記事タイトル:東夷の世界の漢文化22)

書き込み欄へ 記事一覧に戻る
お名前: 素里奈
この朝鮮県と関連して一つの有名な史話を紹介したい。それは朝鮮津卒霍里子高の妻である麗玉(、、)の箜蔟引に関する話である。朝鮮津はおそらく朝鮮県治の土城里の北、大同江の渡津であるいまの狗頭津(勝覧の南浦,一言唐浦?)ではないかとおもわれるが、霍
里は子高の氏姓なのか、あるいはかれの居住里名であるか、つまびらかでないが、とにかく、かれが朝鮮県の土着原住民であるのはうたがいもない。その史話が漢の楽府(相和曲、箜蔟曲、箜蔟引条)にのっているから、漢代のことに相違ない。それがやはり晋代の姜豹の『古今注』にも記載されているが、両書によってその史話の顛末を記せばつぎのとおりである。

[2005年03月25日00時36分]
このテーマについての発言をどうぞ。(管理の都合上書き込み時のIP情報を内部保存しております)

氏名
E-mailURL


半角カナは使用しないようにしてください。文字化けします。