孝霊、孝元の漢風諡号と儒教的な事績とがセットであったいわゆる『国史』は、儒教色の強い事績が削られた。しかし、その諡号はすでに流布されていたので改正後の『日本書紀』では細書で残したものと考えられる。
 『日本書紀』は、「一書」が六つあるかのように記載し、日本で最初に作られたかのように見せかけているが、推古天皇二十八年に『天皇国紀等』のいわゆる『国史』を基本にその後の史料を追加し、神教色や儒教色を薄めて、改訂されたものと考えられる。


[2005年04月12日14時13分]
お名前: 望月古亶    URL
 日本古代史を科学する必要がある。数字的数学的に見ると『古事記』はデタラメで『日本書紀』はいい加減である。
 1月3日のNHKの総合テレビで江崎玲於奈さんが「創造性を身に付ける五カ条」を話してくれた。その第2条は「大先生にのめり込むな」であった。本居宣長を疑え。『古事記』に聖寿の記載はあるが、在位年数の記載がない。天皇は聖寿よりも在位年数のほうが重要である。その在位年数がほとんど記載されていない。また、聖寿もデタラメな数字がならべられている。数字的におかしいのに「神の御ふみ」とはあきれてしまう。
 江崎さんの第5条は「初々しい感性を失うな」であるが、『古事記』の冒頭のところで「国稚くして浮きし脂の如く」これでは浮き沈みができない。小学生に聞いてみて欲しい。これでは文学部に日本古代史の解明を任しておくわけにはいかない。

[2003年1月28日 19時21分12秒]

お名前: 古墳誰時    URL
古墳(弥生墳墓)の実年代・被葬者に着目して、古代史の解明に取り組んでいます。あと秀真伝は正しい年が記された西暦336年成立の本物の古文献であることを確信しています。

[2002年10月11日 10時39分3秒]

お名前: そんし    URL
ひさしぶりに「としひこ」さんのHPを拝見しましたが、だいぶ充実されましたね。
HPになにか意見を書けるほどの力がないので申し訳ありませんが、
楽しみに読ませていただきました。

[2000年10月26日 0時26分24秒]

お名前: 吉田寿彦    URL
何かとバタバタとしていたもので、こちらのほうに伺えなくてごめんなさい。
メンタル・ジムのほう改善しましたので。ありがとうございました。

[2000年10月18日 22時3分33秒]

お名前: そんし    URL
「としひこ」さんのHP拝見しました。
ユニークなHPですね。
主張系のHPの場合、もう少し主張に具体性があると、読んでいて共感したり
批判したりできるのですが、もう少し、心に響くものがほしかったかな。
それと「メンタル・ジム」は訪問販売法に触れますので、住所氏名の明記
などが必要ですよ。

[2000年8月18日 8時21分56秒]

お名前: としひこ    URL
はじめまして 歴史関連ということで、思想・哲学の分野のホームページの紹介
ですが。現代社会の基層文化にある先人の生き方に学んでゆく、というものです
みなさんの批評に耐えうるかどうかわかりませんが、是非一度起こし下さい。又
座談会という書き込みもありますので、感想などよろしくお願いします。
                        そんしさんへ みなさんへ

[2000年8月9日 11時34分4秒]

お名前: ホルニッセ    URL
歴史小説を百点満点で採点するページです。管理人は歴史学の研究者です。少し辛口かもしれません。

[2000年7月10日 2時39分58秒]

お名前: 岩野忠昭    URL
主に中国思想関係の情報を集めたページですが、思想に限らず歴史・文学・芸能何でもアリのリンク集も作っています。

[1999年9月20日 8時38分41秒]

お名前: 梅太郎    URL
坂本龍馬に関するページを作っています。龍馬フアンとの交流を目指すとともに
掲示板などで情報を交換しています。

[1999年9月19日 14時44分57秒]

お名前: 梅太郎    URL
坂本龍馬に関するページを作っています。龍馬フアンとの交流を目指すとともに
掲示板などで情報を交換しています。

[1999年9月19日 14時44分18秒]

お名前: そんし    URL
歴史に関係するホームページを自薦他薦でご紹介下さい。
Biglobe以外のホームページのご紹介でも大歓迎です。

[1999年9月15日 13時35分24秒]

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